リーバルは宣言通りにヴァ・メドーを乗りこなしただけでなく、ほかの英傑たちと力を合わせ、見事に厄災ガノンを打ち倒した。
彼の帰還後、リトの村は弓術大会や飛行大会のときの以上に大盛況で、連日連夜酒や料理が振る舞われた。
普段はクールで周囲となれ合おうとしないリーバルだが、村民から肩を組まれ驚きはしていたものの、彼の英姿を心からたたえ喜ぶ彼らの表情を見て、微笑んで見せていた。
彼が村に帰ってきてくれるまで、ただただ無事を祈るばかりだった私も、彼の本当に嬉しそうな顔を見ると、やっと安心して、目から大粒の涙をこぼした。
彼を前にして声を上げて泣く私に、彼を取り囲んでいた村民たちに困惑が広がるが、そっぽを向きながら私の頭にポンと手を置いてあやすリーバルに今度はどよめき、冷やかしの声が上がる。
「君が考えていることは杞憂だって、言っただろ?」
困ったように、だけどいつになく優しい声色でそう言う彼に、私はこくこくと頷きながら、涙を拭う。
「無事で、良かった……!」
涙をこらえながら笑みを浮かべると、リーバルは「当たり前だよ」と口角を上げ、私を抱き締めた。
周囲からは黄色い悲鳴やヒューヒューと指笛が鳴り、先ほどよりも盛大な祝福の声が村を囲うリリトト湖にこだまする。
抱き合う私たちを囲む人々にもみくちゃにされ、リーバルが「おいおい……」と顔をしかめるが、そのうっとうしげな様子もなんだか久しぶりに見た気がして胸がきゅうっと締め付けられる。
彼のしなやかな腕のなか、柔らかな香りに包まれていられるなら、この圧迫感も愛おしさに変わる。
周りからぐいぐいと押され、苦笑いを浮かべているところ、ふいに彼の手に頬を上向かせられた。
すると、乱れた私の髪をリーバルの手がそっとかきあげ、くちばしが頬に擦りつけられる。
くすぐったさに身をよじると、今度はくちばしが耳元に寄せられる。
「あとで、とっておきのプレゼントをあげる」
ざわめきのなかそっと耳打ちされ私は顔を赤くしながら、小さくうなずいた。
陽もとっぷりと暮れ、私たちを取り囲んでいた人々が散らばり、ようやく各々の話に夢中になりはじめたころ。
人目を盗んで、村の広場に連れてこられた。
「さ、乗りなよ」
久々の彼の背中に緊張しつつ、彼の肩に手をかけると、力強い手に背中に密着させられ、お約束のように縄で互いの胴体を固定される。
「うっ……ちょっと縛り方きつくない?」
肩越しに彼の手元を覗き込みながら抗議すると、彼はほくそ笑んで翼を広げた。
「久しぶりに触れ合えたんだ。このくらいきつく縛ったってどうってことないだろ?」
私の返答を待たずして、彼は高く舞い上がった。
満点の星空を突くように、どんどん高く上がって行く。
彼の目線の先には、私と彼を引き離したメドー。
彼を戦場に送り出した日のことがまざまざと蘇るが、それ以上に、私はこのあとの展開を想像して身震いした。
「待って!メドーには乗りたくない」
しかし、私の制止を聞き入れず、彼はふっと鼻で笑った。
「とっておきを用意するから覚悟しなって言ったよね!
往生際が悪いんじゃないの?」
「その”とっておき”がこれ?むしろ罰ゲームじゃない!」
風を裂く音に負けないよう声を張る彼に、むっとしてそう返すと、今度は高笑いしだした。
さっきのときめきを返せと内心ごねているうちに、ついにメドーに足をつけてしまった。
山よりも高いところを旋回するメドーは、キンキンに冷えた夜風が吹きすさび、コートを着込んでいても服のなかまで冷気が入り込んでくる。
爆撃にも耐えられる頑丈なボディなだけあり、メドーは強風にあおられることなく安定している。
端から端までの距離もあり、下界を見ずには済みそうだが、自分が高所にいるという状況が耐えがたく、縄をほどかれたあともリーバルの翼にきつくしがみついていた。
「いつまでそうしているつもりだい?
ま、僕としてはそうしてくっついていられるのも悪くはないけど……」
リーバルがニヤリと笑んだのを見て、即座に体を離すが、腕を掴まれ、手のひらが彼の胸に押し付けられた。
あたたかな彼の温もりと、規則正しい心音が、手のひらを介して伝わってきて、彼が生きてこの場所にいることを教えてくれる。
「ちゃんと無事に帰ってきてあげたよ、アイ」
「リーバル……お帰りなさい」
どちらからともなく、互いの額をくっつける。
私の皮膚よりも温度の高いリーバルの羽毛が、冷えた肌にとても心地よい。
高いところはやっぱり足がすくむくらいとても恐ろしいけれど、いつかこの日のことを思い出したとき、彼のあたたかな抱擁や、めずらしくかけてくれた優しい言葉の数々が、きっと思い出されるんだろう。
少し強引すぎるきらいがある彼だけど、そんな不器用な愛こそが私には最上の宝物だ。
終わり
(2021.3.31)