失われた記憶

10. バーチ平原にて

バーチ平原に一本だけポツンと立つ大木がある。
その上に登ると平たいところがあり、そこから四方に伸びる太い枝の一つにもたれ、僕はまどろんでいた。

人通りも生物の気配もなく、あるのは、葉の隙間から時折差し込む木漏れ日と、平原を吹き抜ける風に撫でられてそよめく木の葉のささやきのみ。
少し先に城下の賑わいがあるとは思えないほど自然の音しか感じないこの場所は、まるで俗世から切り離され、僕とアイの二人だけしか存在しないのではと錯覚しそうなほど幻想的だ。

アイはこの場所が大好きで僕とハイラル城下に出かけると必ずここに寄った。
僕も何だかんだでこの静けさが気に入っている。

アイを木の上に呼ぶが、高いところが苦手だという彼女は木には登ろうとせず、木陰に腰を降ろし、くるみパンをくわえながらせっせと花冠を編んでいる。
そうくるとわかっていたから、僕も無理強いはしない。

「……パンを食べるか編むかどちらかにしたらどうだい」

片翼は腕枕をしながらもう片方の翼で風をもてあそびながらアイにそう声をかけると、アイは「うーん、あともうちょっと…」ともごもご空返事をした。
見下ろす限りしっかり編まれているようには見えないその花冠は、きつく締められて首を垂らしている花もあれば、反対に緩すぎて今にも輪から外れてしまいそうなものもあり、完成を前に崩れてしまいそうだ。

「ああっ!」

アイの口からパンが落ち、転がる。

僕の読み通り、花冠は間もなく綻んだ。

「あちゃ~……壊れちゃった」

アイは至極残念そうにそう言うと、落としたパンを拾い上げ、今度こそ食事に集中し始めた。

始終を見ていた僕はクスクスと笑いながら木から降り、アイのかたわらに腰を下ろした。
そして、今しがたアイの手からこぼれた花冠の残骸を拾い上げる。

「つくづく不器用だね、君。
もっと締める力を均等にしてあげないと」

手近な花をいくつか摘むと、彼女が作った冠に摘んだ花を編み足してゆく。
その様子を横からのぞき込みながらアイは舌を巻いている。

「すごい!花冠も作れるの!?」

「村の女神像に供えるからね。
子どものころはよく作らされたよ」

「リーバルの幼少のころかあ……」

アイは何かを想像するように宙を仰ぐと、くすっと笑った。

「かわいかっただろうなあ」

「なっ……かわいい?僕が?」

僕は少しばかり男心が傷つけられ複雑な心持ちで顔をしかめたが、アイはなぜか少し照れくさそうに地面の花を見つめながら微笑んだ。

「だって……リーバル、整った顔立ちしてるもの。
それなら子どものときは絶対かわいかったに決まってる」

下がりかけていた気分が一気に浮き上がるが、アイの包み隠さない素直な言葉に今度は僕が恥ずかしくなり、ついついぶっきらぼうにこう答えてしまう。

「さあ。覚えてないな、昔のことなんて。
そういうアイはどうせ天真爛漫だったんだろ?」

「どうせって何よ。
意外と物静かだったかもよ?」

「ふん。想像できないな」

からかう僕に抗議しようと顔を上げたアイの頭に、補強し終わった花冠を乗せてやる。

「……できた。案外似合ってるじゃないか」

アイは花冠に触れながら、満面の笑みを浮かべ、立ち上がる。

「リーバル、ありがとう!」

そして、その場でくるりと回ってみせる。
ロングスカートがふわりと広がり、まるで地上に降り立った女神のように美しいと思った。

思わずアイの手を取ると、強く引き寄せる。
体勢を崩した彼女は、そのまま僕の胸に収まった。

アイ……夫婦めおとになろう」

ぎゅっと力強く抱きしめながらそう言うと、アイは固まったまま動かなくなってしまった。

急すぎたかもしれない。
彼女といつかは……と考えてはいたが、もう少しタイミングや雰囲気を考えてやるべきだったと内心舌打ちする。

何も返答がないまま黙りこくっている彼女の様子が気にかかり、様子をうかがおうと顔をのぞき込む。

アイは、はらはらと涙を流していた。
ぎょっとしてアイの顔を凝視するが、すぐに彼女が悲しみから泣いているわけではないとわかり、ほっとすると同時に心が温かくなる。

アイは喉を詰まらせながら涙をぬぐうと、顔をほころばせて笑った。

「私で良ければ、ぜひ」

こんなときにも謙虚な彼女に、思わず苦笑いする。

「何言ってるんだい。君しか考えられないよ」

淀みなくそう言い切ると、アイは照れくさそうに口元を手で覆い、「嬉しい」とつぶやいた。

「リーバル……ずっと一緒にいてください」

「ああ。何があっても、手離したりしない。
このオオワシの弓にかけて君を守り通すと誓うよ」

そうして、僕らはどちらからともなくお互いを抱き締めあう。

死が二人を分かつまで、この温もりがいつもそばにあり続けるように。

死が二人を分かつとも、どうか魂はともにあり続けるように。

僕らの婚姻を祝福するように涼やかな突風が吹き上げ、アイの頭の花冠をさらい、ふわりとほぐした。

ハイラルの中宙(なかぞら)に、色とりどりのフラワーシャワーが舞っている。

番外編「失われた記憶」(完)

(2021.4.1)

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