失われた記憶

8. リトの兄弟岩にて

最近リーバルは飛行訓練場にこもりっきりだ。
私がついて行きたいと言えば連れて行ってくれるが、食事の暇も惜しんで新しい技を編み出すことに集中しており、正直言って見ていられない。

何かにとりつかれたように必死になっている彼の行動が目に余り、私はとうとうリトの兄弟岩に呼び出した。

このところ、厄災ガノンという太古の怪物が復活するといううわさがリトの村でまことしやかにささやかれている。
その対抗策の一環として、数年前に発掘された神獣ヴァ・メドーの繰り手にハイラル城から派遣された姫がリーバルを推薦し、彼は引き受けることにしたのだという。

彼は不敵な笑みを浮かべ、自分の力を世界に知らしめるチャンスだと言った。

リト族のなかでリーバルは間違いなく群を抜いて優秀な戦士だ。
人目につかぬところで人一倍努力して手に入れた力なのだ、もっと自分を高めたいと思う気持ちもわかる。
そんな骨身を惜しまず励むリーバルが好きだ。

だけど……。

私の口から突いて出た言葉は、そんな彼を否定するものだった。

「そんなの無茶に決まってる!」

黙って話に耳を傾けていた私が突然大きな声を出したことによって、リーバルは大きく目を見開いたあと、顔をしかめた。

「……無茶?この僕が?」

「そうだよ。このところ前にも増して訓練場に入り浸りで、食事もろくにとってないんでしょう。
リーバルが強いことはわかってる。でも、今のリーバルは死に急いでるようにしか見えない。
もっと自分を大事にしてよ……」

ズキズキと痛む胸を抑えたくて、服の胸元をぐっと掴む。
涙が出そうなのを必死にこらえ、顔をうつむかせる。

リーバルはすっと顔を横に反らすと、目を細めながらため息をついた。

「……君なら喜んでくれると思ってたんだけど」

酷くがっかりしたような様子に、はっと顔を上げ彼の目を見る。
すごく怒ってるようにも、呆れているようにも、困っているようにも見える、複雑な顔で、私を見下ろしている。

真っすぐな視線に根負けしてしまいそうになるが、こんなことで引きさがって後悔したくない。
私は感情的にならないよう言葉を選びながら続ける。

「リーバルが認められたこと、すごく嬉しいよ。
ハイラル王が直々にリーバルを推薦してるってことは、つまり、国から認められてるってことでしょう。
だけど、神獣に乗るってことは、これまで以上にきつい戦いに赴くってことを意味すると思うの」

胸元に当てたこぶしが、ぶるぶると震える。
震えをおさえようともう片方の手を重ね、目を閉じる。

「……強力な聖なる力を持つ者にしか、神獣を操ることはできない」

リーバルは長い沈黙の後、ぽつりと、思い出したようにそう言った。

「つまり、僕がヴァ・メドーを乗りこなすことができれば、僕はそれだけ強い力の持ち主ってわけさ。
君が何の心配をしているのか知らないけど、君が考えていることが杞憂だって、僕が証明してあげるよ」

その言葉と、より生き生きとした表情に、彼の決意が固まってしまったことを悟り、私はひどく落胆した。
やっぱり一度こうと決めた彼の意思を曲げることは容易いことではないと身に染みてわかった。

けれど、そんな彼だからこそ……。

「……私は、あなたがリト族一の戦士じゃなくても、英雄じゃなくてもいい」

「え……」

彼が決めたことを覆そうなんて気持ちはもうなかった。
けれど、もしこれが最後になるかもしれないのなら、伝えておこう。

「私は、あなただから好きなの」

涙がはらはらと流れ、胸に重ねた手に落ちた。
リーバルの顔が驚きに満ちたあと、くしゃりと歪められ、彼はやれやれ……と苦笑交じりに笑った。

「まさか、このタイミングで君から告白されるなんてね……」

「この戦いが無事終息したら、僕から伝えようと思っていたのに」そう続いた彼の言葉が信じられず、聞き返そうと顔を上げた私の視界は、温かい紺色に包み込まれていた。

アイ、君のことが好きだ。……厄災の魔の手から、君を守りたい」

ぐっと抱きしめる腕に力を込められ、私もそれに応えるように彼の背中をそっと抱き締めた。
不安と喜びがないまぜになって、涙が止まらない。

「絶対に生きて帰ってくるって、約束して……。
まだ、伝えたいことがたくさんあるの」

リーバルのささやくような笑い声が体越しにくぐもって聞こえ、今更ながら抱きしめられているこの状況にドキリとする。
彼は私の肩を掴んでそっと引き離すと、涙でぐしゃぐしゃになった私の顔をぐい、と大きな指で拭いながら目尻を下げた。

「奇遇だね、僕もそうさ。
まだとっておきを用意してあるんだ。
……覚悟しといてくれよ?」

嗚咽をかみ殺して震える唇に精いっぱいの笑みを浮かべると、もう一度彼の胸に顔を埋めた。
頭上から再度やれやれ……と降ってきたが、声の調子は先ほどと打って変わって穏やかなものだった。

彼を信じて待とう。
いつか平和が訪れたとき、彼からのとっておきの言葉を受け取るために。

一筋の風が兄弟岩にぽっかりと開いた穴を抜け、風鳴りが笛の音のように鳴り響いた。

終わり

(2021.3.30)

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