僕らが集結したことにより魔物が一掃され、大工は再び城や町の補修にあたり始めた。
ヘブラやオルディンからは再建に必要な木材や石材が支援されていると聞く。
厄災終結から一年。ハイラル城もようやく復興の兆しが見えてきたようだ。
先ほどの襲撃で散らばった瓦礫や木片を集めて運んでゆく兵士たちの顔は疲れ切ってはいるものの、皆一様に開けた道の先を見据えるような顔つきをしている。
「リーバルさーん!」
後ろ手を組み兵士だちのあいだを縫うように歩いていると、背後から声をかけられる。
魚の尾のような頭部を揺らしながらかけてきたのは、ゾーラの姫ミファー。
「ここにいたんだ」
「君か。何か用かい」
ミファーは身の丈以上もある槍を小脇に抱え、胸に手を当てて呼吸を整える。
「これからハイラル王が演説されるみたいなの。
皆広間に集まってほしいって、姫様が」
周囲を見まわしながらそう告げるミファーの声に、兵士たちは手を止め、遠くで作業をする兵らにも声をかけては、ぞろぞろと城内へ戻っていく。
ミファーはほかの場所で作業をしている者にも声をかけてから行くとのことで、僕は一足先に広間に向かうことにした。
広間には姫やほかの英傑、兵士らが多く集まり、そのなかにはアイの姿もあった。
彼女は兵士たちから少し離れた広間の隅に緊張した面持ちで立っている。
姫は僕の姿を見つけると手をすっと前へ示したので、通り道をあけた兵士を過ぎて前へ進み出る。
少し遅れてミファーも残りの兵士を連れて到着した。
玉座の前で背を向けて沈黙していた王は、全員が集まったタイミングで、こちらを振り向き、声を上げた。
「先の戦にて多くの兵を失ったことにより、こたびの襲撃で皆には多大な負担がかかったことだろう。
だが、少ない兵力ながら度重なる襲来に迅速に対応し、見事撃退に成功した。
まずは、その功を労いたい。皆、よくぞ無事であったな」
静かな謁見の間に、王の声が反響する。
兵に向けられていた視線がゆっくりと下ろされ、姫と僕らに注がれる。
「そして、英傑たちよ。
再びハイラル城に集結してくれたこと、深く感謝する」
その声に姫と僕らが跪くと、それに倣いほかの兵士らも跪いた。
「今ひとたび、ハイラルに真の安寧を」
謁見を終えた僕らは、姫やほかの英傑、そしてアイとともに庭園のガゼボに集まった。
このガゼボでの談笑のひとときは、厄災のころからすっかりなじみになっている。
厄災後も城には度々村の使いで訪れることはあったが、こうしてかつての仲間同士が顔を合わせるのは、実に一年ぶりだ。
すっかり日が落ちて、薄暗闇に包まれあたりの風景はわかりづらいが、城下の家々に灯りが入っているのが微かに見える。
このガゼボにも、いつ用意されたのか、火がともされた蝋が等間隔に置かれている。
橙色の光が天井にまで届いてあたりを淡く照らし、まるで神秘的な空間のようだ。
姫が一歩前に出て、皆を見渡す。
「皆、集結早々の襲撃にもかかわらず、すぐさま対処にあたってくれたこと、本当に感謝しています。
アイも、病み上がりなのに手を貸してくれたそうですね」
姫の労いにアイは照れたように微笑み、両手を胸の前で左右に振った。
「いえ!
私は、皆さんに比べるとお力になれていたか……」
「あんた、なかなかのもんだったよ!
聞けば、まだ弓を扱い始めたばかりだというじゃないか。
それなのに敵の急所をバシバシ射抜いてたって兵のあいだじゃ持ち切りなんだよ」
「バシバシって……」
ウルボザが感心したようにアイを褒めるのが、弓を教えた僕としても誇らしく、一瞬顔がほころびそうになる。
腕組みをして笑みを収め、不愛想に突き返す。
「そりゃあそうだろうよ。
なんせ、この僕が直々に弓の指導をしてあげたんだからね。
うまくならないわけがないさ」
「へえ!自分を高めることにしか興味がなさそうなあんたがねえ」
ウルボザの目が何かを見透かすように細められ、僕は眉をひそめる。
「……どういう意味だよ?」
姫やダルケルが声を潜めて笑うのが聞こえ、舌打ちをする。
終始無言を貫いているリンクをちらりと見やる。相変わらずの無表情ではありながら、少し眉が上がっているのが苛立たしい。
「まあまあ、二人とも」
羞恥にさらされた恨みを込めてウルボザをにらむと、ミファーが苦笑を浮かべながら仲裁に入ってきた。
彼女はアイに歩み寄ると、朗らかな笑みを浮かべた。
「アイさん、初めまして、だよね。
私は、ミファー。ゾーラの里の姫です」
「わ、よろしくお願いします……!ミファー様」
「そんなかしこまらないで。
仲良くしてくれると嬉しいな」
おっとりとしたミファーとやや控え目なアイ。
ふたりならきっと良い友人になれるだろう。
「んでよ、リーバル。おめえさん、この嬢ちゃんとはどういう関係なんだ?
一匹狼のおめえさんにしちゃ、えらく目をかけてるように見えるが」
やり取りを横で見守っていたダルケルが、突然ずいっと上体をかがめ、アイの顔を間近でのぞき込んだことにより、驚いた彼女が仰け反る。
後ろに立っていた僕にアイの背中がぶつかる。
うろたえるような顔で肩越しに僕を見上げてくる彼女の顔をじっと見下ろすと、僕は口を歪めた。
「アイと僕の関係、ねえ……さあ、何だと思う?」
「ええっ!?」
変な声を上げて慌てふためく様子にいたずら心をくすぐられ、声を潜めて笑う。
英傑たちを見まわすと、堂々とこう言ってのけた。
「……僕は、好きだよ。アイのこと」
自分でもさらりとその言葉が出たことに驚く。
だが、この場にいた皆はそれ以上に驚いたらしく、ガゼボにいた全員の驚嘆の叫びが夜の庭園にこだました。
まったく、騒がしいやつらだよ。
(2021.3.2)