宙にたゆたう

15. その鷲、翡翠の眼差しで射抜く(夢主視点)

城や城下町の魔物を一掃し無事平穏を取り戻したことにより、明日一日、城内のほとんどの人々が休息をとるように言い渡された。
城外にはまだ魔物がうろついているため気は抜けないが、それでも働きづめだった兵士たちにとっては、一年越しでようやく安息のときを迎えられたことだろう。

私はというと、ゼルダからちゃんと休養をとるように念を押され、彼女特製の飲み薬まで処方された。
楕円形の細長い小瓶に揺らめく赤い液体に、さすがに口には出せなかったが、これ血じゃないよね…?と引きつった笑みが浮かぶ。
どもりながらもどうにか礼を述べる。
受け取った私に満足げに微笑むと、明日容体を確認しにうかがいますから、就寝前にきちんと飲んでくださいね!と追い打ちをかけられ、こっそり処分するという選択肢はなくなった。

明日は一日ゆっくり過ごし、明後日、ゼルダ様主催で英傑の皆と祝杯をあげることになったのだった。

そして、解散して自室に戻ってきたところに、薬の件ですっかり頭から飛んでいた問題が一つ思い出されることとなる。

ゼルダ様や城の兵士であるリンクの部屋は離れたところにあるとのことなので、ガゼボで別れたが、英傑たちはどうやらそれぞれ私と同じフロアの部屋を横並びで宛がわれたらしい。
自室に戻るまで皆と談笑しながら歩いてきたので、自室に戻ってくるまで結構盛り上がっていた。

それまでは良かった。
ほかの三人と別れ、リーバルと二人きりになった途端に、先ほどガゼボでの彼の言動を思い出し、一気に緊張が高まる。
だが、私の心情とは裏腹に彼は終始無言で、私が何か声をかけようかと迷っているあいだにリーバルの部屋についてしまった。
彼は自室には入らず立ちすくんでおり、それが何だか気まずく、「おやすみ」と声をかけ、早々に自室に入ろうとドアノブに手をかけたときだった。

自室の前で立ち止まっていたリーバルが、私が開きかけた扉を押し開け、一緒に部屋に滑り込んできたのだ。

「邪魔するよ」

押し開かれた扉に驚きつつ壁際によけると、リーバルがこちらを横目に見ながら後ろ手に扉を閉めた。
彼が扉を閉めた際、かちゃり、と鍵をかけたのを見逃さなかった。

ばくばくと激しく脈打つ心臓の音が、胸を押さえずとも伝わってくる。

壁際で固まっている私の隣で扉にもたれて腕組みをすると、リーバルは私を見下ろしながら小声でささやいた。

「……さっきの話の続きだけど」

普段よりも低めのトーンで声を潜めるリーバルに、上ずった声で「何の話?」と聞くと、リーバルは至極真面目な顔をしてこう言った。

「さっき君が使ってた能力のことだよ。
あとで説明しなって言っただろ」

「ああ、そっち……」

予想に反して別の返答がきたため、変に意識して緊張しきっていた私は急速に萎びた。
そのことをなぜか残念に思っている自分がいる。

「この前、説明しようと思ってたんだけど、ちょうどゼルダ様がいらしたから言いそびれてしまって」

「……あのときか。
確か、女神がどうとかって言いかけてたよね」

覚えてくれていたのか。
そういえば打ち明けたときも、夢の話だと笑い飛ばされるかと思ったのに案外真剣に聞いてくれていたなあと、あのときのことを思い出してじんわりと心があたたまる。
私は女神の言葉を思い出しながら、慎重に話し始めた。

「……女神様がね、私に能力を授けてくださったの。
この世界で生き抜くには、私は非力過ぎるからって」

私はそう言って自嘲気味に笑ったが、彼は目を細め「ふうん……」と相槌を打っただけだった。

「それが、あの風を起こす力、ねえ……」

「私もあのときがはじめてで、まだ使いこなせてはいないの。
あの場で使う前に、小さな風を起こしたり、少し部屋のものを浮かせてみたりはしたけど……。
あの能力をコントロールできるようになったら、風を自在に操ったり、空を飛んだりできるようになるって」

「……その女神はずいぶん大きな加護を君に与えたもんだね」

彼のその言葉には皮肉が込められているように感じられた。

それもそうだ。
彼は、風を自在に操る力を得るために、私と出会うよりもずっと前から、毎日血のにじむような努力をしてきたに違いない。
リト族ゆえに空を自由に飛べるが、それでも幼少のときは必死に特訓をしたはずだ。

その彼が努力の積み重ねによって得た力を、使いこなせてはいないとはいえ、私は一日にして得てしまったのだ。
彼からしたら、おもしろくないに決まっている。

しかし、私は何やら勘違いをしていたらしく、彼からは予想だにしない言葉が紡がれた。

「その力……何の引き換えもなしに得たものなのかい?」

的を射た疑問に、考えないようにしていた最悪のことが思い出される。

鋭い。
まさか私の命があとわずかであることまでは及んでいないだろうが、この能力に代償があるのではないかと疑うなんて。

「それは……わからない。
能力を授ける、としか……」

彼は釈然としない様子だったが、私からそれ以上の情報は聞き出せないと悟ったのか、あっさりと壁から身を起こした。

「……ま、今はそれで良しとしとこうか。
ひとまず知りたかったことは聞けたし、僕はそろそろ休ませてもらうよ。
明日は休息日だとはいえ、完全に気を抜くわけにはいかないからね」

唐突に会話が終わったことに呆気に取られ、同時に、彼との時間がこれで終わることに酷く残念に思っている自分に気づく。
何を期待しているんだ、私は。

もしかして、顔に出てしまっていたのだろうか。
リーバルは私の心情を見透かすようにこちらをじっと見つめてきたかと思うと、嘴の端を歪めた。

「で?
さっきの反応……何にがっかりしてたんだい?」

彼は先ほどの私の機微を見逃してはいなかったらしい。
戦いにおいてもそつがないが、観察眼の鋭さだけでなく弁も立つ彼に、つくづく抜かりがないと思う。

どう反応を返すべきかと頭を回転させるも、思考がまとまらない。
それどころか、私の鼻とリーバルのくちばしが触れ合いそうなほどの距離に顔を近づけられたことで、落ち着きかけていた鼓動が再び激しく打ち始め、何も考えられなくなってしまった。

彼はいたずらな笑みを浮かべながら、壁に寄りかかる私の両脇の壁に腕をついた。

「さては、こういう展開を期待していたんだろう?」

照明がついているとはいえ真夜中で薄暗い室内。
室内に背を向ける形で私に覆いかぶさっている彼の顔は逆光で少し陰っているが、翡翠を思わす鮮やかなグリーンの目は、そのなかでも爛々と光を放っている。
切り込みを入れたような縦長の瞳が、獲物に狙いを定める鷲のように細められる。

思わず顔を反らそうとするが、あごを掴まれ、目線を固定されてしまう。

「ねえ、アイ。考えたことがないかい?
……僕と君は、リセットされる前、恋仲にあったんじゃないかって」

私が言い出せなかったことを、彼はいとも簡単に言ってのける。

「僕はアイから、記憶がリセットされる前に出会っていたという話を聞いたときからずっと考えていた。
出会って間もないのに、僕はなぜか君に惹かれ、君もまた僕の言動にまんざらでもない顔をする。
……そして、さっき君が身命を賭してまで僕を助けようとしたとき、それはほぼ確信に変わった。
君の僕に対する行動は、恩人に報いるためだけのものじゃない、ってね」

あごをつかんでいたリーバルの手が、私の頬をすすっとなで、背中にぞくりとくすぐったい感覚が走る。

「不思議だけどさ……
君と一緒にいると、なぜだかもっと長い時を一緒に過ごしていたような気になるんだよね」

彼の目は「君もそうじゃないのかい?」と言いたげだ。
私の心情を探るようにゆらゆらと揺らぎ、私の口から真実が語られるのを待っている。

そんな、当てずっぽうなら間違っていたときに大恥をかきかねないようなことを堂々と言うということは、彼はほぼ確信しているということなのだろう。
これ以上隠し通すのは、さすがに無理だ。

「……リーバルの言う通り。
私とあなたは、リセットされる前の時間軸で、……恋人だった」

(2021.3.3)

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