宙にたゆたう

15. その鷲、翡翠の眼差しで射抜く(リーバル視点)

明日一日、城内のほとんどの者に休息のお触れが言い渡され、僕ら英傑も羽を休めて良いと姫から言われたが、断った。

故郷への一時帰宅の許可も出たが、リトの翼でもハイラルからヘブラまでとなれば移動にはそれなりの時間がかかる。
村からの帰りはメドーでひとっ飛びすればいいのだが。

村の様子も気にはなるが、僕以外にも優秀な戦士はいる。彼らに任せておけば大丈夫だろう。
仮に僕の力が必要なほどのことがあった場合には、必ず伝達があるはずだ。

それに、明後日は姫が主催で英傑の皆と祝杯をあげるらしい。
僕が村に帰れば、仲間内でもおそらく祝杯だ何だと大賑わいで、明後日に間に合いそうにないことが容易に想像できる。

ガゼボで解散した後、各々部屋に戻る道中、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。

僕の前を歩くアイは、あれからほかの三人とすっかり打ち解け、話に混ざっている。
それぞれの故郷の話や明後日のことなど脈絡なくあれこれ話し込んでいるようだ。

三人も僕やアイと同じフロアの一室をそれぞれ宛がわれたようで、フロアにつくと一人、また一人と部屋に入っていき、気づけばアイと二人きりになっていた。

ガゼボで僕が好意を伝えて以降、アイは僕と目を合わせようとしない。
避けているのが明白だ。

村にいたころはリト族の女から言い寄られることはあったが、こうして僕に対し消極的な態度を取る女は初めてだ。
アイが僕に少なからず好意を抱いていることくらい、彼女の反応を見ていればわかるが…少々奥手すぎやしないか?

アイはこちらを見ようともせず、「おやすみ」とつぶやくと、いそいそと部屋に帰っていこうとする。

今後もそんな態度を取るつもりだろうか。
さすがの僕もじれったくなって、彼女の意に反し、扉をぐいと押し開けた。

僕がそのままついてくるとは思わなかったのだろう、アイは僕が入ってきたことに驚いた様子で、部屋の壁際に一歩下がった。

「邪魔するよ」

彼女とのあいだにあいた変な距離を埋めるついでに、あの話もしておこう。
僕はこれからしようと思っている話を聞かれまいと、後ろ手に扉を閉めつつ鍵をかけた。

扉にもたれて腕組みをすると、呆けたような顔で固まっているアイを見下ろしながら小声でささやく。

「……さっきの話の続きだけど」

話の内容に考慮して一応声を潜めたつもりだが、僕が話し始めた途端、上ずった声で「何の話?」と聞き返してくる。
彼女の考えていることなどお見通しだが、構わず続ける。

「さっき君が使ってた能力のことだよ。
あとで説明しなって言っただろ」

「ああ、そっち……」とつぶやく彼女は、案の定勘違いしていたらしい。
少し残念そうな反応に笑みがこぼれそうになるが、それはあとでからかってやるとしよう。

「この前、説明しようと思ってたんだけど、ちょうどゼルダ様がいらしたから言いそびれてしまって」

「……あのときか。
確か、女神がどうとかって言いかけてたよね」

僕の問いに、うなずくと、思い出そうとしながらだろう、ぽつりぽつりと話し始めた。

「……女神様がね、私に能力を授けてくださったの。
この世界で生き抜くには、私は非力過ぎるからって」

自嘲気味に笑うアイに、僕は目を細め「ふうん……」と相槌を打つ。

「それが、あの風を起こす力、ねえ……」

「私もあのときがはじめてで、まだ使いこなせてはいないの。
あの場で使う前に、小さな風を起こしたり、少し部屋のものを浮かせてみたりはしたけど……。
あの能力をコントロールできるようになったら、風を自在に操ったり、空を飛んだりできるようになるって」

「……その女神はずいぶん大きな加護を君に与えたもんだね」

僕のこの一言を彼女は皮肉だと取ったかもしれない。
だが、今回ばかりはそんなつもりなどなかった。

むしろ、ただの常人にそれだけの能力を与える女神が気になった。
村のなかで随一と認められるこの僕でさえ、風を自在に作れるまでにかなりの鍛錬を重ねた。

それを即座に使えるようにするなんて。

ーー何かしらの代償があったのではないか。

「その力……何の引き換えもなしに得たものなのかい?」

率直に、浮かんだ言葉をそのまま並べる。
アイは衝撃を受けたような顔をしたが、うつむくと、首を左右に振った。

「それは……わからない。
能力を授ける、としか……」

そう答えはしたものの、おそらく彼女には何か心当たりがあるはずだ。
それが女神に与えられた能力によるものなのか、別のことに起因するものなのかはわからない。

だが、何かしらの代償があるはずだ。

「……ま、今はそれで良しとしとこうか。
ひとまず知りたかったことは聞けたし、僕はそろそろ休ませてもらうよ。
明日は休息日だとはいえ、完全に気を抜くわけにはいかないからね」

僕は早々に話を切り、部屋に戻るべく踵を返した。

横目に見やると、彼女は少し残念そうに僕の顔を見上げていた。
そんな顔をされたら、ただで帰るわけにもいかなくなる。
僕のなかに押し込めていたいたずら心がぐんぐん膨れ上がっていく。

開けようとしていた扉のノブから手を離すと、再び扉にもたれアイのほうを見下ろしながら嘴を歪めた。

「で?
さっきの反応……何にがっかりしてたんだい?」

僕はいたずらな笑みを浮かべながら、壁に寄りかかっているアイの両脇の壁に腕をついた。

「さては、こういう展開を期待していたんだろう?」

ああ、このまま嘴を寄せたら、アイはどんな反応を見せてくれるんだろう。
想像するだけで、僕のなかから渦を巻いた欲望が込み上げてくる。

顔を反らそうとするアイのあごを掴んで、そうはさせまいと目線を僕に無理やり合わさせる。
ゆらゆら揺れ動くアイの瞳から緊張が伝わってきて、僕の鼓動も早くなっていく。

「ねえ、アイ。考えたことがないかい?
……僕と君は、リセットされる前、恋仲にあったんじゃないかって」

僕のなかに閉じ込めていた考えを口にすると、アイの目が見開かれた。

「僕はアイから、記憶がリセットされる前に出会っていたという話を聞いたときからずっと考えていた。
出会って間もないのに、僕はなぜか君に惹かれ、君もまた僕の言動にまんざらでもない顔をする。
……そして、さっき君が身命を賭してまで僕を助けようとしたとき、それはほぼ確信に変わった。
君の僕に対する行動は、恩人に報いるためだけのものじゃない、ってね」

あごをつかんでいた手をすべらせ、彼女の頬をすすっとなでると、彼女の口からくぐもった声が漏れ、それがまた僕の興奮を煽る。
僕は平静を保ちつつ、なおも続ける。

「不思議だけどさ……
君と一緒にいると、なぜだかもっと長い時を一緒に過ごしていたような気になるんだよね」

リセットされる前から面識があったという意味では間違いなくそうだろう。
けれど、僕らのなかに、おそらくアイのなかにもあるであろうこの感情は、それとはまた別だ。

記憶が失われてもなお、この感情だけが、心の片隅に残り続けているのだとすれば。

そう思い至ったとき、アイの口からため息がこぼれ、諦めたように僕を見据え、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
彼女の目は、僕が求めていた優しい色をたたえている。

「……リーバルの言う通り。
私とあなたは、リセットされる前の時間軸で、……恋人だった」

(2021.3.4)

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