甘。夢主視点。
ある日のフィローネ地方での任務にて、熱中症に見舞われてしまうリーバル。
急遽近くの馬宿で宿を取り介抱することに。
年中通して雨が降り続くフィローネ。
降水のないときは強い日差しが湿った緑林に降り注ぎ、連日降り続いた雨を蒸発させ自然のサウナと化す。
砂漠や火山と違い対策のしようがない息苦しいまでの蒸し暑さに、雨の中だろうと雪の中だろうと涼やかな佇まいを崩さないリーバルも、その目を虚ろげに細め、薄く開かれたくちばしからは熱い吐息が漏れ出ている。
「リーバル、大丈夫ですか?」
「はあ?何がだい……」
「息が乱れてるので、お体の調子が優れないのではと……」
「ちょっと暑いかな。けど、このくらい……まだまだ余裕だよ」
「で、でも」
「君もしつこいね。平気だって言って……」
キッと私をにらんだ彼の目が、緩やかに閉じられたかと思うと、鉤爪の足がふらりとよろめき、ガクンと膝をついた。
「リーバル!大変……!」
この地の素材を取りに来るだけの任務なので、導入されたのはリーバルと私の二人のみ。
ほかの人の助けは得られない。
どんな気候でも彼がコンディションを崩したのを見たことがないうえ、怪我を負ったときでさえもここまで弱った様子を見せたことがないため、正直ひどく動揺してしまった。
「私の肩に捕まってください。歩けますか?」
じろりと横目ににらまれる。
“舐めるな”と言いたいのだろうが、この状況でそれを言うと負け犬の遠吠えになるとでも思っているのか、ややあってこくりと頷いた。
「ここから近くにレイクサイド馬宿があったはず。ひとまずそこで休みましょう」
ーーーーーーーーーー
馬宿に着くと、宿の主人に事情を説明し一つベッドをお借りした。
水桶や布を用意してくれただけでもありがたいのに、親切なことに現地で採れた果物と、ベッドの周りには仕切りまで用意してくれた。
なおも嫌がるリーバルを無理矢理ベッドに寝かせ、水を含ませた布を絞って額にのせる。
「子どもじゃないんだ。このくらい、自分でどうにかできるよ……」
「病人は黙っててください。幸い私以外誰もいないんですから、いっそ甘えちゃってもいいんですよ?」
「はあ?冗談はよせ……」
そう言って苦々しく目を細めるが、朦朧として頭が回らないのか、いつもの覇気がまるで感じられない。
額にのせた布もあまり意味を成していないのか、相変わらず息は荒く、熱が引いていく様子がない。
「ちょっと失礼しますね……」
彼がよそを向いている隙に首のスカーフに手をかけると、ぎょっとした顔で起き上がろうとするのを両肩を押し返して止める。
「待て、何してんの!?」
「こんなにきっちり身にまとったままだと反射熱で火照りが引きませんよ。いいから黙って脱がせてください」
「いい、自分でやる……!」
ばっと腕を払われる。
彼の目が、戸惑うように揺れ、私の視線から逃れるようにばっと顔を背けた。
ぐ……とうなると、スカーフに指をかけ、そろりと結び目を引き下ろす。
ゆっくりとあらわになる首筋に我に返り、思わず顔を逸らしてしまった。
看病できるのは自分しかいないと思うあまり必死になりすぎて、うっかりしていたが、種族が違うとはいえ私たちは男女なのである。
やけに嫌がられるなとは思っていたが、そういうことか……!
そう気づくも時は遅く、彼はすでに装備も取り外しにかかっていた。今さら止めようものなら今度こそ怒号を浴びせらてしまいそうだ。
スカーフ、肩当て、胸当て……と乱暴に外しては、私の腕にぞんざいに乗せられていく。
しかめっ面な紺の顔は、今まで以上に真っ赤だ。
よりにもよってこんなプライド高い人に何をさせてしまったんだと後悔が募るが、それ以上に、もっときつく拒絶されてもおかしくないのによく飲んでくれる気になったなと不思議に思う。
リーバルは身にまとうものすべてを脱ぎ再びベッドに沈むと、片腕を枕にしながら転がっていた布を額に乗せ直した。
「……これで満足かい?」
怒りと呆れの入り混じった声色。
はじめて目にする鎧を取り去った姿につい見とれてしまい、はいっ、と引きつったような返事を返した。
流し目にこちらを見て、ふん、と笑われ、じんわりと頬が熱くなるのを持ち物を探る振りをしてごまかす。
「あ、これいいかも……」
ハイリア山に赴いた際手に入れたアイスチュチュがまだいくつか残っていた。
一つ、二つ取り出し新しい布に包む。
「ちょっと冷たいかもしれません」
「んっ!」
一言断って彼の脇にそっとあてると、驚かせてしまったらしくびくっとして目を見開いたが、程なくしてその目元が緩んだ。
「気持ちいいですか……?」
「……いちいちそういうこと聞く?まあ、冷たくて心地良いけど……」
言いかけてこちらを向いた彼の目が私の顔の少し横で止まった。
おもむろに彼の片翼が伸ばされ、親指の先で私の頬をぐいっと拭う。
「おいおい、汗でびっしょりじゃないか」
言われてリーバルを運ぶときに汗をかいたのを思い出す。
助けたい一心で、自分も汗だくになっていることなどすっかりどこかへいってしまっていた。
「ほんと、お節介な奴だね、君……」
後頭部をぐいっと引き寄せられ、上体を起こした彼のくちばしが眼前にせまる。
口内に広がる熱か、この湿度か、うだるような暑さに心までとろけてしまいそうだ。
終わり
(2021.6.18)