短編

たとえそれが泡沫だとしても

切甘。夢主視点。
人魚姫の話を知りたがるミファーに語り聞かせる夢主。しかし、内容を偽った夢主にリーバルは皮肉を投げかけつつ……。
※人魚姫のストーリーをだいぶ端折ってます。若干捏造あり。


 
「ねえ、人魚姫っていうお話知ってる?」

声を潜めて言うミファーに、私も自然と体が傾く。
どうしたの?と問うと、ミファーは少し気恥ずかしそうにした。

「小さいころにね、お母さまがハイリア人からいただいた本を読み聞かせてくれたんだけど、どんなお話だったか思い出せないの。
もし知ってたら、教えてくれないかなあって……」

ミファーの期待に答えたくて、思い出しながらぽつりぽつり語る。

「人魚姫は、海で大きな船に乗った王子様を見かけて一目ぼれしました。
その船は突然の嵐で難破してしまい、王子様は海に放り出されてしまいます。
人魚姫は意識を失った王子様を岸辺まで運びました。
しかし、彼女は人魚で、彼は人間。そばで介抱しようとはせず、近くの岩陰からそっと見守りました。
そうしているうちに、助けが来て、王子様はお城に帰っていきました。
それからずっと王子様のことが忘れられなかった人魚姫は、あるとき海の魔女にお願いして、声と引き換えに人間になりました。
けれど、王子様はすでにほかの女性に想いを寄せていました。
自分の想いが叶わないことを悟った人魚姫は、”これで王子を刺せば人魚に戻れる”と魔女から受け取った短剣で王子を殺そうとします。
しかし、彼の幸せを奪うことはできませんでした。なぜなら……本当に愛していたから……」

話が進むごとに、ミファーの表情がだんだん暗くなっていくのにはとっくに気づいていた。
だから、どこかで忘れたといって話をやめようかと思っていたのに、やめどきがわからず、とうとうラストを迎えようとしている。

彼女はきっと、自分とリンクの恋路をこの物語に重ねようとしてるんだ。
だから、詳細なストーリーを知りたがってるんだろう。

けど、ミファーはリンクと種族は違えど、人魚姫とは立場が違う。
人魚姫は人間の足を手に入れるために声を失ったけれど、ミファーはリンクのとなりに立つこともできるし、気軽に話をすることだってできるのだ。
彼女に足りないのは、一歩を踏み出す勇気だけだ。

「……それで、最後はどうなるの?」

だから、私は、ミファーのその問いに嘘をついた。

「王子様はね、やがて人魚姫の想いに気づくの。いつしか二人は互いに惹かれ合い、生涯幸せに暮らすわ」

ミファーは私の顔を食い入るように見て目を見開いたが、ふっと微笑むと「そうなんだ……」と少し嬉しそうに笑った。

「人魚姫って、ロマンチックなお話なんだね。ありがとう、話してくれて」

ミファーは少し吹っ切れたようにうなづくと、満足そうに笑った。

「残酷だねぇ、君」

ミファーが去ったのを見計らったように、背後から涼やかな声がかかり、どきりとする。

いつから聞いていたのか、すぐそこの木陰にもたれていたリーバルは腕組みを解くと、後ろ手を組みながらゆったりと近づいてきた。

その口ぶりから嘘の結末を伝えたことまで聞かれていると知り、気まずさに背を向けうつむいた。
肩口からずいっと覗き込まれ、射るような翡翠の視線に息が止まりそうになる。

「その話のラストは確か……」

「ハッピーエンドです」

そう遮ると、リーバルはあざけるように鼻を鳴らした。

「君はミファーを応援したいようだけど、果たしてそのお節介は彼女にとって真に幸せと呼べるものなんだろうね?」

「どういう意味ですか?」

「仮に彼女とあいつが結ばれたとするだろう。
まず体格の差が出はじめる。今は彼女の方がずっと小さいが、あいつの身長が止まるころ、今度は彼女の上背が彼を追い抜く。
彼女は少しずつ老いて、少しずつ歳を重ねていく。けれど、あいつは彼女が半生を終える頃には寿命を迎える。
種族の壁を超えることなんて、到底不可能ってことさ」

「そうかもしれない、だけど……」

「一時の感情を尊重すれば、いつか現実の重みを突きつけることになるだろう。その残酷さを知れと言ってるんだ」

「不毛だっていい。今のこの気持ちを大切にしたい。それの何がいけないっていうの……?」

リーバルが息を飲んだ。
ゆっくりと振り返り、戸惑い揺らめく瞳をまっすぐに見つめる。

……私の、密かな願いを込めて。

「人魚姫は、王子様と幸せな一生を送る。私は、そう願います。……そうであってほしい」

「……ほんと、残酷だよ」

澄まし顔が逸らされ、少しだけ眉が歪んだのを見逃さなかった。
ためらいがちに、視線を向けられる。

「後悔した、なんて言わせないからね」

「え?」

彼のくちばしが近づいてきたかと思うと、頬にそっとすり寄せられた。

「人魚姫は、王子様と幸せな一生を送る。君の筋書きだとそうなんだろう?」

熱を帯びはじめた頬を押さえながら頷くと、だったら最後まで筋書きを書き換えないでくれよ、と、今度は唇に口づけられた。

終わり

(2021.6.16)

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★解説

【夢主】
ミファーとリンクの恋路を応援したい。
リーバルに想いを寄せているが、一方的な片想いだと思っている。
人魚姫のお話がハッピーエンドだと偽るのは、ミファーの恋も、自分の恋もそうあってほしいという願いから。

【リーバル】
夢主に想いを寄せる。夢主の想いにも気づいているが、異種族の壁は厚いと考えている。
ハッピーエンドだと偽る夢主の言葉に、刹那的だと感じながらも行く末を受け入れる覚悟を決める。

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