聖なる子守唄

18. 仇敵の総大将

兵団がゲルドの街から進軍したのは午前のことだった。
しかし、出立してからというもの到着予定を遥かに超えても増援の伝令さえなく、ウルボザの計らいでアジトへはゲルドの兵も派遣されることとなったにもかかわらず苦戦を強いられているのではとさすがに肝が冷えた。
イーガ団は特殊な戦術を用いる戦闘集団だという。こちらも腕利きぞろいではあるが、もしもイーガ団員が皆ハイラル城下町とリトの村を陥れようとした者のように狡猾なら……?

しかし、夕刻兵団が戻るころには私の想定が完全に杞憂であったことが知らされる。
午前に向かった兵団が一人たりとも欠けることなく戻ってきたのだ。

「リーバル!」

行軍のなか一人後方を飛んでいたリーバルに手を挙げると、彼もまた私を見つけたようでこちらに舞い降りてきた。
ひらりと舞い降りた際に起こった風に彼の香りをほのかに感じ、思わず安堵の息がこぼれる。

「ご無事……だったのですね」

笑みを浮かべる私につられてかリーバルもほんの少しだけ口角を上げた気がしたが、刹那、なぜか残念そうに額をおさえて肩をすくめた。

「ああ、みんな無事さ。まったく、あれだけの兵団で向かったってのに。戦闘になるどころか歓迎されることになろうとはね」

「……え?」

「イーガ団の総長と会った。イーガ団の内部抗争があったってのはウルボザの情報から知り得てはいたけど、どうやら結構手を焼いていたらしくてね。人員が減り過ぎてさすがに戦う余力はないんだとさ。ま、そういうことで、交換条件として背信者の始末に僕らが手を添えてあげる代わりに、残存のイーガ団は総長含めこちら側にくみするって話でまとまったってわけ」

「そうだったのですか。……戦闘にならずに済んで本当に良かった。また無茶をしたらどうしようかと」

少々痛いところを突いてしまったか、リーバルは目をうろつかせると、ばつが悪そうに顔を背けた。

「まだそれを言うのかい?……確かに、訓練のとき少し熱くなってしまったことは認めてあげる。けど、だからって実戦でヘマをするような間抜けじゃないぜ」

「ふふ、わかってます」

拗ねた口調に思わず吹き出すと、咎めるような視線が送られてきた。

「そこの二人。いつまで戯れてるつもりだい?」

呆れたような口振りにどきりとして振り向くと、「なんてね」と冗談めかしながら、ゆったりとした足取りでウルボザが歩み寄ってきた。
私たちを見比べるなり、鮮やかな青の唇が緩やかに持ち上がる。
ネイルに彩られた指先をあごに添え、少し思案したあと、ピッと爪先をリーバルに向けた。
何だよ、とたじろぐリーバルにウルボザは切れ長の目をいっそう細める。

「あんた、あんまりこの子を泣かせるようなことばかりするんじゃないよ」

先ほどまでの茶化すようなものではない。低められた声に驚いて見上げると、ウルボザはやや怒りをにじませた眼差しでリーバルを見据えていた。
当のリーバルは唐突な忠告を飲み込めない様子で腰に手をあて小首を傾げている。

「は、はあ?何を言い出すかと思えば。この僕に説教かい?」

「当然だ」

食い気味にすごむウルボザにひるむでもなく、リーバルは眉間のしわを深めた。
このままでは、彼を完全に怒らせてしまう。そう思いながらも、何も口を挟めず二人のやり取りを見守るしかできない私に、ウルボザはなおも続ける。

「先の訓練じゃあ、大口叩くような奴だからどんな大ボラ吹きかと思っていたが、どうやら、口先ばかりじゃなかったようだ。ハイラル兵のなかでも群を抜くといわれるリンクと互角にやり合うなんて、大したもんだよ。だが……いくら腕に覚えがあっても、慢心が過ぎる。あんたのそのおごり高ぶった態度が、この子をどれだけ不安にさせるか、考えたことあるのかい?」

「…………」

「あんたは城下でしでかした始末をつけて状況によっては参戦する必要がある。その状況自体、あんたからすりゃ腕試しになるいい機会くらいに考えてるだろう。だが、この子はそうじゃない。あんたにはできれば戦ってほしくないんだ」

リーバルが微かに息を呑んだ。
ちらりとこちらを見やり、何かを言いたげに薄く開いた口を閉ざすと、目を伏せた。

「この子のこと大切に想ってるっていうなら、せめて心配かけるような言動だけは慎むべきじゃないのかい?」

「……君に言われる筋合いはない。君こそ、そろそろお節介が過ぎるんじゃないの?」

リーバルはそう言い捨てるなり、ばさりと翼を広げ、逃げるようにその場を去ってしまった。
ウルボザは額を覆い深くため息をこぼすと、申し訳なさそうに私を見つめた。

アイ、悪かった。あんたたちの空気を悪くしちまって」

どう返すべきか悩んだ。私にとってはウルボザの言葉は代弁だ。
けれど、私の願っていることとリーバルの想いは別物だ。

確かに彼は戦いを一種の勝負事のように楽しんでいる部分もあるだろう。更なる高みを目指して、自分の腕を試す。そんな一面もある。
そんな彼を思うと、いつか悪いことが起こるような気がして不安で仕方がない。
けれど、それだけじゃないとも思う。口にはしないけれど、いつも些細なことでさり気なく助けてくれて、村の人たちにも気を配って。
だからこそ、みんなに慕われているんだ。
今回のことだって、ウルボザに言われずとも、彼なりに信念を持っていたはずだ。だから……。

「大丈夫です。彼は、きっとわかっています」

「……あんたは強いね。本当に偉いよ、アイ

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夜も更け街の住民が寝静まるころ、ハイラル城から派遣された兵団とイーガ団総長コーガを筆頭にイーガ団本部の者が数名町の兵舎に集められた。
ハイラル兵たちが隊列に並ぶイーガ団員を横目に口々にひそめくなか、ゼルダの合図にコーガがのしのしと皆の前に立った。

「静粛に」

兵士長が声高に命じると、ざわついていたのが水を打ったようになる。
ゼルダは一歩前へと踏み出し、集まった面々を見渡した。

「皆、そろいましたね」

皆を見渡す顔つきはひとたび安堵に緩んだが、すぐに引き締められる。

「ハイラルの兵士たち、イーガ団員ともに大事なく、互いの手を携えここに集結できたこと、心から嬉しく思っています。
しかし、このたび戦闘には至らず済みましたが、事態の解決に至ったわけではありません。
イーガ団内部の抗争の火種、そして、リトの村・ハイラル城下町の急襲の主犯たる者は未だ姿をくらませています。
そこで、早期解決のため、このたびイーガ団の協力のもと、ハイラル全土にわたり犯人の捜索にあたることとなりました」

ゼルダが手を広げて示すと、コーガは頷き、彼女のかたわらに並んだ。
途端にハイラル兵たちからは「イーガ団の……」と口々に声が漏れる。

総長ともなれば衆目を集めることにも慣れていることだろう。
コーガは臆せず、咳払い一つすると、緊張感のない滑稽な物言いで高らかに宣言した。

此度こたび、我らイーガ団は、ハイラル王国に参預すること相なった。これまでの我らの非議の数々を思えば、皆の胸中は無論、釈然とせぬ思いであろう。
しかし、我らもまた多くの同胞を失った身。傷を同じくする者同士、ここはどうか手を取ってはくれんかの」

それにより、それまでささめいていた場が、厚い怒声に包まれることとなった。

「だからってイーガ団と手を組めって言うのかよ!」

「こいつらは仇敵だぞ!」

怒声にもひるまず凛然とした佇まいを貫くゼルダだが、その手は固くこぶしを握っているのを見逃さなかった。

「この由々しき事態に、これまでの因縁がわだかまったままでは、それこそハイラル城下町での一件と同じ轍を踏むことになりかねません。
ですからどうか、一丸となるべく、立場を超え互いを尊重してください。どうか……!」

彼女の悲痛な訴えは埋もれ、兵たちに届かない。
困惑し目尻に涙を浮かべる彼女を隠すようにウルボザが立ちふさがった。

「おひい様の悲願がお前たちには響かないのか!」

これまで聞いたことのないような彼女の怒号に、場が一瞬にして静まり返る。

「いいかい。私らが敵対し争い合おうものなら、奴の思うつぼだ。頭を冷やしてよく考えるんだよ」

「ウルボザ……」

互いの顔を見合わせ、ギクシャクする兵士たちに、コーガは手のひらを打って注目を呼び掛けた。

「気を取り直して、まずは奴の情報を共有するとしようかの」

その一声に、ゼルダもはっと身を正し、耳を傾ける。
それに倣うように、兵士たちもじっとコーガを見据えた。

「あやつは、イーガ団構成員のなかでも従順で真面目な下っ端だった。
他の者どもが引き受けたがらぬ任も泣き言一つ吐かずこなし、曲者ぞろいの団員のなかでも珍しく人情深く、新参の団員たちに慕われていた。俺様も幹部候補として目をかけてやっていたしな。
ところが、何が奴の転機となったのかは知らんが、あるとき訓練の最中、内部の者を何人も手にかけおった」

コーガは両のこぶしを握り、肩を震わせた。

「奴に名はなく、無名だと聞いておる。だが、幹部の者が奴の得意とする手口を評し異名を与えた。
……”砂漠の月下さばくのげっか“とな」

(2023.07.12)

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