聖なる子守唄

17. 天翔ける弓使いの驕慢

ゲルド砂漠への道中、コモロ駐屯地にて臨時で訓練が行われることとなった。
明日の交渉が決裂した場合に備えた模擬戦ってわけだ。

同等の実力を持つ二人が一組となり戦うこととなり、僕は例の騎士とペアとなった。
奴は剣に対し、僕は弓だ。しかも、飛べるときた。あのリーチじゃどれだけ跳ねようがこの僕には遠く及ばないだろう。
こちらの猛攻を防ぐだけで精一杯の間抜けな姿がありありと浮かび、つい頬が緩む。

そんな僕をたしなめるようにわざとらしい咳払いが耳に届き、嘆息した。
横目に睨めば、パンの入ったかごを手に怪訝な目で見つめるアイと目が合った。
彼女は万一の場合の戦闘には参戦しないが、姫の身の回りの世話や兵士たちの雑用のために呼ばれた。
怠慢に附しもせず、手が空くと周囲の手伝いを率先してこなす。真面目な彼女らしい。

それはともかくだ。
時折手を止めてはこちらの様子を何度もうかがってくるので、正直気になって仕方がない。

あんまりちらちらと視線を寄越されるもんだから、一言文句でも言ってやろうかと口を開きかけたところで、アイはおずおずおとこちらへやってきた。
上目遣いの視線が少し険しいが、出会った日の彼女の凛とした振る舞いが思い出され、迂闊にも鼓動が跳ねる。

……こんなことでペースを譲るわけにはいかない。
顔を逸らせ、牽制の意を込めわざと大きなため息をつくが、それも彼女が少し言いづらそうにするくらいの効果しかもたらさないことくらい、同じ時を過ごした今となっては重々理解してる。

「この大事なときにそんな楽しそうなお顔……どうかしてます。それに、訓練なのに本物の武器で勝負だなんて、もしものことがあったら……」

彼女は言い淀み、少し苛立ったような、憂いに満ちた眼差しは足元に落とされた。
そよ風になびく彼女の髪が潜められた眉を隠し、何とも言えぬ色香を感じる。
思わず髪に触れたくなったが、人目があるうちはやめておいたほうがいいと至り、代わりに腕を組む。

「心配無用だよ。それとも……この僕がたかだかハイリア人一人にやられるとでも思ってるのかい?」

「確かに、あなたはお強いです。けれど……それは彼も、リンクも同じです。何せ、彼はハイラル城屈指の剣の達人なのですから」

あの騎士を引き合いに出され、さすがにカチンとくる。

「フン……言うじゃないか」

「決してあなたを侮っているわけでは……!私はただ、お二人が心配で……」

「”お二人”、ねえ……」

自分の声のトーンが低くなったことに驚く。彼女も機微を察したらしく、その目が同様に揺らぐのを見逃さなかった。
なぜ彼女の言動に引っかかったのか、その理由に気づいてしまえばそこで負けな気がして、視線から逃れるように背を向ける。
出番まで弓の手入れでもして、気を入れ直さなければ。

「君に心配されるとは、僕も見くびられたもんだね。ま、黙ってみていればいいさ。今に杞憂だったと思うに違いないからね」

「リーバル様……!」

アイはまだ何か言いたげだったが、これ以上聞いてやる気はない。
何を思って不安がってるのかは知らないけど……ま、憂懼ゆうくに満ちたあの顔も試合終了の合図とともに満面の笑みに変わるだろう。

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広場を囲うように兵士たちが見守るなか、姫付きの騎士と対峙する。
背の弓を取り外しながら見据えるが、奴は淡々と剣と盾を構え、こちらと視線を合わせる。
そこに表情はなく、これから始まる戦いへの意気込みさえ感じられない。

「リト族随一のこの僕との手合わせが叶うんだ。そこに敬意を払う気が君にあるなら、せめて意欲的な姿勢を見せるくらいしたらどうなんだい?」

僕の言葉に何か感じ入るものがあったのか、彼の顔つきが少し引き締まった気がした。
そうそう、そうこなくちゃ。

「構え!」

審判の兵が掛け声とともに掲げた手を振り下ろす。
それを合図に地を蹴り上げ、上空へと舞った。
僕の起こした旋風が砂埃を巻き上げ、観戦していた輩が湧く。

ざわめく彼らの声に酔いしれながら見下ろせば、砂埃が舞うなか腕で目をかばいながらこちらを見上げる彼と視線が交わった。
まだ動く気配はない。こちらの出方を伺っているのだろう。

「それじゃ、まずは小手調べといこうか……!」

一つ大きく羽ばたき、急降下する。
振りかぶられた剣先が届く寸前で転回し、距離を取りながら弓を引く。
読み通り、放った矢は彼の剣に弾かれた。

「ふーん。ま、それなりに鍛えてはいるようだけど。果たして、そんなナマクラで僕に勝てるかな?」

飛行速度を上げて上空を旋回し、彼の足元目掛けて矢の雨を降らす。
まあ、これはあくまで訓練だ。
狙いを定めたつもりはないが、あれだけの矢を浴びせれば常人なら一本くらいは掠めるだろうと踏んでいた。

しかし、器用さゆえか、はたまたまぐれか、彼に降り掛かった矢はすべてかわされ、呆気なく地面に立ち、パタパタと倒れていく。

「これも避けられるんだ……。けど、お次はどうかな?」

上空に爆弾矢を二本放ち、矢の落下よりも疾く降下する。
彼の顔つきが少しピリつくのを見逃さなかった。
思わず口端が歪む。

「喰らいな!」

彼の胸当て目掛け蹴りを入れる。
しかし、突き出した足はハイラル王国の紋章の描かれた盾に阻まれた。
反動で痺れる足を堪えつつ、追撃の爆弾矢の被弾を逃れ上空に舞い上がる。

爆弾矢は彼の近くに着弾したが、それも盾で防ぎつつバク転でかわされてしまった。
彼の正確なガードを称えるように場が湧き、苛立ちが募る。

「チッ……しぶといね」

急降下し砂埃に紛れ再び蹴りを入れるが、どうやって捉えたのか、突如足首を捕まれ、地に放られた。

危うく叩きつけられるところだったが、どうにか体制を立て直し、膝をつく。

「へえ。この僕の動きを見切るとは、まあまあやるじゃないか」

真っ向から弓を構え、弾いた。
振りかぶられた剣が矢を分断し、この一手も難なく捉えられたかに思われたが、矢の破片が彼の頬をかすり、軟そうな頬から赤い筋が垂れるのが見えた。

その一時の油断こそが僕の落ち度だ。
一瞬気を取られているうちに間合いに入られるのを許してしまい、危うく彼の一閃に貫かれるところだった。
間一髪のところで、彼の刀身に飛び乗ることに成功する。

「おっと!曲がりなりにも一応仲間・・であるこの僕を刺す気かい?」

「……自分のことは棚に上げるのか」

ぼそりと吐き出された毒に目を見張ったが、彼にも人の心があるのかと、内心少しばかり喜んでいる自分に気づいたときにはもっと驚いた。

彼が足元の砂を掴んだのに気づくのが遅れ、飛び立つのが先か、防ぐのが先か弾き出すころにはモロに食らっていた。

「ぐっ……!!」

即座に背の弓を引っ掴み構えるが、霞む視界の先に剣の切っ先を捉え、これ以上の手はないと悟る。

「もうやめてください!」

悲痛な声に声援が鎮まる。
砂が入り痛む目を押さえつつ片眼を向けると、焦燥とした面持ちでアイが駆けてきた。
見下ろす眼差しから忠告を無視した僕への憤りが感じられたが、鋭い目つきはふいに緩み安堵の色を灯した。

「ご無事で……良かったです」

「はあ……あともう少しで勝てたんだけどね」

「あなたって人は、性懲りもなくそんなことを……もう、心配してあげませんから」

お小言を言いながらも、手にした給水袋をずいっと眼前に差してくる。これで目を洗えということだろう。
口ではああ言いながらも、生真面目なくらい親切なところが彼女らしい。

顔をしかめながらも少し気恥ずかしそうに踵を返す彼女に礼の一言さえかけきれない僕も、同じか……。
足早にリンクの元へと向かい彼の頬の傷に手をかざす彼女に、密かにため息をこぼした。

(2023.03.03)

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