天翔ける:バイト編

14. 南東端の漁村にて

ウオトリー村での配布も滞りなく終わり、村内で一時の休息を取ることにした。
長距離の飛行などわけないが、直進とはいえアイを抱えたまま休みなくウオトリー村まで飛んだため、その日は食事を終えるなりすぐに休ませてもらった。
陽が傾き始めたころになってようやく目を覚ました僕は、アイの姿が見当たらないことに気付き、眠気の残るまま宿の主人の元へ向かった。

「連れの姿が見当たらないんだけど……心当たりはあるかな?」

「ああ、あのお嬢さんかい。だったら、さっきカール山へ向かうと言い残して出かけたわいさ」

「カール山って……引き留めなかったのかい?」

「そうは言われてもね~、旅人の装いじゃあしょうがないさね。慣れてると思うのが自然だわいさ」

まあ、他人から見れば彼女の装いや佇まいは旅慣れして見えてもおかしくはない、か。かつてはあの前線・・・・に立っていたのだから。

「……詰めて悪かった。確か、”先ほど”と言っていたね。いつごろ出発したかわかるかい?」

「お客さんたちがチェックインしたのが正午よりちょっと前で、あんたがベッドで休んでたのがお昼過ぎごろさね?それから少ししてからだったと記憶してるだわいさ」

「わかった。とにかく、跡を追うことにするよ。僕より先に彼女が戻ってきたら、宿を離れるなと伝えてくれ」

「承知したわいさ」

「まったく……どこまでも世話が焼けるね」

宿の主人の話だと、アイは昼過ぎに出かけたと言っていた。
あれから数時間といったところか。彼女の足なら麓までが精いっぱいだろう。

そう踏んで上空から街道を辿るが、彼女の姿は一向に見当たらない。
……もしや、あの技・・・でも使ったのだろうか。
その可能性を考慮し、念のため山道も確認することにした。

予想通り、彼女は山の中腹にいた。何やらそこらに咲く花を摘んでは編みこんでいるようだ。
想定外に暢気な光景。無事を確認し安堵の息を漏らすと、彼女の元に降り立った。
手作業に集中していたらしく、僕が現れたことにアイは驚いた様子だ。
こちとら少しは心配してやったというのに、どこか残念そうな顔をしているのが腹立たしい。

「君一人でここまでたどり着いてるとは思わなかったよ。しかもこんな短時間でさ」

「それは心外だなあ。こう見えても一応、魔法使いの端くれみたいなものなんだけど?」

「はっ、君が”魔法使い”?習得したばかりのつむじ風の技を発動させたとき、イーガ団の下っ端に傷を負わせたくらいで涙ぐんでた奴がよく言うよ」

そうからかってやると、少し気恥ずかしそうにむくれた。図星だったんだろう。
密かに笑みを浮かべた僕は、アイが妙に含みのある言い方だったことを思い出し、あることに思い至った。

「……まさかとは思うけど、現実の時間を節約してここに来るためだけにわざわざ時を止めたんじゃないだろうね?」

しかし、アイは予想外にもクスクスとおかしそうに笑った。

「もしそうだとしたら私、もっと疲れてるはずでしょ?」

言われてみればそうだ。時を止めるあの技を使ったとしても、結局は彼女の足で登ることになるのだ。
だが、それにしては彼女の顔つきは生き生きしており、疲れた様子は感じられない。

「……まさか」

彼女は僕が驚く様を楽しむように微笑むと、花飾りをかたわらに置き、腰に携えた笛を取り出した。
アイが奏でた軽やかな音色に、アイの身体を囲うようにつむじ風が舞い、その風に持ち上げられるようにして彼女の身体がふわりと浮いた。

「……君といると驚かされることばかりだよ」

「私だって驚いたよ。こうしてまた宙に浮かべるようになるだなんて、思ってもみなかったから」

くるりと舞うように回ってみせたアイ
彼女の髪に斜陽のほの明るい光が差し、少しだけ眩しい。

「まるで花の精、みたいだな……」

「……えっ?」

「……何でもない。陽が暮れる前に村に戻るぞ」

崖下に吹き下ろす風に乗る僕の後ろには、遅れてダイブしてきたアイの姿。

「リーバル!ここまで背負ってくれてありがとう。あなたと出会ったころを思い出して、すごく懐かしかった」

「ふん……これで肩の荷が少しは降りたかな」

「こんなときまでそういう言い方、ちょっとずるい!」

(2023.12.26)

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