天翔ける:バイト編

15. 砂塵舞う街の夜

ゲルドの街に着くころにはすっかり陽が落ちていた。
できれば昼間のうちに街に到着できれば観光もできて良かったが、移動途中は寒暖差の対策が難しいだろうというリーバルの判断で、夕方に差し掛かる前のちょうどいい気候のときに砂漠に入ったのだ。

ゲルドの街は本来男子禁制だが、厄災との戦いにおいて大きな功績を残した英傑の一人ということで、特例としてリーバルに街への立ち入りの許可が下りた。
門兵の許可がスムーズに降りたということは、私たちが街に到着したことがすでにウルボザの耳に入っているということだ。

正門を抜け、宮殿に向かう道中に立ち並ぶ露店は夕時でも賑わい、色鮮やかなフルーツやキノコ、魚などさまざまな食材が暖色の灯火に照らされ食欲を誘う。

男性を目にすることがほとんどないというゲルドの街の人々にとって、どうやら耐性がないのはハイリア人だけではないようだ。
道行く人や行商人たちは往来の真ん中を行くリーバルの姿に振り返っては、皆口々にささめき合っている。

「わっ、リト族のヴォーイだわ!」

「おや、リトのお兄さん、デートかい?」

「うちのアクセサリーをプレゼントにいかが?」

「いや、結構だ。今回は私用じゃないもんでね」

澄ました佇まいで断りを入れるリーバルに、ゲルドの行商人たちは黄色い声を上げた。
その声に鬱陶し気に耳をふさいだ彼は、片手を掲げながらやれやれ……と首を振った。

「やれやれ……ここは相変わらず呼び込みが激しいね」

「なーんか嬉しそう」

文句を垂れながらもまんざらでもなさそうなリーバルがちょっと悔しくて、つい口を突いて本音が出てしまう。
皮肉屋な彼が見逃してくれるはずもなく、嫌な予感を覚え横目に見上げると、案の定ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた彼と視線がバッチリ合う。

「へえ、もしかして、やきもち?」

「べ、別にそんなんじゃないからっ」

「私のかわいい妹分に、なーに意地悪してくれてんだい?」

げんなりと顔をしかめたリーバルの視線の先を追い振り返る。
つかつかとヒールを響かせながら緩慢な足取りで歩み寄ってきたウルボザは、私のことをきつく抱きしめた。
引き締められた腕と甘い香の香り。共に過ごした日々のなかで思いやりに満ちた彼女の姿が蘇る。

「ウルボザ……」

大きくしなやかな手が私の頬を包み、目尻からこぼれ落ちる涙を拭う。

「おやまあ、再会早々なんて顔だ。ほら、笑顔を見せておくれ」

あやすように優しくささやくウルボザの目にも涙が滲んでいる。
彼女は指でそっと涙を拭うと、少し気まずそうにこちらを見守るリーバルに視線を送り、とん、と彼の背中を打った。
リーバルは目を見開きはしたものの、気分を害した様子はなく、少しだけ笑みを浮かべて目を伏せた。

「フフ……二人とも、元気そうで何よりだ。また会えてうれしいよ」

年長らしく落ち着きのある彼女にしてはめずらしく高揚した様子だ。
気持ちのよい笑みを浮かべる彼女に、私も嬉しくなる。

立ち話もなんだからということで、宮殿下の地下街に移転した酒場に案内された。
古代のゲルド族たちが築き上げた地下遺構を利用し、避難豪を兼ねた居住区として開拓しているらしい。

「あの戦いでは結果としてこの街はそう被害を受けずに済んだとはいえ、一時は街の構造を逆手に取られて包囲されてしまったからね。後世苦しまないためにも、今のうちから対策を取っているのさ」

確かに、今後あれほどの脅威が二度と起こらないとも限らないのだ。先を見越して街の防衛をより強固なものにしようということだろう。

「なるほどね。どうりで街の外周を囲むように大砲や拒馬が備えられてたってわけだ」

さすがはリーバル。いくら平和になったとはいえ、こういうときでも周囲の観察を怠らないところは、戦士としての自覚を忘れていない証拠だろう。
ウルボザとの再会に胸を躍らせるあまり景色がほとんど目に入っていなかった私とは大違いだ。

砂岩を削って設えたテーブルにつくと、店員がさっそく注文を取りに来た。
適当で良いというリーバルに、ウルボザが私たちのぶんも手際よく注文してくれた。
間もなく、ドリンクとアラカルトが届けられる。

「再会の喜びに」

彼女が揚げた盃に、私も乾杯、と盃を合わせた。
ふん、と視線を逸らしつつも軽く杯を上げるリーバルに、ウルボザは「あんたは相変わらずだね」と微笑む。

「これまでも警備や訓練には念には念を入れて力を注いできたつもりだった。けど、あれだけの猛威を目の当たりにして初めて、少しの手落ちも許されないことを痛感させられたよ。もう、あんな惨状は目の当たりにしたくない……」

戦場の光景を思い出してか、苦々しくうつむき眉を潜めたウルボザだったが、程なくして「まあ、でも……」と顔を上げ、私たちを交互に見つめた。

「こうして頼れる仲間もできたことだしね」

煽っていた杯をドン、とテーブルについたリーバルは、不敵な笑みを浮かべた。

「ま、君たちがピンチに陥ったあかつきには、加勢してあげることもやぶさかではないよ」

ウルボザはそうくるとわかっていたように破顔し、豪快に笑った。

「まったく、期待を裏切らないヴォーイだね、あんたは」

そうして、夜が更けるまで久々の談笑に花を咲かせた。
盛り上がるあまり、本題である城でのパーティーの告知を忘れるところだったが、リーバルのおかげで忘れずに済んだ。
ウルボザは喜んで参加表明してくれた。あれからイーガ団とも少しずつ親交を深めているようで、彼らにも知らせておいてくれるとのこと。

こうして名残惜しくも配布の旅は無事に終わりを迎えたのだった。

(2024.1.16)

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