ゼルダ、リンク、インパに続き、遅れて合流したウルボザとゲルド族の少女の加勢により、風のカースガノンの討伐に成功した。
「リーバル!」
甲板に降り立ったリーバルに駆け寄った私は思わず抱きつきそうになるが、私が側に寄ってもツンとしたままの彼に、はっと踏みとどまる。
そうだ、みんなの前では恋仲にあることを隠しておこうと釘を刺されていたんだった……!危ないあぶない。
テバにはすでにバレてしまっているが、妻子持ちだと言っていたし良識もある。実年齢も精神年齢も大人だ。
そのうえリーバルを尊敬している。あこがれの人物のトップシークレットとあらば、なおのことむやみに言いふらしたりはしないだろう。
制御装置の前に全員が集まると、ウルボザはゼルダとリンクに向き直り「さて……」と切り出した。
「まずは礼を言わないとね。ありがとう。助かったよ」
「ウルボザ……」
ウルボザが無事だったことで安心したのだろう。ゼルダは柔らかな笑みを浮かべ胸をなでおろしている。
「それから、ルージュ……だったかい?おまえがいなけりゃどうなってたか」
ルージュと呼ばれたゲルド族は、まだ年端も行かぬ少女だ。ウルボザの言葉に後ろ手を組んでもじもじとしている。
「わ、わらわ一人ではとても……。皆の力あってこそ……」
「ふうん……」
リーバルはルージュの言葉に片眉を上げると、何かを決意したように悠然と進み出て、リンクの前に仁王立ちした。
また何か文句を垂れるつもりだろうかと皆一様に見守る。コログの森解放戦でのことを思い出しひやひやする。
彼はあごを高く持ち上げリンクをにらみ据えると、尊大な態度で鼻を鳴らし、こう言った。
「……ま、僕たちだけでもなんとかなったけど。いないよりはマシだったんじゃない?」
踵を返し肩越しにそう言った彼の顔は、心なしか微笑んで見える。
あんなにリンクに対して私以上に悪態をついていた彼が、ここまで心を許すなんて。
「英傑様にも、こんな一面が……」
こちらに悠々と戻ってくるリーバルにテバがぼそりとつぶやく。
そうです、むしろこれが彼の実態ですよ!とは絶対に言えないな……。
「ふふ、あの”リーバル様”が、来てくれてありがとう、だなんて」
からかってそう言ってみれば、リーバルは途端に目くじらを立てはじめた。
「ちょっと君、何都合のいいように翻訳してんのさ?
何をどう聞き間違ったら、あり……そんな風に聞こえるっていうんだい!
あのマヌケ面に礼なんて考えただけでも虫唾が走るね!」
“ありがとう”の五文字をまともに紡げない彼に噴き出しそうになるのを堪えながら、両手を腰に当ててにやけつつここぞとばかりにやり返す。
「でもさっきの言葉、ニュアンスとしては感謝の意が含まれてましたよね?
それに、僕たちにも風がどうとかって……」
「そ、それは君の勝手な解釈だろ!?
その減らず口、二度と聞けないように矢束を打ちこんであげようか!」
頭から湯気が出る勢いで憤慨するリーバルと顔を突き合わせていると、ウルボザがクスクスと笑いながら茶々を入れてきた。
「おやおや、お二人さん。ちょっと見ないあいだに仲睦まじげになったじゃないか」
「何言ってんの、ウルボザ!」
「何言ってるんですか、ウルボザ!」
「あっははは!息がぴったりだ!」
ウルボザにつられてみんなが笑うもんだから急に恥ずかしくなってくる。
大恥の責任を押し付け合うようにふたたびにらみ合うと、お互いにプイッと顔を反らした。
ウルボザはゼルダに向き直ると、真剣な面持ちになり声を落とした。
「積もる話もあるだろうが……御ひい様、ハイラル城で何があったんだい?」
ゼルダは途端に表情を曇らせる。
「それが……」
ゼルダが口重く説明した内容は信じがたいものだった。
ゼルダたち一行が泉に向かうべく城門を出ようとしたところで古代遺物研究所から帰還した白いガーディアンと鉢合わせた。
その際ガーディアンが携えていたシーカーストーンで、未来の惨状を確認したところ、それを見計らうかのように、突如厄災が先手を打ち復活。
厄災は、ハイラル城の地下から吹き上がるように渦を巻き現れ、ハイラル城は瞬く間に陥落し、ガーディアンたちは城外に配備されているものから古代柱に格納されていたものに至るまで一斉に支配されてしまった。
古代柱から射出されたおびただしい数のガーディアンが押し寄せるなか、リンクとゼルダは命からがら逃げ伸びたが、その際に囮となったハイラル王は複数の近衛兵を従え崩御したという。
「そんな……!」
終ぞ、わかり合えなかったというのか。
彼女の唯一の肉親だったのに。
ゼルダは、決して涙を見せない。
健気にも凛然としたたたずまいを貫く姿に、胸が締め付けられる。
何か言葉をかけたいのに、こんなときに限って声を失ってしまったように言葉が出てこない……。
震えるこぶしに、ふわっと手が重ねられる。
うつむかせていた顔を上げて見上げたリーバルはまっすぐに前を見据えたままだ。
言葉はなくとも、大丈夫だ、と言ってくれているようで、少しだけ心が和らぐ。
そうだ。まだ、戦いは終わってない。
悲しみに浸っている場合じゃないんだ。
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城から押し寄せるガーディアンを迎え撃つべく、リーバル、テバ、そして私はヴァ・メドーに残った。
メドーの放つ光線は地を埋め尽くさんとするガーディアンを焼き払い、地道に活路を切り開いていく。
しかし、我々の独壇場というわけでもなかった。
ガーディアンには歩行型とは別に飛行可能なタイプが存在したのだ。
メドーよりさらに上空に現れたそいつらが、一斉に照準を向けてくる。
「アイ、柱に隠れるんだ!!」
「はい!」
リーバルの掛け声に従い身を隠すが、一歩早く死角からも狙われていたようで、もはや隠れる場所がない。
「クソッ」
リーバルがほかの敵に対応している間にも鮮血のように赤いポインターの光が私の額を照らしている。
恐れおののき足がすくみかけるが、きっと赤い単眼をにらみ返す。
もう守られるばかりの自分とはおさらばだ。
両手を胸で組むと、目を閉じ、つむじ風を巻き起こすメロディーを紡ぐ。
ガーディアンの照準音が加速し始めたとき、大きな風が巻き起こり、メドー後方の飛行型ガーディアンのプロペラを破壊していく。
私に照準をあてていたガーディアンの弾道は私の横髪を掠める直前で、間一髪のところで命を取り留め肝が冷え汗がぶわっと噴き出した。
恐るおそる振り返ると、リーバルはため息をつきつつ「まあまあだな」と苦笑いを浮かべた。
ちょっと待て、後ろのガーディアンたちはみんな私が倒したんだ。もうちょっと褒めてくれてもいいでしょうに……!
しかし期待とは裏腹に彼からはお褒めの言葉どころかこけにするような軽口が飛ばされる。
「僕が整髪してあげた横髪を危うくごっそりもってかれるところだったね、アイ?」
「いやいや、整髪してくれたのはインパですよ!」
彼の冗談に私も冗談で切り返しながら当時のことを思い出し、思わず笑みが浮かぶ。
忘れもしない最悪な出会い方だったが、まさかあのときのことを彼も覚えてくれているとは思わなかった。
いつからかこうして冗談を言い合えるまでの仲になったことが本当に不思議でならない。
上空を飛び回り飛行型ガーディアンを一機ずつ仕留めているテバに照準が集まりはじめる。
リーバルはすかさず三連のバクダン矢をつがえ、彼を取り囲むガーディアンたちを一掃していく。
「すごい……!」
「さすがはリトの英傑……」
賛辞に酔いしれるように笑みを浮かべたリーバルは弓を背負い直すと、後ろ手を組んだ。
「それじゃ……そろそろ見せてあげようか。神獣ヴァ・メドーの力をね!」
彼の声に呼応しメドーが甲高く鳴く。
「……100年後から来たんだろ?僕の訓練場はまだ村に残ってるのかい?」
リーバルはメドーから放たれる光線に見とれているテバに視線を寄越すと、いつになくためらいがちにそう尋ねた。
テバは「もちろんです」と意気揚々にうなずく。
「あなたに憧れる戦士たちが皆で使っています。俺の息子も世話になってますよ」
「へえ……用意してもらった甲斐はあったかもね。
ま、みんなが僕に追い付くには100年じゃ足りないかな」
100年とかけつつ軽妙に皮肉を交えたリーバルは、しかしながら少し嬉しそうに微笑んだ。
100年後の未来の世界線では、リーバルは風のカースガノンとの戦いで討ち死にしたという。
その事実を知ったとき、アストルに見せられた光景が真っ先に浮かんだ。
もしテバやリンクたちが来てくれなかったらと思うと、今彼が浮かべている笑顔がとても貴重なもののように思えて、また涙があふれてきた。
悟られないようにリーバルの背中で顔を隠したつもりがテバには見られていたらしく、驚いた顔でこちらを注視している。
彼の視線を追ってこちらを振り返ったリーバルは、私の顔をのぞき込み、眉をひそめた。
「アイ……泣いてるのかい?」
「大丈夫です。ほっとしたら、涙が……」
テバの手前いつものように抱きしめるのはためらいがあるのか、代わりに頭に手をポンポンと乗せられる。
涙を袖でぐいっと拭うと、頭に置かれたリーバルの手を胸元で握り締め、精いっぱい笑みを浮かべた。
「あなたが生きててくれて、本当に良かった……」
リーバルは息を呑むと、その顔に切なさを滲ませ目を細めた。
「アイがいてくれたおかげだよ。……ありがとう」
リンクにさえあんなへそ曲がりな感謝の伝え方をしていた彼の口から、まさかこのタイミングで”ありがとう”が聞けるとは思わず。
私は今度こそ感情が高ぶって、二人を困らせるくらい泣きじゃくってしまった。
このときにゼルダの封印の力が覚醒したことが、後に知らされることとなる。
(2021.5.4)