天翔ける:本編

26. 聖鐘鳴りわたる台地

西のゲルド砂漠に蔓延っていたガーディアンを一掃したのち、地上に降り立った私たちははじまりの台地から来たという兵士から報告を受けた。
それによりシーカータワーのワープ機能が強化され各地の塔間の移動規模が格段に上がったことを知った。
これまでせいぜい数人の移動が可能だったものが、軍勢、果ては神獣ごと移動できるようになったのだという。

それだけでも十分な驚きだが、封印の力に目覚めたゼルダの活躍により、ハテノ砦を奪還後、こちらに寝返ったイーガ団と手を組み、現在はじまりの台地にて時の神殿を包囲している魔物の軍勢に対し早くも優勢だというのだから、驚きの連続で、リーバルも開いた口が塞がらないと言った様子。

「やっと姫の力が目覚めたのか。まったく……ずいぶん待たせてくれるよねえ」

吉報に目が点になってたくせによく言う……。
飄々と両手をかかげて首を振って見せるリーバルにテバと顔を見合わせて苦笑を浮かべる。

「こうしちゃいられないな。僕らも急ごう」

ふたたびメドーに乗り込んだ私たちは、荒野の塔に向かい、メドーごとはじまりの台地へと向かった。

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「何だよ……もうスカスカじゃないか。
せっかくメドーの力を見せつけてやろうと思ってたってのに」

はじまりの台地に向かったものの、残存する敵はごくわずか。
そのほとんどはボコブリンなど弱い敵ばかりで、こうして上空から見ている間にも兵士たちが次々に仕留めていくため、わざわざ加勢するほどでもないのがありありとうかがえた。
肩透かしを食わされリーバルは至極残念そうにため息をついた。

台地の開けた場所に着陸した私たちは、メドーの見張りをあずかってくれたテバを残し、時の神殿へと続く参道を歩く。
道中城塞の修復にあたっていた兵士に戦況を確認すると、すでにここは奪還が完了したとのことで、ゼルダたちは神殿に向かったという。

なんと、ハイラル王がご存命だったとのこと。

今日はどうしてこう嬉しい驚きが続く日なんだろう。
まだ戦いは終わったわけではないが、吉報を受けるごとに勝利へとまた一歩近づいているような気がして喜びが収まらない。
リーバルと顔を見合わせると、彼は少し嬉しそうに笑っていたが、兵士の手前すぐ顔を引き締めると、背を向けて後ろ手を組み神殿に向けて歩き出した。
兵士に労いの言葉をかけ、慌ててリーバルの背中を追う。

こんなときくらいもう少し素直に喜べばいいのにとは思うものの、彼のこのブレないところがまた魅力の一つだなんだよなあ……。あばたもえくぼとはよく言ったものだ。
なんて揺れる三つ編みをぼうっと見つめていると、肩越しに怪訝そうな顔でにらまれてしまい、慌ててとなりに移動する。

参道の上から、火薬や汗のにおいに混じって、草木のにおいを含む澄んだ風が吹き下ろしてくる。

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時の神殿の外に集まる面々のなかに、ゼルダやハイラル王らの姿を見つけた。
急いで駆け寄ると、ゼルダは私たちの姿に顔をほころばせ、互いの無事を喜んだ。

力が解放され自信が芽生えたゼルダは生き生きとして見える。
ハイラル王とも和解できたようで、静かに談笑を続ける二人に熱くなってきて目頭を押さえていると、ゼルダはもらい泣きをし始め、そんな私たちの肩をハイラル王はそっと抱いてくれた。

アイよ。友としてゼルダを支えてくれた礼を言いたい。……ありがとう。
これからも娘をよろしく頼む」

「……陛下、その御言葉は、いつかご息女のお婿さんになられる方に」

頬をかきながら冗談めかすと、ハイラル王は「む……それはまだ早い」と眉をひそめた。ゼルダと顔を見合わせてクスクスと笑う。

かたわらでそっぽを向いて横目にやり取りを眺めていたリーバルは「やれやれ……」とつぶやくと神殿内に入って行く。
二人に会釈すると、彼の後を追った。

神殿内に入ると、リーバルは大きな女神像の前で後ろ手を組んで像を見上げていた。
相変わらず人の多いところを嫌うなあとポツンと佇む背中を見て密かに笑みを浮かべる。

赤い絨毯の上をゆっくりと歩きとなりに立つと、彼と同じように像を見上げる。

「ハイラル王が本当にご存命だなんて……ゼルダ様、嬉しそうだったなあ……」

ゼルダの笑顔を思い返しつつそう言えば、リーバルは、ふん……と鼻を鳴らすと、像を見据えたままぽつりとつぶやいた。

「あのとき……僕が生きてるとわかった途端、泣いて喜んでくれたね」

自分のことに置き換えられるとは思わず。
茶化すつもりかと思い白けながらリーバルを見上げた私は、彼が存外に穏やかな笑みを浮かべているのに気づいて口をつぐんだ。

「……嬉しかったよ。僕のことをそこまで想ってくれてるのかって」

めったに見せてくれない胸の内を明かされ、感に堪えてリーバルを見つめる。
しかし、それと同時に、あの悪夢と同じ光景のなか無我夢中だった胸中が思い出され、ぎゅっとスカートを握り締める。

「……自分のためですよ」

リーバルが私を横目に見下ろすのが視界の隅に映る。

「怖かったんです……あなたがいなくなった世界に、取り残されることが。
だから……私の、エゴなんです」

私の言葉に耳を傾けていたリーバルは苦笑混じりに両手をかかげると、眉を下げてかぶりを振った。
その手をもう一度後ろで組み直しながら、こちらを向く。

「まったく、素直に喜べばいいところを……。
そんな風にしか考えられないなんて、君も大概捻くれてるよね。どこの誰に似たんだか」

「あ、あなたにだけは言われたくないです!」

自分の言動を顧みず人の心情を皮肉る彼に抗議したものの、リーバルはくすりと笑っただけだった。
私に背を向けると、天井に届きそうなほど大きな窓から差し込む陽を仰いだ。

「僕は、あんなところでくたばるなんて御免だった。君は僕に生き長らえてほしかった。
利害は一致してる。それでいいだろう?」

「損得勘定でしかものを考えられないんですかあなたは」

ムキになって言い返す私を小ばかにするように肩眉を上げながら振り返り、せせら笑いを浮かべたが、不意にその笑みが和らぎ、ドキッとさせられる。
私の頬に柔らかな翼が伸ばされ、白い指先がそっと肌を滑る。

「逆の立場だったら僕だって同じことを思っただろうさ。
……ま、こんな何の糧にもならない”もしも”のことなんて、今は想像したくもないけど」

目を細めてそんなことを言うものだから、触れられたところがだんだんと熱を帯びてくる。
その指が、つい……と横髪に触れる。

「横髪、だいぶ伸びてきたね」

翼に巻き付けるように弄ばれ、拗ねながら上目づかいに見上げる。

「ちょっとは気にしてくれてるんですか?矢で私の髪をバッサリいっちゃったこと」

リーバルは癖がついてしまった私の髪を撫でつけながら「いいや」と含み笑う。

「伸びてきたってことは、それだけ長い付き合いってことかと思ってさ」

「何それ……」

照れ隠しに髪を整えるふりをして彼が撫でたところに触れる。
腕組みをしたリーバルが一つ咳ばらいをしたので今度は何だと見上げると、彼はあごを高く持ち上げ私を尊大な眼差しで見下ろしてきた。

「どうだい?君がどうしてもっていうなら、これからも一緒にいさせてあげてもいいよ」

“これからも一緒に”

彼からの最大限の歩み寄りに有頂天になりかける気持ちを必死に胸に押しとどめる。
聞きようによってはプロポーズのように取れなくもないけれど、さすがにそのつもりではないことくらいわかるので、これ以上うぬぼれてはいけない。

「一緒にいたい、の間違いでは?」

「一緒にいて」なんて下手に出るのが悔しくて素直になれず、ツンとしてそう返せば、リーバルは目だけで上を向いて「はっ」とおもしろくなさそうに笑うと、半目で見下げてきた。

「かわいくないな……。何いい気になってるのさ。それは君のほうだろう?」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

「やれやれ……。君と話してると調子が狂うよ」

お互い気恥ずかしさが勝ってきて微妙な空気が流れ始めたころ、リーバルはふう、と一息つき、思い出したように話をすり替えた。

「……飛行型ガーディアンがメドーを襲ったときのことだけど。
君の戦いぶりをみて、ちょっとだけ成長を感じたよ。なかなかやるじゃないか」

「あ……ありがとうございます……」

メドーではあざけるように冗談を飛ばして来た彼が今度はちゃんと評価してくれたことが意外で、さっきは言えなかった謝辞がすっと出てきた。

「ご褒美に、メドーの代わりに僕が特別に願いを聞いてあげる」

人差し指を立てて小首をかしげた彼に、身を乗り出す。

「ほ、ほんと……!?」

「ああ。ただし、一つだけだよ」

たった一つ。されど、一つ。
彼が私に何かをしてくれるなんて、この先めったなことでもない限りそうそうないだろう。
私はあごに手を添えて必死に考えつつそれを悟られないように「うーん」と唸った。

そのとき、ふと頭の中に一つの願いが浮かぶ。
腕組みをしながら目を閉じて私の言葉を待つリーバルをもう一度見上げると、おもむろに願いをつむいだ。

「じゃあ……
カースガノンとの戦いの最中に言ってくれた言葉を、もう一度聞きたいです。
今度はちゃんと、私の目を真っすぐに見て」

私の言葉にリーバルははっと目を開けると、動揺を顔に張り付かせたまま、目だけを横に向かせる。

「……何の話かな?」

あからさまに声がこわばっている。
意識が朦朧としながらも無意識に言ったわけではなかったんだと安心するが、そうだとわかった私はなおのこと追い打ちをかけるように食い下がる。

「あなたが瀕死の状態だったときに言ってくれたじゃないですか!
ほら、一回しか言わないって……」

「一回しか言わないって言ったんだろ?じゃあ、それっきりだよ」

「あっ、ずるい!」

踵を返し逃げるように窓際に向かっていくリーバルを追い抜き、彼と向かい合いながら後ろ向きに歩く。

「一つだけ願いを聞いてくれるんじゃなかったんですか?」

「何でもとは言ってないだろ。それに、僕は”願いを聞く”と言ったんだ。
叶えてあげるかどうかは僕の気分次第だよ」

「何それ、もったいぶった言い方して……!」

「ふうん……そういうこと言うんだ?」

彼の声が怪しげに低められたとき、背中が壁にあたった。
リーバルの肩翼が私の顔の横の壁を押さえ、鼻先にくちばしが迫る。

「叶えてあげなくてもいいのかい?」

意地悪な笑みを浮かべられ、うっと息を詰める。

「や、やだ……」

「やれやれ……。仕方ない子だねえ」

顔をうつむかせた私に、リーバルはふっと微笑み首を振る。

「特別に、もう一度だけ言う。今度こそよく聞くんだよ」

その言葉にぱっと目を見開いた私の足元に膝をつくと、リーバルは私の両手を取った。
陽光に煌めく翡翠の目が、真っすぐに合わせられ、鼓動が急速に速まっていく。

固唾を飲んで彼の言葉を待つ私に、リーバルはおもむろにくちばしを開いた。

アイ……君が好きだ。これからも、僕のとなりにいてほしい」

沸き立つ気持ちとともに、熱いものが込み上げてくる。

「私も、リーバルが大好きです。ずっと、一緒にいたい……です」

潤む声で途切れながらも伝えた言葉は、彼の両翼に包み込まれた。
ぎゅうぎゅうに締め付けられながらくちばしを何度も頭に擦りつけられ、頭皮がちょっと痛い。
私も負けじと抱き締め返すと、低い吐息が頭にかかり、熱がぞわっと体にわたる。

お互いの熱を確かめ合うようにしばし抱き合っていたが、どちらからともなく体を放すと、絡んだ視線が引き寄せ合うように口付けを交わした。
顔を交互にかたむけながら軽く唇とくちばしを重ね合わせ、ふと彼のくちばしの先をぺろりと舐めてみた。
一瞬見開かれた目はすぐに細められる。「ふん」と鼻を鳴らすと、彼の長い舌が口内に差し込まれた。

片翼で私の肩を押さえながら口内を這う舌に何とか応えていると、すっと彼のもう片方の翼が首の後ろに触れ、びくりと肩がしなった。

何かと思い唇を放そうとするが、ふたたび舌を差し込まれ身動きが取れない。
どうやら、首の後ろで何かもぞもぞしているようだ。

く、苦しい……!
薄く開かれている翡翠の目に訴えかけると、目尻を下げ、ようやく唇を解放された。

口元を押さえながらじろっと彼をにらむと、無言で私の胸元を示され、つられて目を落とす。

「これ……」

首に下がるものを手に取り、じっと見つめる。
石を掘って象られた女神像の胸元に、埋め込まれた翡翠。

ふと、ゲルドの街でのできごとを思い出す。
彼が気まずそうに後ろ手に隠していたものは、これだったのか……。

「……お守りだ。僕だと思って大事にしなよ」

初めての贈り物にまた目が潤みそうになるのを堪えながら、彼の腰にしがみつくと、ぎゅうっと思い切り抱きしめる。
「うおっ」と両翼を広げ驚きの声を上げた彼は、小さく笑い声を上げ、私の背中をポンポンと叩いた。

「大切にします……!」

思わず出た言葉がまた逆プロポーズのようで照れくさい。
多分真っ赤になっているであろう顔を隠したくて、彼が私にしたようにゴリゴリと胸当てに額を擦りつけた。

(2021.5.5)

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