天翔ける:本編

24. 射る矢、細を穿ち

リーバルの背に乗りヴァ・メドーに向かうと、甲板に見える制御装置らしきものに赤黒いもやがかかっているのが上空から見て取れた。
暴風に煽られ霞む目をすがめながら装置を示す。

「リーバル、あれ……!!」

「ああ……ガノンの分身のようだね」

リーバルは大きく羽ばたくと、メドーに降り立ち、素早く柱の陰に身を潜めた。
柱に背をあずけながらもやの様子をうかがう。

「僕は奴に攻撃を仕掛ける。君はその隙に笛の音で奴の目をあざむくんだ。いいね?」

「わかりました。……絶対に、やられないでください」

「わかってるさ」

リーバルは私の目を見て不敵に笑うと、胸に手をあて一つ深呼吸をし、柱から飛び出して弓を背中から取り外し対峙した。

それを見計らっていたように制御装置からもやが立ち昇り、甲板の床から無数の青く細い光が渦を巻きながら装置の上で収束し、大きな球体を生み出し始めた。
その球体は転回しながら急速に肥大し、やがて一体の魔物を形成した。

銃を象った右手に、獣のように鋭く尖った長い爪の左手。
祠の壁の一部を切り取ったような面の真ん中には、ガーディアンと同じ青い単眼が鋭い眼孔を放っている。

ーー風のカースガノンだ。

リーバルを捉えた青い単眼は、彼を敵とみなし赤く染まった。
蒸気を噴出したそれは、耳をつんざくような咆哮を上げると、リーバルに向けて照準を合わせた。

「危ない!!」

リーバルは素早く宙に舞い上がると、弓を構えバクダン矢を放った。
目にも止まらぬその攻撃は間違いなく当たったかに思われたが、バクダン矢はカースガノンが瞬発的にガードしたことにより弾き飛ばされてしまった。
リーバルはなおも矢を放ちながら飛び回るも、いとも簡単に防がれてしまう。
それどころか、リーバルが射撃体勢を立て直しているあいだにも反撃の光線が何発も彼目掛けて放たれる。

このままではまずい……!

私は急いでトラヴェルソを構え音色を奏でた。
寒さで指が震えるが、ここでミスをするなんてあってはならない。

何とかフレーズを弾きこなし、リーバルの体が光ったことで無事効果が付与された。
リーバルの飛行速度が増し、翼のすれすれを通過していたビームの射線が少しだけ離れたのが見え、ほっと肩をなでおろす。

しかし、安心するにはまだ早かった。
すでに陽は落ち、あたりの景色が瞬きする間にも影にのまれつつある。
星一つない闇夜の空をにらんだ私のなかに一つの懸念が生じた。

リト族は、夜目が利かない。

私の予感を悪い方へ向かわせるかの如く、篠突く雨が甲板を叩き始めた。

少し前、飛行訓練場は夜間の訓練にも対応できるよう各的に夜行石が埋め込まれた。
それにより夜間での飛行力は高められたが、元々の体質を変えることは到底不可能だ。

リーバルは夜の訓練でも昼間と引けを取らないほどの飛行テクニックを見せつけた。
だけど、そのぶん毎度目を酷使していたことを知っている。
人前では苦痛を垣間見せることなく訓練後も取り澄ました顔をしていたが、一度だけ見たことがあるのだ。
人気のない夜間の休憩場で、目元を押さえている姿を。

昼間の視力は、英傑のなかでもいち早く敵を察知するほど随一のものだと思う。
けれど、夜間は人のそれと同等にまで落ちてしまうのだ。

今は私の技の恩恵で素早く動いているが、敵もそれに対応しつつある。いつ見切られるかわからない。
早く次の一手を考えないと……。

ふたたびトラヴェルソを構え、今度はカースガノン目掛けて奏でた。

敵の動きが止まる。
しかし、私の予想に反し数秒もせずに拘束が解けてしまった。

ふたたび同じ曲を奏でるが、やはりすぐに解けてしまう。

うそ……どうして……!?

アイ!止めるな!!」

リーバルの叫び声が届き、はっと顔を上げる。
その言葉の意図はわかった。

リーバルは、私の技の発動に合わせて攻撃を仕掛けるつもりだ。

意を汲み、もう一度トラヴェルソを奏でようとしたとき。

カースガノンが放ったビームが別の柱に反射し、私のトラヴェルソを叩き飛ばした。

「ああっ!!」

焦げ付いたトラヴェルソは、甲板の床を素早く転がり、奈落に飛び込んでしまった。

「そんな……」

「ぐああっ!!」

呆然としている私の頭上で彼の悲痛な声が上がり、すかさず上空を確認する。

リーバルの翼にビームが掠め。
その威力にバランスを崩した彼の体が激しく回転し宙に放り出されているのを見つけ、声を限りに叫ぶ。

「リーバル!!!」

機を逃さず放たれたビームは、容赦なく彼の身に撃ち込まれた。

痛みに絶叫したリーバルの体から力が抜け、羽ばたきが止まった瞬間、その身が甲板に叩きつけられた。

「いや……いや!!!」

慌てて柱の陰から飛び出し、彼の体を引きずる。
人よりも大きくただでさえ重い体は、雨水を吸い込んでうまく抱えきれない。
けれど、このままでは彼が焼き殺されてしまう。

二人で帰りたい……。生きて帰りたい……!

生きて、みんなとまた笑って。
リーバルと、もっといろんなことを話したい……!

その一心で、全身の力を振り絞って彼を引っ張る。
間一髪のところでビームから逃れ、柱に身を隠した。

暗くてよく見えないが、彼の腹部からあふれ出たものが雨水に溶け出していくのが、足元の水たまりが生暖かくなっていくので嫌でも伝わってくる。
焼かれて焦げ付いたにおいと鉄のにおいが漂い、頭がくらくらしそうになるのを堪え、彼のかたわらにうずくまる。

アイ……」

リーバルは荒く呼吸を繰り返しながらうつろな目で私を見上げる。

「ザマないよね……。君を……守るって約束したのにさ……」

息も絶え絶えに言い、はは……と力なく笑う彼の口から、おびただしい量の血があふれた。
私は急いで彼の頭部を膝に乗せると、顔を横向かせて血を吐かせながら声をかけ続ける。

「リーバル……いや……!」

リーバルは震える翼で私の腕を掴むと、ぐいっと引き寄せた。

アイ……」

鉄のにおいが混ざった彼の細い息が顔に吹きかかる。

「一回しか言わないから……よく、聞くんだ……」

余喘を保ちながら途切れとぎれに紡がれていく言葉。
込み上げてくるものに喉を詰まらせながら必死にうなずく。

アイ……君が、好きだ……」

その言葉を最後に、リーバルの手から力が抜け、彼の呼吸が次第に遅くなっていく。
命の灯火が、消えていく。

「なんで……!どうして、今言うの……!!」

確かに彼は口を開けばそしるばかりで、それが災いして人から嫌われることがあるのかもしれない。
私もリーバルのことをよく知らないうちはそうだった。

だけど、結局のところ人なら誰だってそうだってことに、いつしか気づいた。
表に出すか出さないかの違いだけであって、誰しもそんな側面があるはずなんだ。

彼に欠点があるとすれば、ただそれをむやみにあらわにしてしまうこと、その一点だけ。
汚点を隠すのが人よりも苦手な不器用な人。たったそれだけのことだ。

彼はこの戦いのために、これまでずっと鍛錬に励んできた。
同郷の仲間が眠っているあいだも、惜しまず、欠かさず。
強くなろうと人一倍無理をして、あがいて。

ゲルドの街で、彼は私に初めて自分の弱みを打ち明けてくれた。
「こういう交易の場に来る機会なんて今までなかった」と。

いろんなところに行こうと言った私に、彼は寂しそうに笑った。
あんなに悲しそうな笑顔を浮かべる人なのだと知った。

娯楽を知らず、家族もなく、友と呼べる人もいない。
彼はこの日まで、一心不乱に自分を高めるためだけに生きてきたのだ。
どんなに苦しかったことだろう。つらかったことだろう。

実直で、不器用で、孤独をよく知る彼の小さな命が、こんな理不尽なことのために無残にも奪われようとしている。
こんなことがまかり通っていいわけがない。そんなの、私が許せない。

もし神様が、たった一かけらの欠点のためだけに、罰として彼を連れて行こうというのなら。

そんなの、もはや神でも何でもない。

ーー無慈悲な、悪だ。

「リーバル、お願い……生きて……」

彼の翼を胸の前で握り締め、強く願う。

「愛してる……」

ああ、神様……。ハイリアの女神様。
どうか、彼を連れて行かないでください。

彼から幸せになる権利を奪わないでください……。

ささやかでもいい。
心から愛せるこの人との幸せな日々を、どうか私にください……。

自然と、声が出た。

城下町でゼルダと出会ったときに奏でていたメロディー。
同じフレーズを何度も、何度も繰り返し歌う。

私の声に呼応するように、リーバルの体が淡い光に包まれ、全身を飲み込んだ。
その光はどんどん強くなり、彼のシルエットさえもわからないほどのまばゆい輝きを放つ。

やがて光はガラスの破片が飛ぶように弾けた。

淡い光が傷を伝って体のなかに流れ込み、傷口をみるみる閉ざしてゆく。
あふれ出た血を淡い光が汲み取り、彼の体内に取り込む。

うつろだった瞳に光が宿り、その翡翠は本来の美しい輝きを取り戻した。

ゆっくりと身を起こしたリーバルは、自身の身に起きている光景を驚いたように眺めていたが、その顔のまま私を見つめた。

「君が、助けてくれたのか……?あの笛は……」

彼の言葉をさえぎってそのしなやかな首に縋り付いた。
雨とともに涙が止めどなく頬を伝う。

「間に合って良かった……!!」

アイ……」

首に回した腕に赤いポインターが揺らめいているのに気づいたときには、すでに彼から引きはがされたあとだった。
カースガノンが、いつの間にかワープして柱のそばまで迫っていたのだ。

やっと助けることができたのに……!

追い詰められた私たちをあざ笑うかのように、リーバルの額に照準を合わせる。
リーバルが私の前に膝立ちになり、私をかばうように片翼を広げたとき。

ビームが放たれる瞬間、敵の両腕を二本の矢が弾いた。

「白い、リト族……!?」

上空から突如現れた白い鷹を思わすリト族は、弓を構えたままほくそ笑んだ。

「リーバルのお知り合いですか?」

「いや……僕の村の住人ではないな……。
敵ってわけでもなさそうだけど」

白のリト族は、カースガノンがふたたび姿をくらましたタイミングでこちらに舞い降りてきた。

リーバルは私を背にかばい警戒しながらゆっくりと立ち上がり白のリト族に声をかけた。

「見かけない顔だねえ。何者だい?」

「俺はテバだ。あんたたちは……」

テバと名乗ったリト族の男は、リーバルの上背を優に越え、彼よりもがっしりとした体躯だ。
声の渋みや落ち着きから貫禄がうかがえ、リーバルよりも歳を重ねているらしいことは見て取れた。

テバははっと目を見開くと、リーバルの背後をじっと見据えた。
私に視線を注いでいるのかと思い戸惑ったが、どうやらそうではないらしい。

「それは、オオワシの弓……!?」

彼がはっきりと口にしたその名に、私とリーバルはひどく驚いた。

「君、この弓を知ってるのかい?」

「ああ、100年前にリトの英傑リーバルが手にしたとされる形見の弓だ。
それを手にしているということは、まさかあんた……いや、あなた様は……!」

テバの言葉に引っかかりを覚えたが、テバの言わんとすることに気を良くしたリーバルはそれをさて置いて胸を張った。

「この僕が、そのリトの英傑リーバルだ」

「リ、リーバル様……!?」

期待が確信に変わったらしくテバはひどく興奮したように目を輝かせ、リーバルの手を取ろうとした。
当のリーバルは煙たそうにその手をかわしてしまう。
ツンと目を座らせたリーバルにテバははっと我に返ると、気を引き締めた様子で改まった。

「まさか、かの英雄にお目にかかれるとは……光栄の至りです。
状況は何となく察しています。どうか俺も一緒に戦わせてください」

助太刀の申し出に嬉しくなってリーバルを見上げると、誇らしげに腰に手をあてながら胸を反らせている。
“英雄”と称えられたことがよほど嬉しいらしい。

「……いいだろう。君、見たところ飛行能力がなかなか高いみたいだね。僕ほどではないようだけど。
奴の目を引きつけられるかい?」

「わかりました、やってみましょう」

テバの快諾に口角を上げると、リーバルはこちらを振り返った。

アイ、君は引き続き援護を頼む。
もう笛がなくても大丈夫なんだろう?」

私はぱっと立ち上がりスカートを正すと、きっぱりと答えた。

「大丈夫です」

まだ自信はないが、ここまできて曖昧なことは言いたくなかった。
何としてでもやる。翡翠をまっすぐ見据えると、リーバルは私の想いを見透かしたように微笑んだ。

「今度は、ちゃんと自分の力を信じてあげるんだ」

「……はい!」

私たちのやり取りを後ろでうかがっていたテバは、あごに手を添えながらぽつり。

「リーバル様の、嫁さん……?」

「まだ違う!!」
「まだ違います!!」

同時に発した言葉がかぶり顔を見合わせると、互いにプイッと顔を反らしてしまった。
高所で雨に濡れて体は冷え切っているはずなのに、顔が、すごく熱い。

「それは失礼した。リーバル様の“彼女さん”」

クスクス笑いながら追い打ちをかけるテバにリーバルはすっかりお冠で「いちいち勘ぐるな!さっさと囮になりなよ!!」などと、100年後から来たとはいえこの場において肉体年齢的に考えれば目上であろう人に対してとんでもなく失礼なことを抜かしている。

今しがたまで土砂降りだった雨は、とうに降り止んでいた。
雨上がりの澄んだ風が一筋通り抜ける。

「奴の好きにさせるのは、ここまでだよ!」

リーバルは弓を背から下ろすと、空高く舞い上がった。
それに続くようにテバも翼を広げ飛び上がる。

二人を追うようにビームが放たれるなか、私は別の柱へと移動した。
さっと柱の陰に身を隠すと、両手を組んで目を閉じ、敏捷性を高めるメロディを口ずさむ。

「この力は……!」

空を駆けていたテバは自身の変化に驚きを隠せずつぶやくと、素早く敵の猛攻をかわしながら声を張った。

「リーバル様、頼みます!」

リーバルは矢じりのように鋭く天を貫くと、即座に弓に三連のバクダン矢をつがえた。
的確に敵の急所を捉え、火花を散らせる矢を慎重に引き、放つ。

「おかえし……だっ!!」

不意打ちは成功したかに思われたが、カースガノンは目ざとくすかさず右手をかざした。
もやに弾かれたバクダン矢は空中で散り散りになり爆ぜた。

「クソッ、あれでもダメか!」

空気をも引き裂くような怒号に固唾を飲みこむテバのとなりで羽ばたきながら目下に視線を落としたリーバルは、口の端を歪めた。

「ああ。けど……
どうやら僕たちにも風が吹いてきたみたいだよ」

二人の視線の先が私の背後に注がれているのに気づいたとき、背後から無数の足音が聞こえてきた。
勢いよく振り返った私は思いがけず現れた三人に驚嘆し顔をほころばせた。

「みんな……!!」

アイ!リーバル!無事だったのですね……!」

アイ様、よくぞご無事で!」

ゼルダとインパと三人で手を取り合う私に横目で笑みを浮かべたリンクは、すぐさまカースガノン目掛けて走り込んでいった。

「リーバル!空は任せた!!」

めずらしく声を張るリンクに目を見開くと、リーバルは不敵に笑んだ。

「この僕に命令かい、リンク?」

憎まれ口を叩きながらも、リーバルの表情はどこか嬉しそうだった。

(2021.5.1)

次のページ
前のページ


 

「天翔ける」に戻るzzzに戻るtopに戻る