見知らぬ主と書き置きペンパル

4. 城下町での暇 その2

「いつもありがとうございます。今日はたくさん買っていただきましたが、贈り物ですか?」

菓子を袋に詰めながら店員が何気なく口にした”贈り物”というワードに不意を突かれどきりとする。
ややあって「はい」と頷くと、店員は茶化すでもなく「そうでしたか。では、包みに飾りをお付けしますね」と優しく応じてくれた。

今日はリーバル様への差し入れともう一つ、例のリト族に渡すためのお礼を買いに来たのだ。
何度もお世話になっているのに、何だかんだでお礼の一つもできていない。
こんなものじゃ到底足りないが、せめて感謝の気持ちくらいは伝わってほしい。

店員に丁重にお礼を述べ、いつものベンチに急ぐ。会えるかどうかもわからないのに、期待ばかりが膨らんで足が速まる。
思えば、どこに住んでいるのか、何をしてる人なのかも知らない。強いて言えば、彼が身に着けている防具や初めて会ったときの弓の技術から推察するに、戦い慣れしていることがわかるくらいだ。
次にもし会えたら思い切っていろいろ尋ねてみよう。もしかしたらリーバル様についても何か知れるかもしれない。

あれこれ浮かべながら目的地につくと、期待していた人物がすでにベンチに座っていた。膝に頬杖を突きながら、何やら手にしたメモを眺めてニヤついている。

「あのっ!」

急いで走り寄り声をかけると、リト族は手のなかのメモをさっと腰の小袋にしまった。
見られてはまずいものだったのだろうか。

「ああ、君か。悪いけど、ここは僕が占領してるところだ。残念だったね」

冷たくあしらわれ固まる私に、リト族は肩を震わせるとおかしそうに破顔した。
屈託のない笑みに、胸が鷲掴みにされたように苦しくなる。
いつも澄まし込んでるくせに、急にそんな顔で笑うなんてずるい。私にだけ見せてくれてるんじゃないかって、錯覚しそうになる。

「そんな顔するなよ。冗談だ」

どうぞ、と自分のとなりをぽんと叩く彼にまだ戸惑いながらも、勧められるまま静かに腰を落とす。
ちょっと動けば触れあいそうな距離。彼から漂う香りが微かに鼻を掠め、すぐそばにいることをまざまざと実感させられる。
会いたかったはずなのに、いざ会うとこうだ。けれど、どうしてだろう。今日は何だかやけに緊張する。

何か話さないと。目まぐるしく巡る思考に集中し、はっと思い出す。そうだ、と手にした包みを差し出す。

「これ、受け取ってください」

頬杖を崩しこちらを振り向いたリト族は、私と包みを交互に見て驚いている。

「これ、僕に……?」

急な贈り物に戸惑っているのか、歯切れ悪くそう言う彼がちょっとおもしろくて、おかげで緊張の糸が少しだけ緩む。

「もう何度も助けてもらってるのに、こんなものしか用意できなくてごめんなさい。どうにか感謝の気持ちをかたちにしたくて」

包みを見つめる視線が揺れ、当惑しているのがわかる。やっぱり急すぎただろうか。
思えば、礼はいらないという相手に強引に贈り物を渡すなんて、独りよがりだったかもしれない。
伏せられた赤いまぶたに、かえって迷惑をかけてしまったかな……なんて消極的な考えが浮かんできたとき、青年と視線がかち合った。
昼間の柔らかな光を取り込んで煌めく透き通ったグリーンがとても綺麗で、つい見とれてしまう。
何かいい悩む様子で口を開閉させていただ、しばらくしてぽつりと沈黙を破った。

「その、ありが……」

言いかけた言葉は、豪快な呼び声に飲み込まれた。
地面が揺れそうなほどの地鳴りに、私も青年も音の出所に視線が飛ぶ。
黄土色の肌に、岩を積み上げたような巨体。なびくような豊かな毛を震わせ走るゴロン族には、どこかで見覚えがあった。あれは確か……。

「こんなところにいたのか。随分探し回ったぜ」

「すごい地鳴りがしたからてっきりもう厄災が復活したのかと思ったよ。こっちは余暇を過ごしてる最中なんだ。もう少し静かにしてくれないと」

「そりゃ悪いことしちまったな、リーバル」

すまんすまんと悪びれもせず頭を掻きながら笑うゴロン族が口にした名に、頭が真っ白になる。
今、彼は何と言った?

「リーバル……様」

浮かんだ名前をそのまま口にすると、リトの青年はゴロン族からこちらに視線を落とした。
訝しむような目。この方が、私の……。

居ても立ってもいられず、気づけばその場を走り去っていた。

まさか。まさか……!あのリト族が、リーバル様だなんて!
確かに言動がどこか似通っているとは思っていた。けれど、こんな偶然が重なるなんて。

胸のなかに渦巻いているこの感情は何?頭がごちゃついて、何が何だかわからない。
知らなかったとはいえ、お仕えする主に礼節を欠く態度を取ってしまっていたことへの困惑?
それとも、リーバル様とあのリト族が同一人物という、願ってもない事実への喜び?

無我夢中で走り、自宅へ駆け込む。
胸を突き破ってしまいそうなほど強く打ち鳴りやまない心臓の音は、思いきり走ったからだと自分に言いわけをする。
ドアにもたれながら苦しい呼吸を整えるように両の手で首を抑え、そのままずるずると床に座り込む。

どうしよう。すごく、すごく嬉しい。

「リーバル様……好きです」

人知れず呟いた心情だったが、途端に気恥ずかしくなって口元を抑える。
けれど、一度口を突いて出たこの気持ちまでは、抑えられそうにない。

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僕の名に反応して走り去ったときに何となく察してはいたが、渡された包みを開けてそれは確信に変わった。
間違いない。あの少女は、僕の部屋の小間使いーーアイだ。

包みを傾けなかの物を一つ取り出す。小さな飴玉を指先で摘まみ上げ陽光にかざすと、それはまるで小さな月のように輝いて見えた。

「お前さんに贈り物だなんて、物好きがいたもんだ」

「ちょっと、どういう意味だい、それ?」

意味ありげに茶化すダルケルにせっかくの気分を害されついねめつけるが、まったく堪えていない。
それどころかどこか嬉しそうに僕を見つめる真っ青な瞳に、だんだんむずがゆくなってくる。

「そんな目で僕を見るのはやめてくれるかな。落ち着かない」

咎める意を込めてそう言えば、ダルケルは豪快に笑った。
そういうのをやめろと言ってるのに。この豪胆なゴロンには一切通用しないのが余計に腹が立つ。

「ま、取り澄ましてるように見えて、何だかんだでお前さんも年頃の若造ってことだな」

「は、はあ?何の話をして……」

「焦ることはねえ、あの子もまんざらじゃないようだからな」

言動の裏を読むことに必死で言葉を返せずにいる僕に、ダルケルは何もかんもわかったような顔で微笑む。
ゆっくり距離を詰めていけばいいと思うぜ、と僕の背中を平手で思いっきり打ったことは絶対に許さない。

(2024.4.20)

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