見知らぬ主と書き置きペンパル

3. 砂漠の長とヴァーイズトーク

声をかけられたのは、その日の業務を終えリーバルの部屋からちょうど出たタイミングだった。

「おや、あんたは」

斜陽の砂漠を思わす豊かな赤髪と、深い褐色の肌。ハイリア人よりも上背が高く、自然と視線が上向く。

「もしかしてリーバルの部屋の小間使いじゃないかい?」

艶やかな化粧ののった美しい顔立ちから一見怜悧な印象を受けたが、意外にも気さくに声をかけられ安堵する。

「ウルボザ様!お疲れ様です」

まさか英傑の一人からこうして声をかけられるとは思わず、緊張と喜びがないまぜになって声が上ずる。
そんな私の心情を察してか、ウルボザは優しい声色で「あんたもお疲れ様」とにこやかに労いの言葉を返してくれた。

「あいつの小間使いだっていうからには、よっぽど負けじと気の強そうなタイプなもんだとばかり想像しちゃってたけど……あんたからはそんな印象を受けないね。何だか安心したよ」

腰に手を当て少し茶化すように小首を傾げるウルボザに、気恥ずかしくなる。
好印象と捉えて良いのか、それとも頼りなく見られているのか。
少なくとも彼女の言動から察するに、リーバルの印象についてメイドたちの噂と英傑とのあいだで相違はなさそうだ。
少しだけおかしくなりついクスッと笑みをこぼすと、ウルボザ様は怪しく目尻を下げた。

「あ、今あいつのこと笑ったね?」

「あっ!い、今のはつい……!どうかご内密に……っ」

慌てる私にウルボザ様は「告げ口だなんてヤボなことはしないさ」とウィンクをすると、腕組みをしつつ頬に片手を添えながら嘆息した。

「リーバルはどうやら、前任者のときは部屋に帰るのを億劫に感じてたようでね。いつも故郷の村まで帰っていたんだよ。それがここ最近は、任務のあとたびたび自室で休むようになったんだ。これはどう考えても新米の小間使いが影響してると思ってね」

英傑様の任務がどんなものかなんて想像くらいしかできないが、ウルボザ様の装いから戦場に赴くことが多いはずだ。
リーバル様の故郷は確か、リトの村だ。城から村までハイリア人の足では途方もない時間がかかる。
それを、飛べるからとはいえただでさえきつい任務のあと、わざわざ帰っていただなんて。

「あいつが寛ぎやすいようにいろいろと気を遣ってやってるんだろう?いつもありがとうね」

そう言ってウルボザ様は私の肩にそっと手を置いた。
その手の温もりに、あのとき思い切って書き置きを残してみて本当に良かったとつくづく思う。

「まあ、ここ最近のリーバルはほんの少しだけかどが取れて、参戦当初の横柄な振る舞いが減ったのは確かさ。そういった変化から察しても、どうやらあんたは随分あいつに気に入られてるようだ」

「わ、私が気に入られているだなんて、そんな畏れ多いです……!ただ私にできる限りのお手伝いをさせていただいているだけですから」

「そういう心遣いが、あいつの心を動かしたのさ。その調子でこれからも尽くしてやっておくれ」

それじゃあね、と優しい笑みを浮かべ、ウルボザは去って行った。
城の中庭の方へ向かって行ったところからすると、これから王女殿下の元へと向かうのだろう。

私がリーバル様に何かしらの影響を与えてるだなんて俄かには信じがたいけれど、少しでもあるじの支えになれているのなら、メイド冥利に尽きるというもの。

けれど、どうしてだろう。
職務をまっとうしている点を褒めていただけたことが嬉しいはずなのに。
どうしてか、さっきからずっと胸がドキドキしている。

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ドクロ池周辺の探索を終えるころには、すっかりあたりは夕闇に包まれていた。
途中まで組み上げたテントの設営を兵士たちに引き継ぎ、おこしたばかりのたき火に鍋をかける。
ちょうどそのタイミングでリーバルが陣営に舞い降りてきた。

「ご要望の食材だよ、退魔の騎士サマ」

しなやかな羽さばきで着地すると、背負っていた食材の入った袋を俺のかたわらに放る。

「ここからハイラル城に帰還するまでに馬宿を経由すると言っても、備蓄の在庫を見た限り、さすがにこれだけの人数は賄えないんじゃないかと思ってね。念のため多めに採ってきてあげたよ」

渡された袋を広げると、ハイラルダケや山菜がふんだんに入っていた。
相変わらず手回しがいい。あれだけの数のリト族を統率していただけのことはある。
これだけの備蓄があれば何かしらのアクシデントで帰還が滞ることになったとしてもしばらくは持つだろう。
助かる、と伝えると、リーバルはまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。

俺が彼とやり取りをするとなると、決まってこのあとに何かしらの小言や嫌味を垂れ始めるのがお約束だったが、ここ最近になって急に彼の態度が一変した。
利発で能動的な性分自体は変わらないため、温和になった、とまではさすがに言い難いが、それでも物言いが幾分か緩和されたようには感じる。

矢筒に括りつけた小袋から何やら小さな紙を取り出した彼は、それに視線を走らせたかと思いきや、ふっと目尻を下げた。
彼らしからぬ様子がつい気になって、思わず声をかけていた。

「……何かいいことでもあった?」

俺が彼に関心を向けるようなことは滅多にないことだと思う。
敢えてそうしているわけではないが、何となく近寄りがたい雰囲気があるリーバルには自然とそうならざるを得なかった。
だからか、久しく俺から話しかけられたことに驚きを隠せない様子で、こちらを振り見た。

「まさかとは思うけど……今、僕に話しかけたのかい?」

引きつったような笑み。わかっていてわざとそう聞き返す根性の悪さは変わってない。
そのつもりだけど、と返すと、リーバルはあっそう、と片翼を翻した。
そうして、紙切れを大事そうに折りたたむと、小袋にそっとしまった。

「だとしても、君には教えてあげないよ」

意地悪な笑みを浮かべながらこちらの反応を伺うように視線を送ってくる。
普段なら相手にしないところだが、このときは何だか無性にやり返したくなって、つい探りを入れた。

「もしかして、気になる子でもできたの?」

「なっ……」

引き締められていた黄色の眉が、彼のグリーンの目の上でくっと跳ね上がる。
ダルケルやウルボザならずばりと言いかねないが、まさか俺からそう来られるとは想定してもいなかったのだろう。
あまりの驚きように、つい笑みが浮かびそうになる。もっとも、彼から見れば無表情に見えているのだろうが。
俺がこんなことを浮かべているとはつゆ知らず、はっと我に返ったリーバルは取り澄ましたように薄ら笑いを浮かべる。

「君にしちゃ随分踏み込むね。今日はやけに饒舌なんじゃない?」

俺の質問には答えず、さらりと論点をすり替えられてしまった。秘密主義なのはお互い様か。
そうかな、とつぶやくと、リーバルは、気に入らないね、と肩を竦めつつ、たき火の側に胡坐あぐらをかいた。

「いいことでもあったか……だっけ?ま、そんなところとでも答えておくよ」

そう小さくささめいたリーバルの顔は逸らされてよく見えない。
けれど、ポーカーフェイスな彼にしてはめずらしく、少しだけ照れている気がした。

(2024.4.19)

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