見知らぬ主と書き置きペンパル

5. ご対面

明くる朝。
重い足取りでリーバル様の部屋へ向かった私は、なかなか部屋の扉を開けられずにいた。
こんなに緊張しているのは仕事の面接で初めてハイラル城に登城したとき以来だ。

昨日は混乱して逃げ出してしまったが、主人の前で取るべき行動ではなかった。次にお会いする機会があったら、ちゃんと謝らないと。

「謝ってばっかりだな、私……」

自嘲気味に笑いつつ意を決して扉を開けた私は、心に浮かべたばかりの内省をさっそく覆してしまいそうになった。

ソファにもたれる見覚えのある四つの三つ編み。
それが揺れ動き、部屋の主ーーリーバル様ーーがこちらを振り見る。

「やっぱり君か」

昨日城下でお会いしたあのリト族もといリーバル様は、しかめっ面で腕組みをして、二の腕をトントンとせわしなく叩いている。
さすがにこの時間にはいないと高を括っていたのに。

こちらに歩み寄ってくるリーバルの威圧的な眼差しに逃げ出したい気持ちを押し殺して手早くドアを閉め、姿勢を正して振り向く。
私のすぐ目の前で立ち止まったリーバルは、腕組みをするとじろりと私を見下ろした。
ハイリア人とは違う切り込みを入れたような瞳孔。表情も相まってかより鋭いものに感じられ、堪らず身を竦める。

いつにも増して苛立った様子に、こめかみに嫌な汗が伝う。やっぱり怒らせてしまっていた。

「ご、ごめんなさい!」

耐え切れず、深々と頭を下げる。

「昨日はその、気が動転してしまって。まさかあなた様がリーバル様だとはつゆ知らず、これまで散々ご無礼を……!」

必死で浮かぶ限りの謝辞を述べる。このままクビにされたとしても仕方がない。
しかし、私に降ってきたのは、お叱りの言葉でも怒号でもなく、爽やかで高らかな笑い声だった。

額に手を宛てて首を仰け反らせるリーバルは、おかしくて仕方がないといったように腹を抱えている。
唐突な高笑いにどうして良いかわからずポカンと見つめる私に、主はようやく笑いを収め目の端に浮いた涙を指先で拭う。

「冗談だよ。まったく……大まじめだな、君は。この僕が、君が驚きのあまり走り去ってしまったくらいのことで怒ってるわけがないだろう?」

「か、からかうなんて人が悪いです、リーバル様。私はてっきり解雇されるものかと」

「はあ?解雇?」

さぞかし「こんなことで?」という意味を含んでいらっしゃることだろう。またもや噴き出したリーバルに、だんだんと顔に熱が集中する。
ごめんごめん、と笑みを堪えながらこちらに歩み寄ってきたリーバルのくちばしの端には、まだ少し笑みが滲んでいる。
こんなに意地悪な面持ちなのに、真っすぐ視線を落とされるとどうしてか胸が苦しくなる。

「今日は君に渡したいものがあるんだ」

私の顔よりも優に大きなこぶしが広げられると、彼の手には小さな髪飾りが現れた。

「いつもがんばってる君へ、僕からのご褒美だ」

主の瞳と同じ、翡翠があしらわれた髪飾り。
震える手でそっと手に取ろうとしたところを大きな手に捕まれ、ぐいっと引き寄せられる。
抱きしめられるかと思ったが、そうではなかった。

リーバルは髪飾りを持ち上げると、ためらいなく私の髪に触れた。突然のスキンシップに戸惑う私を他所に、髪飾りをつけられる。
主の吐息が額にかかり、緊張で呼吸が苦しくなってくる。髪に触れる指がこそばゆい。
意識すればするほどにどくん、どくんと勢いを増す鼓動の音。胸の奥にしまい込んでいる本心まで伝わってしまいそうで、怖い。

どのくらいそうしていたのか。案外短い時間だったかもしれないが、ようやっと解放されるころには私の肩は緊張から凝り固まってしまっていた。
主の大きな翼が置かれたことで、はっと肩の力を抜く。

やっとのことで絞り出した「ありがとうございます」は、少し枯れていた。
黙ったままじっと注がれる視線。どことなく、真剣みを帯びた眼差しに、応えようと見つめ返す。
薄く開かれたくちばしに何か言葉を発そうとしているように見受けられるが、紡がれることはなく。
私の肩に置かれた手に少し力が込められたかと思うと、すっと離された。

「……ま、これからもよろしく頼むよ」

流し目にこちらを見やりながら、そのままあっさりと私の脇を抜けていく。
絶対何か起こると待ち構えていただけに、肩透かしを食った気分だ。

それじゃ、と翼を翻し部屋をあとにするリーバル様に「いってらっしゃいませ」と何とか声に出せはしたが、そのまましばらく呆けて動けなかった。

今、彼は私に何をしようとした?
必死に考えるが、とろりと濡れた瞳が思い出されるだけで何にも浮かばない。
私の心を置き去りにして颯爽と立ち去ってしまった今となっては、確かめようもない。

「……ずるいです、出くわしては私の気持ちをかき乱すようなことばっかりして」

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出たばかりの扉にもたれ、深く息を吐き出す。
危なかった。危うく流れで彼女の唇を奪ってしまうところだった。
アイの顔を見た途端、昨日ダルケルに言われた「彼女もまんざらではない」という意味深な言葉が浮かんで、変に意識してしまったせいだ。
しかし、あんなとろけるような目で僕を見つめてくるなんて。案外、あの大柄なゴロンの推察は的中してたりして……。

「ま、だとしても所詮はリトとハイリア人……か」

自分でそう結論付けておきながら、なぜか胸の奥がずきりと痛む。

……いけない、これから任務だってときに、こんな淡い感情にとらわれている場合じゃない。集中しないと。
青の衣の結び目を締め直し、与えられた使命を見据えつつ自室をあとにする。

(2024.4.21)

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