宙にたゆたう

2. その鷲、したたかな物言い(リーバル視点)

髪と同じく闇色の瞳のその女は、僕の姿を見て驚いたような顔で硬直している。
リト族を見るのは初めてなのだろうか。
僕の目をまじまじと見つめてくるので、少し気恥ずかしさを覚える。

そんな思いを振り払うように、頭に浮かんだ言葉を口早に並べ立てた。

「僕らリト族は飛べるからいいけどさ。よそから来る行商人や旅人はここを通るから、ずっとそこでそうしてられちゃ迷惑なんだよねえ」

見るからに困ってそうな相手にかけるにはぞんざいな物言いだと自分でもわかってはいるが、こういうときどんな言葉をかけて良いかわからない。
優しさを向けることが弱みを見せるのと同義だと思い込み、僕の口からは余計な言葉ばかりがついて出る。

「まさかとは思うけど……もしかして君、腰を抜かしてるのかい?」

どうやら図星だったらしい。彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていくのが何だかおもしろくて、思わず声高らかに笑ってしまった。
そんな僕の様子に腹を立ててしまったようで、キッとにらんできた。

「私だって……」

小さな声で何か言ったように聞こえたので、耳に手を当てて聞き返す。

「私だって、好きでこうしているわけじゃないんです……」

落胆気味にそうこぼす彼女があまりにかわいらしいものだから、ひとしきり笑ったあと、今度は本音で「悪い悪い」と謝罪を述べ、目じりの涙をぬぐった。

空を飛べる僕からしたら橋が怖くて渡れないなんてばかばかしいが、高いところが苦手な立場からすればかなり勇気を振り絞った行動だっただろう。
人の弱みを笑ってしまったお詫びに手を貸してやることに決めた僕は、彼女に背を向けしゃがんだ。

「んじゃ、乗りなよ」

いまいち状況が飲み込めずうろたえている彼女を尻目に、ため息をついた。

「早く。僕の気が変わる前に」

何ともぶっきらぼうな物言いだと思う。
だが、彼女以外の女性をおぶったことがない僕にとって、この状況は少し気恥ずかしいことこの上ない。

僕が急かしてもなおためらいがちに手をかけてくるので、しびれを切らし後ろ手に彼女を引き寄せて背負った。

制止の声が聞こえた気がしたが、すでに空の上だ。

あのまま橋をじりじり渡るくらいなら、ここからひとっ飛びで行くほうが恐怖も一瞬だろうと思ってのことだったが、僕の厚意は彼女の恐怖心をよりあおる結果になってしまったようだ。
耳元でしきりに甲高い悲鳴を上げている。

「うるさいなあ。耳元で叫ばないでくれよ」

肩越しにたしなめるが、なおも叫び続ける彼女の耳に声は届いていないようだ。
僕が翼を上下させるたびに彼女の僕の肩を握る手に力が込められる。
そのとき、後頭部に痛みが走った。

「怖い!降ろして!」

「ちょっ……引っ張るな!」

彼女の手に僕の結髪が巻きついている。
そのせいで頭部が後ろに引っ張られ、痛みとともにバランスを崩しそうになる。
このままだと間違いなく二人とも転落してしまう。

僕は飛ぶことに集中し、やっとのことで広場に降り立った。
急いで落ろすと、結髪をなでつけながら、怒りを込めた眼差しで振り向き、へたりこんでいる彼女にずかずかと足を踏み鳴らしながら詰め寄る。

「せっかくの僕の厚意を踏みにじる気か!?」

彼女はぶんぶんとかぶりを振ると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「本当にごめんなさい!その、高いところが怖くて……」

そんなことはわかっている。
わかっていながらも、気遣いの一声もかけられず、こんなときでさえ意地悪な言葉がつい出てしまうのだからしょうがない。

「やれやれ……それで?
高いところが死ぬほど苦手な君が、何だってこんなところに来たんだよ?
ここは君がかろうじてまともに歩けるような平坦な場所じゃないんだぜ」

その言葉に、彼女ははっとしたように目を見開くと、僕の翼をぎゅっと握り、じっと目を見つめてきた。

「あなたがリーバルさん……ですか?」

傾きかけた陽に照らされきらめくその瞳に間近で見つめられ、釘付けになる。
僕はかろうじて、そうだけど?と答えるので精いっぱいだった。

(2021.2.8)

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