宙にたゆたう

2. その鷲、したたかな物言い(夢主視点)

深い青のような、紺色のような不思議な色合いの羽毛に、編み込まれた後ろ髪、翡翠ひすい思わす薄く緑がかった瞳の鳥人……リト族と思わしき人物が、後ろ手を組みながら私を見下ろしていた。

声の雰囲気からして青年だろうか。
元々切れ長の目が細められていることにより、私を訝しんでいることが容易にわかった。

「僕らリト族は飛べるからいいけどさ、よそから来る行商人や旅人はここを通るから、ずっとそこでそうしてられちゃ迷惑なんだよねえ」

さも迷惑だと言わんばかりの物言いに、内心穏やかではないが、それでもこちとら絶体絶命……とまではいかないにせよ、耐えがたい苦痛に耐えている身だ。
何か応えたいが、少しでも動くと橋が揺れるため、声を出すことさえためらいがある。

そんな私の様子を見て何かを悟ったらしく、リトの青年は羽先を指のように曲げ、くちばしに宛がった。
人間でいうところの顎に手を添えるような仕草だ。

「まさかとは思うけど……」

顔が眼前に迫る。くちばしが触れそうなほど近づいたとき、恐怖心とは違った心境で私の心臓は跳ねた。
それもつかの間、青年のニヤリと浮かべた笑みにより、私の感情は羞恥心に満ちた。

「もしかして君……腰を抜かしてるのかい?」

何も言えずにうつむいていると、今度は高笑いが聞こえ始めた。
顔が赤くなっていくのがわかる。

「私だって……」

やっとの思いで振り絞って出した声はか細く、青年は笑いこらえ気味に「なんだって?」と手を耳に当てて尋ね返してくる。

「私だって、好きでこうしているわけじゃないんです……」

もう一度、今度はもう少し声を高めにそう言ってみたものの、青年は再び声を上げて笑い出した。
ひとしきり笑ったあと、悪びれもせず「悪いわるい」と目じりの涙をぬぐい、私に背を向けしゃがんだ。

「んじゃ、乗りなよ」

いまいち状況が飲み込めずうろたえていると、肩越しにこちらを振り返りながら、ため息交じりに目を細めた。

「早く。僕の気が変わる前に」

縄から手を離すのはためらわれたが、厚意を無下にするわけにもいかず、そろそろと青年の右肩をつかんだ。
その緩慢な動作に苛立った様子で、後ろ手に腰を引き寄せられる。

のしかかるようにして背中にしがみつくと、私が「待って」と言い終わらぬうちに青年は空高く飛び上がっていた。
あまりの急な上昇に驚き、思わず叫ぶ。

「うるさいなあ。耳元で叫ばないでくれよ」

不快気な声で抗議されるも、現状についてゆけず頭が真っ白な私の耳には入ってこない。
青年が羽ばたくたびに体が上下に揺れるので、振り落とされないようにしがみつくので精いっぱいだ。

「怖い!降ろして!」

「ちょっ……引っ張るな!」

肩にしがみついていたつもりが、青年の編まれた結髪をつかんでいたらしく、青年の体が不安定によろめく。
もうだめだ。と思ったとき、私の足はようやく地に触れた。

青年は私を背から羽織を脱ぎ捨てるように落ろすと、結髪をなでつけながら、へたりこんでいる私にずかずかと足を踏み鳴らしながら詰め寄ってきた。

「せっかくの僕の厚意を踏みにじる気か?」

「本当にごめんなさい!その、高いところが怖くて……」

ぶんぶんとかぶりを振って、必死に謝ると、青年は「やれやれ」と頭を抱えながら「それで?」と向き直った。

「高いところが死ぬほど苦手な君が、何だってこんなところに来たんだよ?
ここは君がかろうじてまともに歩けるような平坦な場所じゃないんだぜ」

余計な一言が混ざっていたことは受け流し、やっと自分の目的を思い出した私は、よろよろと立ち上がり、青年の腕……もとい翼を強く握った。
目を見開く青年に私はずいっと詰め寄り、じっと目を見つめた。

「あなたがリーバルさん……ですか?」

(2021.2.8)

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