“リーバルと恋人同士だった”
事実を認め、口にした瞬間。
私の頭の中を彼との思い出が駆け巡るように蘇ってきた。
彼との本当の出会い。
彼と訪れた場所。
彼がかけてくれた言葉。
彼と交わした約束。
失われていたはずの記憶が、次々と思い出され、風のように過ぎていく。
「アイ……泣いているのかい?」
リーバルに声をかけられて、頬が濡れていることに気づく。
頬を拭われ、リーバルを見上げる。
彼の困ったような顔を見ているうちに、だんだんと視界がにじんで、堪らず大声を上げて泣いた。
彼は私を引き寄せると、頭をそっと撫でてくれた。
どうして今まで思い出せなかったんだろう。
彼は、記憶がリセットされてもなお、私がこちらの世界に来るたびに助けてくれた。
何度その記憶が失われようとも、そのたびに側にいようとしてくれたのに。
前回リセットされる直前、彼は最後に、私に言ってくれた。
“結婚しよう”と。
こんなに大切な約束を、お互いに忘れていたなんて。
「リーバル……リーバル……!
ごめんなさい……!!」
「ねえ、ちょっと落ち着きなよ。
いきなりどうしたっていうんだよ?」
しゃくりあげながら謝る私をベッドに誘導し座らせながら、リーバルはそう言って背中を支える。
その優しさに、また涙があふれてくる。
「私……やっと思い出した。
あなたとのこと……これまでのこと、全部……」
リーバルに手近なタオルを渡され、涙をぐいっと拭う。
「急に泣きだすから、驚いたよ。
それで、いったいどんな記憶を思い出したっていうんだい?」
それとなく聞かれたものの、何から話せばいいやら。
優しい思い出だけでなく、人には話せないような密なことも全部思い出しましたなんて、到底言えるわけもなく。
「い、言えない……」
「はあ?」
よくよく考えてみれば、私は彼のことを思い出し、彼のことも「命の恩人」からかつてのように「恋人」という認識に密かに変わっている。
とはいえ、彼にとっての私は、まだ出会って1週間ほどしか経っていない初対面同然の相手だ。
過去の記憶の片鱗による影響で、私に対して少しでも好意があったとしても、だ。
そんな彼に、こんな話、とてもじゃないができるわけがない。
「君さあ……突然泣き出したかと思えば、僕との記憶を思い出したなんて、散々僕を驚かせたくせに。
今更やっぱり話せないって、虫が良すぎるんじゃないの?」
「ご、ごもっとも……」
「それとも何?
口にも出せないようなことを、過去の僕とはやったとか……」
リーバルの目が怪しく光ったのを見て、ベッドの隅に移動しようとするが、強い力で腕を掴まれ、引き寄せられてしまう。
「ねえ、どうなんだよ?」
「わ、わかったから!ちゃんと話します!
話せる範囲でいいなら、だけど……」
そう言うと、リーバルはようやく解放してくれた。
不敵に笑むリーバルに、この人には敵わないな、とため息をつく。
「じゃあさ、最初の出会いから聞かせてくれよ。
過去の僕らは、どうやって出会ったんだい?」
私は腕を組むと、うーんと唸り、目を閉じた。
気づいたらヘブラ地方の上空を落下していたこと。
死ぬと思って諦めかけていたところリーバルに助けられたこと。
リーバルを天使と勘違いしたこと。
情景を思い出しながら事実をありのまま話したつもりだが、興味深そうに聞いていたリーバルは、突然笑い出した。
「あの橋での出会い……ああ、君にとっては再会なんだっけ?
あれも思い返せば笑えるけど、そんなおかしな出会い方をしてたなんてなあ!
思い出せないのが残念だよ!」
そう小ばかにしてなおも笑い続けている。
おなかをよじりながらベッドで笑い転げているのを見ているうちに腹が立ってくる。
「馬鹿にして!ほんとに死ぬかと思ったんだから!
ただでさえ知らない場所に急に放り出されて怖かったのに、あなたは私に矢を向けてくるし……」
「急に空から妙な人間が降ってきたら、僕じゃなくても警戒するに決まってるだろ」
笑いを収めたリーバルは息を整えながら、ベッドの上に横になったまま天井を見上げている。
かと思えば、私の話を脳内で反芻していたのか、また思い出したように笑い始めた。
「ふふっ……けど、僕を天使だと思うとはねえ……」
目元を左手で覆い、声を押し殺して笑っているのを見て、だんだんやり返したい気持ちが芽生え、私はリーバルに馬乗りになった。
それにはさすがに驚いたらしく、彼の目が大きく見開かれている。
そのまま固まっている彼にざまあみろ、と心の中で毒づき、そのくちばしにキスを落とした。
上体を起こして彼を見下ろすが、何も反応がないので「リーバル……?」と声をかけると、腕の隙間からこちらを覗く翡翠の目と視線が絡まる。
その瞬間、私の視界は天地がひっくり返ったかと思うくらいの勢いで反転した。
今まで私の下にいたはずのリーバルが、私を見下ろして、切なげな顔をしている。
その妖艶な眼差しに、ドキッとする。
「この僕が、君に不覚を取られるとはね……アイ」
私の両手首を掴むと、彼はおもむろに顔を近づけ、私の唇にそっとくちばしを寄せた。
「おかえし、だ」
一度くちばしを離してそうささやくと、再びくちばしを近づけられ、私も目を閉じて受け入れる。
ああ、何て幸せなんだろう。
彼がまた私を好きになってくれて、こうしてキスをするなんて。
とろけるような甘いひとときに浸っていると、息をつごうと開けた口に、唐突にぬるりと舌が差し込まれた。
「んっ……!?」
思わず目を開けると、薄く目を開けてこちらをじっと見ている彼と目が合った。
色香を漂わせたその翡翠の目に、むずむずした感覚が背を伝う。
彼の大きな舌に応えるように私も舌を絡ませる。
彼の口から時折漏れる甘い吐息が顔にかかる。
息を継ぐごとに、何度もキスを重ねられ、そうしているうちにだんだん夢中になっていった。
今だけは。今この瞬間だけは。
この先のことなんて考えないでおこう。
いつまたリセットが起こるかわからないのだから。
神様。時の女神様。
どうか、今だけ、時間を止めてください。
どうか、今だけは、リセットを起こさないで……。
(2021.3.5)