姫と連れ立って庭園のガゼボに向かうと、すでにほかの英傑らが集結していた。
皆僕と姫の姿を見つけると頬を緩ませる。……だた一人を除いては。
ーーリンク。退魔の剣に選ばれた剣士。
彼は僕の姿を見つけても無表情。感情の一つも見て取れない。
相変わらず何を考えているかわからないやつだ。
眉間にグッとしわが寄る。
彼の実力は先の厄災で見て取ることができたはずだが、僕は未だ彼への対抗心をくすぶらせていた。
……もちろん仲間として信頼はしている。
だが、復興のあかつきには、彼と一騎打ちで決着をつけたいと思っている。
勝敗が分かれれば、僕も彼に対してもう少しだけ歩み寄ることができるかもしれない。
「皆、よくぞ無事に集結してくれました。
こうして再び相まみえたこと、大変喜ばしく思っています」
「よお、姫さん!リーバル!
復興がうまくいってねえって聞いたもんで心配してたが、ふたりとも元気そうじゃねえか」
「ダルケル!あなたも元気そうで何よりです」
ゴロン族の大男、ダルケルが豪快な笑みを浮かべながらこぶしを上げる。
相変わらずむさくるしいやつだ。
一見がさつそうに見えて、明朗快活で場を和ます柔和さがあり、僕は案外嫌いじゃない。
「姫様、その……遅れてごめんなさい」
「ミファー、何かあったのですか?」
「実は、雷獣山のライネルが里まで下りて来て……」
ゾーラ族の姫、ミファー。
戦闘中の華麗な槍さばきは一族でも誇られるほどだが、普段の彼女はおっとりとして物静かだ。
どうやらリンクのことが好きらしいのが見ていれば手に取るようにわかる。
どうやらミファーやダルケルの到着が遅れたのは、ゾーラの里でのトラブルが原因だったようだ。
姫とミファーが話し込んでいるのを眺めていると、それまでやり取りを見守っていたウルボザがおもむろに近づいてきた。
ゲルド族の彼女は元々僕より背が高いが、ヒールのせいでより高く見える。
仮にも男の僕がこうして見下ろされるというのは、より小柄であることを自覚させられ、あまりいい気はしない。
「リーバル。あんた、ずっと城にいたんだろ?
どうしてあいさつの一つも寄越さなかったのさ」
腰に手を当ててじろりと見下ろされる。
僕は負けじと腕組みをし、できるだけくちばしを高くしてそっぽを向く。
「どうしてわざわざあいさつするためだけに会いに行ってあげないといけないんだい?
今こうして久々に顔を合わせてるんだ。これでいいだろ」
「まったく、相変わらず水臭いねえ」
そう言いつつ困ったような笑みを浮かべる。
「敵襲!!」
三の丸の方角から兵の集団が駆け上がってくる。
そのすぐ後ろから、魔物の集団が押し寄せてきていた。
僕は空高く舞い上がると、すかさず弓を構え、真下の兵士の背後に迫っていたモリブリンの額を打ち抜いた。
「英傑様……!ありがとうございます!」
兵士の感謝に「ふん」と鼻を鳴らすと、本丸へと続く坂へと飛んで向かう。
城内にはアイを残してきている。ここから先への侵入を許すわけにはいかない。
そのとき、甲高く不快な鳴き声が僕の頭上で響いた。
見上げると、城壁の向こうからキースの群が一直線にこちらに向かってくるに気づく。
キースの群れがアイの部屋の窓辺を通過したことに気を取られているうちに、群れが僕の体を飲み込むように一斉にまとわりついてきた。
「ぐうっ」
翼や足などそこらじゅうに噛みつかれ、痛みのあまり声が漏れる。
油断した。
こんな失敗普段なら絶対にするはずがないのに。
よろめきながら墜落だけは避けようと一度城塞の上に降り立ったとき。
「だめ……やめて!!」
城の上階から必死に叫ぶ声が降ってきた。
すかさず声のしたほうを見上げる。
アイが僕の部屋のバルコニーから手をかざしているのが見えたかと思うと、僕にまとわりついていたキースたちがたちまち豪風に巻かれ、空に散っていった。
その光景に目を奪われていたせいで、気づくのが遅れた。
アイがバルコニーから飛び降りたのだ。
そのまま地面にたたきつけられる光景が浮かぶ。
咄嗟のことに、僕は血の気が引く思いで叫んでいた。
「おい、よせ!アイ!!」
しかし、落下していたアイの体は空中で静止したかと思うと、次の瞬間、風に乗るようにふわりと浮かび、僕を目掛けて飛んできたのだ。
アイも無我夢中らしく、悲鳴を上げながら固く目を閉じそのまま僕の胸に飛び込んできた。
僕は血にまみれた両翼で辛うじてアイを受け止める。
傷口がずきずきと痛んだが、それよりも彼女の身が無事であることのほうが重要だった。
慌てて上体を起こそうとするアイの腕を強くつかむと、アイの上に馬乗りになる。
アイは心底驚いたような顔をしているが、僕の心情はそれに構ってやれるほど穏やかじゃない。
怒りとも、不安とも、安堵ともわからない複雑な思いで叫び散らす。
「急に窓から飛び出すなんて馬鹿なんじゃないの!?
あのまま転落したらどうするつもりだったんだい!!」
「ごめんなさい。
でも、どうしても助けたくて……必至だったの」
僕はアイをこのまま抱きすくめたいのをぐっとこらえ、アイの上から身を起こすと手を引いて立たせてやった。
そして、腰の巾着から薬を一瓶取り出し、一気に飲むと、渋い顔をしながらこう言う。
「まあ……、こうして助けてもらったわけだし。
来てくれないよりは良かったんじゃない」
「リーバル……」
でも、と僕は続ける。
「僕を助けるためとはいえ、急に窓から飛び出すなんてもうやめてくれよ?
心臓が飛び出すかと思ったんだからね。
あと、君がさっき使った能力のこと、あとでちゃんと説明しなよ」
「うん……わかった」
アイが覚悟を決めた顔で力強くうなずいたので、僕は目を細めた。
が、すぐに気を引き締め直す。まだ、戦いは終わってはいない。
弓を構え直すと、傷のふさがった翼をはためかせて舞い上がる。
「ここまで来たんだ。
今更城内に帰す余裕はないからね!」
「わかってる!」
僕の掛け声に、アイも矢筒から矢を一本取り出す。
彼女の放った矢は、ボコブリンの額を見事に打ち抜いた。
(2021.2.28)