短編

ほんの少しだけ

微甘。夢主視点。
はじまりの台地で一晩明かすことになった一行。キャンプの準備を進めるなか、リーバルの姿が見当たらないことに気づく。
探しに行くよう頼まれるが、彼と二人きりになることに胸中ためらいがあり……。


 
明朝一でハイリア山の祠の調査に向かうため、はじまりの台地で一晩明かすこととなった。
宿場町の宿屋は、魔物の襲撃を避けるべく疎開先に向かう人々が道中立ち寄っているとのことでどこも埋まっている。唯一とれた宿も2人泊まるのに精いっぱいなほど小さな部屋だった。
ゼルダは自分も野宿をすると申し出たが、ゼルダが野宿をするならば彼女を差し置いて部下が宿に泊まるなんてもってのほかだ。暗黙の了解で全員が野宿をすることになる。
かといって宿に泊まっていただくとしても、側近とはいえ異性のリンクを二人きりで同室に泊めさせるわけにもいかない。
彼女と親しく夜襲にも対応しうるウルボザが適任ということで、なおも食い下がろうとするゼルダを諫め、二人と三人に別れることで話が収まった。
かくして残されたリンク、リーバル、そして私の三人は、一晩はじまりの台地の精霊の森で陣を張ることとなったわけだが、これまでにこの三人で行動をともにしたことがなく、一晩この組み合わせで大丈夫だろうかと不安が募る。

ゼルダと親しく話をするうちにリンクとは気兼ねなく話をするほどの仲になったものの、リーバルとは未だに打ち解けられていない。
彼はリンクを毛嫌いしている節があるが、それは私に対してもそうだ。リンクに対するほどではないにせよ、何か用事があって声をかけると、わかりやすいほど不愉快そうな顔をされるのだ。何がきっかけで嫌われたのかもわからないだけにどう接していいかわからず、いつからか彼相手には身構える癖がついてしまった。

だが、私が身構えてしまうのは、嫌われていることだけが理由ではない。私を邪険にしていることは目に見えてわかっているけれど、私は彼を苦手だと思ったことはない。むしろその逆だと思う。
声をかけるのがためらわれるのは、これ以上嫌われたくないだけでなく、彼と話をしようとすると胸が締め付けられ、思うように言葉にならなくなるからだ。
今だって、彼のことを考えただけでこんなにも息苦しい。

いつからこんな気持ちになったのかはわからないけれど、気づけばリーバルのことばかり目で追ってしまう。
彼から微笑みかけてくれることなんて、あるはずがないのに。

平籠いっぱいに山菜ときのこをのせ終えたところで、これからリーバルの待つキャンプに戻ることを思うとため息がこぼれた。
幸いリンクと三人だが、もし二人きりだったらと思うと気が気じゃない。
たき火の煙が立ちのぼるのを見つけ、期待と不安が入り交じるなか意を決して近づいた私は、テントを張り終えたばかりのリンクが縄を柱に括りつけているのを見つけ拍子抜けした。

「……あれ、リーバルは?」

リンクはきょろきょろとあたりを見回すと、倒れた丸太の隅に木の枝が積まれているのを見つけ、小首を傾げた。

「今しがた焚き火用の枝を集めて帰ってきたはずなんだけど……どこに行ったんだろう。悪いけど、探してきてもらえる?」

そう返ってくることは容易に予想できたが、いざ頼まれると困惑してしまう。
リンクのことだ。私がここで適当に断ったとしても、勘ぐることも私情を挟むこともせず、淡々と探しに行ってくれることだろう。
けれど、そうするのはためらわれた。これから休むだけとはいえ、これは明日の任に備えるための休養だということを思い出す。
ここまでの道中で疲れているはずなのに、彼は私たちのためにこんなに大きな布を張ってくれたのだ。働かせてばかりでは申し訳ない。

「……わかった」

平籠を置いて、一つ深呼吸する。ちょっと様子を見に行くだけだ。そう言い聞かせる。

「ついでに、食事は何にするか確認してもらえると助かる」

「えっ……う、うん」

リーバルの場所を特定次第戻るつもりだった私は、声をかけなければならない理由ができてしまったことにげんなりする。
普通に会話ができればいいのだけれど……。リーバルからの冷たい反応を想像し、また大きなため息がこぼれた。

すでに陽が傾き、辺りは闇に包まれ始めていた。キャンプから少し離れただけで、目を凝らさないと風景がわからないほど薄暗い。
できればあまり離れないほうがいいだろう。そう考え、手近な高台から探すことにした私は、辺りを見回し特徴的なねじれ方をした地形を見つける。
ここからならすぐに見つかるかもしれない。背丈よりも高い岩肌を足をかけてよじ登り、やっとのことで一段登り切る。
息を整えながら岩の裏側に回った私は、さらに一段高いところに腰かけるリーバルの姿を見つけ、驚きのあまり仰け反った。
リーバルは唐突に私が現れたことで少し驚いた様子だが、やはりその目は鬱陶しそうに歪められる。

「君か。何の用?」

出会い拍子から突き放すような物言いにさっそく心がくじけそうになるが、めげずに笑顔を繕う。

「えっと……夕食ですけど、何がいいか聞いてきてほしいと、リンクが……」

私が言葉を紡ぐ間もまじまじと向けられる視線。暗がりだと一層輝いて見えるその獣のような鋭い眼差しに、喉の奥が締まりそうになるのをどうにか堪えながら続ける。
しかし、リンクの名を挙げた途端、リーバルはひらひらと手を振りながら遮った。

「ああ、いらない。こっちは適当に済ますから。君たちお二人でどうぞ」

“お二人で”を強調する彼に何故だか不快感が募る。仲が良い者同士勝手にしろということだろうか。リーバルを爪弾きにしろと。
ここで引き下がるわけにもいかず、こぶしを固めると意を決して彼の目を見据える。

「そういうわけにはいきません。輪を乱すようなこと言わないでください。仲間なんですから」

少しでも私の言葉が届けばという思いだったが、かえって気分を害してしまったらしく、舌打ちを返される。

「……白々しいね」

ぼそりと呟かれた言葉にぐっと固唾を飲み込む。頭上に影が差し見上げると、ぬらりと立ち上がったリーバルが私のすぐ目の前に降り立った。
あまりに近い距離に、動揺のあまり距離を取ろうと後ろに下がる。

「お、おい!」

焦燥感の混じる彼の声とタイミングを同じくしてがくんと後ろに傾く。
そうだ、ここは狭い足場だった。このままだと地面に強かに体を打ちつけてしまう。

反射的に伸ばした腕を力強く引かれ、気づけばリーバルの胸のなかだった。
彼の胸当て越しに早鐘を打つ心臓の音が聞こえる。片腕を掴まれたまま崩れた態勢を整えることもできず、彼に身を預けたまま時だけが流れる。
混乱した頭ではこの状況をどうしていいかもわからず、ただ身を任せるしかない。
放りだしたままの片手が震える。恐るおそるリーバルの背中に腕を回そうとしたとき、唐突に押しのけられた。

ぞんざいに押された腕を押さえ見上げると、リーバルはより眉間のしわを深め、私から顔を逸らした。

戸惑いを隠せず視線をうろつかせる私にしびれを切らしたようにふん、と鼻を鳴らすと、リーバルは軽やかに地に降り立った。
そのままどこかへ行ってしまうかと思ったが、キャンプに戻る気になってくれたらしく、私が下りるのを待つようにこちらを見上げてくる。
何も言わずとも、少し歩み寄る気になってくれたことがうかがえ、嬉しくてつい顔が綻ぶ。そんな私に訝しむような視線を投げかけてくる。

「何ニヤニヤしてるのさ。薄気味悪いな」

「な、なんでもないですっ」

慎重に岩場から飛び降り、手についた土ぼこりを払う。じっと見つめられて気恥ずかしいが、見守ってくれていることは何となく感じた。
私の態勢が整うなりリーバルはさっさと踵を返してしまう。

「ま、待って!」

私にしては、かなり思い切った行動だったと思う。咄嗟に彼の腕を掴んでいた。
鋭利だとばかり思っていたその目は、戸惑いを隠しきれずに揺らぎ、私の心情を探るように見つめ返される。
彼の腕を掴む手にもう一方の手を重ね、そっと目を合わせる。

「ありがとう、助けてくれて」

ぐっと喉を鳴らすと、リーバルは強く腕を振り払った。

「……うかうかしてて、いつか大けがしても知らないからね!」

早口にそう言い捨て、荒々しく草を踏みつけながら先を行く彼に、また怒らせてしまったと額を覆う。
けれど、一つ私の勘違いに気づいた。リーバルは、私のことが決して嫌いなわけではないかもしれない。
私が落っこちてしまわないように腕を引いて助けてくれた彼の顔は、本気で心配しているように見えた。
それに、抱き留めてくれた彼の鼓動は、私の心臓と同じく強く打っていた。

「リーバルは、もしかして……」

一つの可能性に行きついたとき、これまでの彼の言動の意味が別のものに感じられた。

「……アイ!」

ためらいがちに呼ばれた名前に、どきりと胸が跳ねる。

「ほら、さっさと戻るよ。リン……あいつには、サーモンリゾットを作るように言うんだ」

「一緒に戻るんですから、ご自分で伝えたらいいじゃないですか」

「……じゃあ、戻らないと言ったら?」

「それはずるいですよ!」

微かに浮かべられるその笑顔に、ほんの少しだけ、その先を期待したくなる。

(2022.08.03)

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