短編

おやすみなさい、また明日

微甘。夢主視点。
ある日の野宿にてゼルダとの談笑に花を咲かせた夢主は、後日彼女のためにとあるレシピを探しに城の図書室へと向かう。


 
満天の空の下。そよ風に混じり虫の声が静かに辺りを包むなか、任務を終えた疲れを癒やすべく火にあたっていた。
これから城まで帰還するには遠いため、今日はこのまま野宿だ。
リーバルは設えたハンモックに飛び乗るなり早々と床に就き、リンクは時折枝を焚べて火の番をしてくれている。

今日の任で目的の塔を起動させただけでなく、新たな祠を複数見つけたことで、着々と事が運んでいると実感できたのだろう。ゼルダはやり切った面持ちで上機嫌だ。
普段沈んだ顔をしていることの多い彼女が珍しく終始笑顔を浮かべていることが嬉しくて、ついつい彼女の話に付き合っているうちにすっかり夜更けを迎えていた。
話題は今後の予定に始まり、二転三転と転がって、どうたどり着いたのか、夢中になって話し込んでいるうちにレシピの話題にまで及んでいた。

「王家秘伝のレシピ、ですか」

ゼルダは子どものように瞳を輝かせて頷いた。

「何でも、魔物の素材を用いて作るケーキのようです。私も一度は目を通したことがあるのですが……材料を思い出せませんね」

顎に指を添えながら考え込む様子は、とても悔しそうだが、彼女が思い出せないことに胸中安堵する。
魔物のどの部位が材料に含まれるのかはわからないが、少なくともクリームやフルーツのような甘みのあるケーキとは到底思えない。

「うわあ、気になるなあ。今度、図書室で探してみますね」

「ええ、ぜひ。レシピがわかったら私にも教えてください。一緒に作ってみましょう」

やんわりとはぐらかしたつもりだったが、ますます嬉しそうに顔を綻ばせる彼女に、ノーとは言えず苦笑を浮かべ「はい」と言葉にするのが精一杯だった。

そんなやり取りの最中。
背後の木の上から、寝息にしては荒い焦れるような溜め息が届き、不覚にも胸が高鳴る。
振り替える前からどんな顔でこっちを見ているのかわかった。振り返ると、思い描いたままの不機嫌そうな眼差しとかち合う。
暗闇の中、たき火の明かりに照らされて微かに輝く翡翠がちらついて、届くはずもないのに、音を聴かせまいと鼓動を抑え込むように胸を押さえた。

リーバルは腕枕を組みながら横目にこちらを見流し、もう一度、今度は深くため息をついた。

「カエルでも鳴いてるのかと思えば……随分賑やかだね」

相変わらず皮肉たっぷりな物言いだ。
口を開けばこうなもんだから、あまりの頻度に彼なりの冗談なのだろうかとさえ思えてくる。

それはそうと、私のことはともかく、一国の姫であらせられるゼルダのことを「カエル」呼ばわりするのはいただけない。
しかし、当のゼルダは彼の言動を気にする素振りもなく、あっけらかんとしている。

「起こしてしまいましたか」

「ああ、おかげさまでね。楽しそうなのは結構なことだけど、もう少し声を落としてくれないと。おちおち眠れやしないよ」

「ごめんなさい、リーバル。……アイ、私たちもそろそろ眠りましょうか。明日に差し支えてしまっては大変ですから」

「はい」

あらかじめ敷いておいた布に体を横たえ、枕代わりのバッグの位置を頭で確かめているところに、まだ視線が向けられていることに気づいた。
何気なく目が合うだけでも、嬉しいような、居心地悪いような、何とも言い知れぬ感情が渦巻いて落ち着かない。

こちらをじっと眺めていたらしいリーバルは、私と視線が絡んだ途端、顔を逸らすとともにまぶたを閉ざした。

「……明日は帰還だけとはいっても、道のりは長いんだ。体力は温存しておくべきだよ」

言葉選びこそ諫めるようなニュアンスだが、声の調子はどこか穏やかだ。彼なりの心遣いのつもりなんだろう。
彼からすれば深い意図はないのだとしても、私だけに向けられた言葉だと思うだけで、胸のあたりがかっと熱くなる。
それを悟られぬよう、あくまで声を落ち着かせ、ええ、と応える。

「そうですね。おやすみなさい、リーバル」

「……ふん」

リーバルは何かもの言いたげにこちらに視線を寄越してきたが、それっきり何を言うでもなく、今度こそ固く目を閉ざした。

リーバルとは出会った当初に比べれば多少は話せるくらいにはなったものの、まだまだ親しい間柄あいだがらと呼ぶには程遠い。
出会ったあの日に一目ぼれして以来、密かに想いを寄せているが、距離が縮まらないまま厄災との戦いが終結してしまえば、もうリーバルと会うこともなくなるのだろうか……。

==========

翌日。城に帰還し疲れた体を清め、ようやくプライベートの時間が確保できたときにはすっかり夜を迎えていた。
微かに月明かりの差し込む廊下に敷かれた濃緋を頼りに歩きながら、ふと昨晩ゼルダから聞いた王家秘伝のレシピを思い出す。
途端に昨晩聞いた具材の内容が浮かび気が引けそうになるが、ここまで来て引き返しても、どうせ殺伐とした部屋で眠るだけだ。

「……レシピを見つけたら、ゼルダ様は嬉しいよね……」

あくまで彼女のためだ。
そう言い聞かせ、図書室へと向かった。

深夜に近いためか、広々とした図書室はがらりと人気がなく、司書もすでにいとまに入ったあとのようだ。
等間隔で灯されたスコンスの明かりが、本棚をぬらりと照らし、幻想的にも不気味にも映る。

このあたりだっただろうか。
ゼルダからこっそり教えてもらった棚を探すが、それらしき背表紙が見当たらない。もう少し上段かもしれないと、手近な脚立を引き寄せて登る。

「あった!」

見つけたはいいものの、自分の手の届くぎりぎりの場所にそれを見つけた私は、よせばいいのに指先を伸ばしてそれを取ろうとした。
脚立がぐらつく可能性を考えもせずに。

「……あっ」

前に体重を掛けないと倒れてしまう。頭ではわかっているが、体は脚立の傾きに従って後ろに倒れてゆく。
そのまま床に叩きつけられるものと身構えていたが、突如ふわりとした何かに腰を支えられ、そのままぐっと強い力で脚立ごと棚に押し戻された。

棚にしがみつき、バクバクと脈打つ胸を押さえる私の背後で、聞き慣れた「やれやれ」が耳に届く。

「そそっかしいねぇ」

溜め息混じりの気だるそうな声に、ふわっとした感覚は彼の手のひらか。そう思い至った途端、羞恥に顔に熱が集中していくのを感じ始める。

「リーバル!どうしてここに」

「別に。部屋に閉じこもりっきりってのはどうも性に合わなくてね。仕方なく城内を散策してるだけだよ。そんなことより……」

脚立に登っている私を優に超えるほど大きな翼の手が、私越しに棚の上段へと伸ばされる。
仄かに立ち上る彼特有の香りに、距離の近さを実感し、思わず顔をうつ向かせた。

普段は見上げているはずの彼と今は目線がほとんど同じせいで、わずかに持ち上げられる口角も、あざけるような視線も、嫌でも視界に映り余計に緊張を煽る。

「お探しの本はこれかな?」

目の前に差し出された本の表紙は、まさにゼルダの話に上がったそれそのものだった。
やはり、あのときリーバルも話に耳を傾けていたのだと気づく。

「そう、これです!何から何まで……ありがとうございます、リーバル」

「君もつくづくお人好しだよね。嫌なら嫌だってはっきり断ってしまえばいいのにさ」

「私はリーバルと違って、きっぱり意見できるほどの度胸は持ち合わせてませんから」

本を小脇に抱え、脚立から慎重に降りながら切り返した私は、そこまで言って、はっと口を紡ぐ。
嫌な予感を覚えながら振り返ると、案の定しめたと言わんばかりに下がる赤縁の目尻が目についた。

「その口振り、本当は嫌だったんだ?」

「違っ……そうじゃなくてですね」

「さて、どうだか」

面白がるようにニヤつく彼に慌てて弁明するも、からかい混じりにのらりくらりかわされるのみで不安が募る。

「ゼルダ様には絶対絶対言わないでくださいよ!?」

「はいはい。……それじゃ、交換条件といこうか」

私の手首ほどはあろうかというほど、太く長い人差し指が眼前に突きつけられる。

「こんなところでわざわざ姫のために本を探してあげている君のことだ。よほど暇と見た。どうせ明日も特に用事なんてないんだろ?」

「その言い方は若干癇に障りますけど……悔しいことにその通りですよ」

緊張のあまり、かわいくない言葉ばかり突いて出てしまう。
こんな言い方して、嫌われやしないだろうか。
そんな私の心配を他所に、彼の口からは思ってもみなかった言葉が返る。

「だったら、明日、僕の外出に付き合ってもらおうかな。ついてくるっていうなら、それでチャラにしてあげる」

「そ、それって……」

「まさか、僕の誘いを断ろうって言うんじゃないだろうね?」

「そ、そんなはずない!」

思わず大きな声が出てしまい、口を押さえる。
リーバルは珍しく目を丸くした後、ふっと微笑んだ。

「……だと思ったよ」

こんな柔らかい顔もできるのか。
緩やかに細められた目は、普段のピリついた顔つきとは裏腹に穏やかで、彼の本質が少しだけ垣間見えた気がした。

まだ、胸の高鳴りは収まりそうもない。

呆けたままの私の頭に、突然包み込むほどの大きな手のひらが乗せられる。
親指の腹で私の額をそっとなでられたかと思えば、リーバルはふと我に返ったようにすぐさま手を引っ込めてしまった。

「……リーバル?」

「じゃ、明日の朝、君の部屋まで迎えに行ってあげる。早起きしておめかしでもしておけば?」

一瞬のできごとに呆気に取られているうちに、さっさと踵を返し、早口にまくしたて立ち去ろうとする背中に、慌てて声をかける。

「ま、待って!」

そのまま立ち去ってしまうかに思えたが、私の呼びかけに律義にも立ち止まり、振り返ってくれた。

「おやすみなさい、リーバル……」

こわごわと声をかけると、リーバルはいつものように鼻で笑い、片手をひらつかせながらゆったりと踵を返した。

「……また明日」

彼の温もりを感じた日、彼との距離がほんの少しだけ縮まったのを感じた気がする。
彼の姿が廊下の闇に消えてもなお、レシピの本をきつく抱きしめながら、額に残る感触を思い起こしていた。

(2022.01.24)

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