新涼の風渡る夜に

1. ひとまずすり合わせ

ひとまずテーブルに向かい合って座った私たちはお互いの状況を確かめ合うことにした。
そのためにまず部屋の電気をつけたとき、リーバルはまばゆい明かりに目をすがめた。そうか、あの世界にはここまで明るいライトがないんだっけと、中世のような世界観を思い浮かべ納得する。
しかし幽霊でも眩しさを感じるんだな……と、つい逸れそうになる思考を振り払い、目の前の人物をまじまじと観察する。
淡いグリーンの透き通った彼の身体は、ただでさえ薄ぼやけているというのに、明るい部屋のなかではより背景に溶け込み、今にも消え入りそうなほど不鮮明だ。
ゲームのなかでもそうだったけれど、身体だけでなく身につけている装備や装飾品なんかも透けている。一体幽霊とはどんな仕組みなのか……。

「僕の美貌に見とれたくなるのはわからないでもないけど、あんまりじろじろ見ないでもらえるかな」

また思考が逸れかけていたらしい。
そのツッコミは正直的外れだが、初めての幽霊というだけでも驚きなのにそれがゲームのキャラとくれば誰だって同じ反応をするに決まっている。
しびれを切らしたリーバルにもう一度たしなめられたことにより、今度こそ本題に移ることとなった。

彼にとってこちらの世界は未知のものであふれているはず。探りたいことは山ほどあるだろうが、最初はやはり「ここはどこか」だった。
そう聞かれることは想定していたものの、どう伝えるべきか考えを巡らせ、さっそく重大な問題に突き当たった。
「ここは現実の世界であなたはゲームのなかのキャラクターです」だなどとありのままを伝えてしまって良いものか。

冷静に考え、伝えないことにした。
何せ彼はリンクと自分の立場の違いに不満を抱いていたような人だ。現実には存在しない物語のなかの登場人物で、しかも脇役だなんて……そんな事実を伝えようものなら絶対に大激怒だ。うん、口が裂けても言うべきじゃない。
ゲームのことは伏せつつかいつまんで説明すると、ここが異世界であること、自分のような鳥人は存在しないということなど、何となくは理解したようだった。
終始腑に落ちない様子ではあったが、自分にも何が何だかわからないと伝えればそれ以上掘り下げてはこなかった。どうにか無理なく伝えることができたようだ。
ただ一つ、私のおまじないによって呼び出してしまった可能性があるということは念のため伝えておいた。
私としても確信があるわけではないし不本意だが、まさか効果があるとも思ってみなかったおまじないを実行した途端に現れたのだから、タイミング的には私のせいだと認めざるを得ない。

「どうしてこんなことになったんだ?これからガノン討伐ってときに……」

その言葉に一つピンときた。これからガノン討伐ということは、どうやら神獣はすでに解放したあとらしい。まあ、幽霊の姿というところから大方察しはついていたけれど。
それはつまりリンクとの和解は済ませたあとということになるが、だとしたら少しは丸くなっていると思って差し支えないのではないだろうか。
本当のことを言ってもまともに受け止めてくれそうな気が……しないしない、するわけがない。
実際に伝えたあと般若の形相を浮かべる姿がありありと浮かび、こめかみを押さえる。
ううむ、本来会えるはずがない人を目の前にして、聞きたいことが聞けないというのは、こんなにもどかしいものなのか。
私が一人悶々と考え込んでいるあいだ沈黙を貫いていたリーバルが、呆れたように深いため息をついたことで我に返る。
目が合うなり蔑みを含んだ眼差しで睨まれる。

「ぼさっとしてないでさ、僕が元の世界に帰るための方法を探そうとか思わないわけ?」

「偉そうだなあ……」

小さい声でつぶやいたつもりだが、はっきりと届いてしまったらしく、リーバルは面食らったように目を丸くした。

「なっ……この僕によくそんな口が聞けるな!そもそもこうなったのは誰のせいだと思ってるんだい?実生活に悩んでるからって陳腐なまじないなんて試すからこんなことになったんだろ。まったく……愚の骨頂だよね」

まさかかの名ゼリフ・・・・を文字通り目の前で本人の口から聞けるとは。思わずニヤけてしまった私に、リーバルは今度こそ憤慨した。

「ちょっと君、何ニヤついてるんだい!少しは責任を感じてくれてもいいんじゃないかって言ってるんだけど。自分のせいだってわかってるのかい?」

「はいはい、すみません……」

目の前に突き出された指先は想像以上に太くて、リト族の手の大きさを実感する。
VRゴーグルで等身大の世界を体験する……なんてあるけど、あれを肉眼で体験しているような感じだ。
もしあの世界を体験できるとしたら、リト族たちはきっとこんな感じに見えるんじゃなかろうか。
いや、彼はリト族のなかでも小柄だ。となるとテバやハーツはもう少し上背を足してあげて……って、いやいや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
完全につり上がってしまったリーバルの鋭い眼に、背筋をピンと伸ばす。

「いいかい?これは君がまいた種だ。ちゃんと落とし前をつけてもらわないと。わかったらさっさと始末をつける方法を考えるんだ。いいね!?」

尻込みしつつ「わかりました」と答えると、彼はもう一度大きなため息をつき腕組みをした。
気迫に押されて安易にそう答えてしまったものの、正直何をどうすればいいのかわからない。
私が先ほど行ったおまじないをもう一度すればいいのではと思いすぐに試したが、残念ながら今度は何も起こらなかった。

元の世界に戻してあげられる方法なんてあるんだろうか。
こちらに来ることができたのだから、きっと帰る方法もあるのだろうけれど……。

単調な毎日に彩りを、なんて望んだ私が愚かだった。
これでは仕事と生活とでストレスが二倍になるだけではないだろうか。

この状況がずっと続くのか、束の間なのかわからないが、部屋のなかをきょろきょろと興味深そうに観察し始めたリーバルに、先行きが思いやられこっそりとため息をこぼした。

(2021.12.30)

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