リーバルの日記

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ガノンが古の封印より解き放たれた。
予言や白いガーディアンのなかに保存されていたウツシエの情報によれば、明日、姫の誕生日に復活するはずだったが、どうやら僕らの情報を逆手に取られてしまったようだ。奴にも敵を出し抜けるだけの知性があるというわけか。

ガノンが巻き上げた呪いの噴煙は黄昏の空を瞬く間に赤黒く染め上げ、各地に火の粉のごとく飛び散った。
奴の怨念が宿ったガーディアンの大群が津波のように大地を蹂躙していくのが嫌でも上空から見え、焦る気持ちを抑えつつ、同行を求める彼女を連れてメドーに向かうも、ガノンの怨念はすでにメドーにも及び、奴が生み出した異形の化け物カースガノンに乗り取られていた。

一刻も早く奴を仕留めてメドーを取り戻し、ハイラル城へ援護に向かわなければ。頭では成すべきこともわかっていたし、冷静さを欠いていたわけでもない。
けれど、あまりに条件が悪すぎた。
間の悪いことに、カースガノンと対峙するころになって陽が沈んだ。ただでさえ暗闇で視界が悪いなか、雨まで降りいよいよ視界が閉ざされてしまった。おまけに敵は乱気流まで発生させるときた。
まるで僕の弱点を熟知したうえでわざと不利な状況を生み出しているかのようだった。どこまでも狡猾なやつだ。

彼女の援護によって飛行スピードは各段に上昇したが、奴の放つ光線はそれよりも早く、僕がどれだけ素早く飛ぼうとものともせずに対応してきた。
一度のミスも許されない状況で彼女も僕も必死に対抗したが、さすがに無理が祟った。

一瞬判断が遅れた隙を見逃さず、奴の光線は僕の身体を貫いた。肉を裂かれた痛みと地面に叩きつけられた痛みが同時に訪れる。

一人仕留めた喜びに浸るようにその巨体を揺らしながら咆哮を上げる奴に、朦朧とする意識を保ちながら睥睨へいげいをきかせていると、柱の陰から彼女が飛び出してきた。
カースガノンの照準が彼女に向けられる。早く隠れろと声を上げたいが声にならず、口からはおびただしい血が溢れた。
けがを負ったこと数知れず。されどもこれほどの血を流したことは一度たりともない。生臭く、鉄っぽい味がした。さっさと口をゆすぎたくて仕方がなかった。
どこからそんな力が湧くのか、彼女は僕をありったけの力で引きずっていき、危機一髪、柱の陰に隠した。
まったく、ヒヤヒヤさせられる。こっちはただでさえ内臓がやられて風前の灯火だというのに。彼女のせいで一気に吹き消されるかと思った。今となっては苦笑いで済むが、あのときの状況は、肉体的にも精神的にも心臓に悪かったなんてもんじゃない。下手したら二人ともやられてたっておかしくはなかったんだ。

痛みを誤魔化すように冗談を浮かべながら見上げた彼女の顔は絶望一色で。その手には持っていたはずの笛がないことに気づいて、いよいよもって最期なのだと悟った。
そう、これで最期。そう思っていた。だから、伝えるなら今しかないと、彼女に本心を告げた。

できれば彼女の笑顔が見たかったが、期待通りにはいかず、やっぱり泣かせてしまった。
あらゆる点において僕に不可能なことはないと自負があったが、彼女のこととなると不器用さを晒してばかりだ。
こうして泣かせたのは何度目だろう。こんなことになるんだったら、もっと優しくしてあげれば良かった。これは、意地を張り続けた天罰だ。後悔は彼女の頬を伝う涙のように止めどなくあふれ、そんなことばかりが浮かんだ。

まぶたが重く視界を閉ざしてゆくなか、身体が温かい何かに包まれるのを感じた。
その温もりはまどろみに沈むよりも心地よく、全身を突き刺すような激痛が徐々に軽くなっていった。
意識がはっきりしてくるころには痛みはなく、彼女ははらはらと涙を流しながら僕に縋り付いてきた。

おぼろげにだが、意識が飛びそうになるなか彼女が声を震わせながら「愛してる」とつぶやいたのが瞬時に思い出され、喜びと気恥ずかしさが同時に胸を満たしたのを覚えている。

この奇跡は新たな奇跡を呼び、リト族の戦士テバが助太刀に現れた。俄かには信じがたいが、彼は100年後の未来から転移してきたのだという。
驚く間もなく、カースガノンはふたたび猛攻を再開したため、彼の力を借り戦った。
テバは幼きころより僕を目標としてきただけある。弓や飛行技術の高さは動きを見れば一目瞭然だった。僕と肩を並べるにはまだまだ荒削りではあるが、遠い未来に期待はできそうだ。
とはいえど、三手に分担したことにより戦況は整えられはしたが、せっかくの不意打ちのチャンスもたびたび見透かされてしまう。
攻防を繰り返すばかりで、形勢を覆せるほどの決定的な攻撃を与えるには至らない。

そのとき、一筋の風が吹いた。

彼が、リンクが、仲間を引き連れ増援に駆け付けた。これで名声を独り占めにするチャンスは損なわれ、僕の独り舞台ではなくなってしまったわけだが、まあ、仕方がない。認めたくはないが……本音を言えば、助かった。
けど、来るなら来るでもっと早く来てくれても良かったんじゃないか……とは絶対に言ってやらない。そんなことを言えば、まるでこの僕があいつが来るのを待っていたかのようだしな。

当然と言えば当然だが、これだけの人員がそろえばカースガノンなんて敵じゃない。
こうして、無事にメドーを取り戻すに至ったってわけだ。

(2021.11.12)

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