見知らぬ主と書き置きペンパル

1. 城下町での暇

ハイラル城下町の路地を、すれ違う人々を避けながら走り抜ける。

迂闊だった。
城にお仕えしてから初めてのいとまに、つい浮かれ切っていた。
まさか、ルピーの入った袋を盗まれてしまうなんて。

こんなに必死になって走るのはいつぶりだろうか。
仕事で重いものを持たされたり、長時間労働させられたりでクタクタになることはあれど、こんなに走らされたことなんてなかった。

幸い相手はそんなに足が速くない。あともう少し我慢して走れば追いつけるかもしれない。
角に差し掛かり相手が少し減速したタイミングで加速する。
追いつくことばかりに気を取られていて、周りが全然見えていなかったのだろう。
角を曲がろうとした矢先、何かにぶつかってしまった。

「す、すみません!!」

振り向く余裕なんてなく、謝罪もそこそこに走り抜ける。
紺の羽毛。リト族だろうか。
軽く舌打ちをされた気がしたが、ぶつかってしまったのはこっちだ。仕方がない。

「し、しつけぇな!とっとと諦めろ……!」

息を切らしながらわめく盗賊に、私も負けじと投げ返す。

「諦めるのはそっちでしょ!さっさと返しなさい、さもなくばハイラル兵をーー」

しかし、盗賊は狼狽えるどころかニヤニヤと笑いながらさらに路地を曲がってゆく。
そっちは行き止まりなのに往生際が悪い。
跡を追い路地に入ったところで、私は盗賊がニヤついていた理由を理解した。思わず足が止まる。

路地には、私のルピー袋を持った男を含め、数人の賊が武器を手に待機していた。
その手に光る刃に、走ってかいた汗とは違う嫌な汗がこめかみを伝う。

「これでもまだ諦めないつもりかい?お嬢さん」

ルピー袋を持った盗賊が、腰につけたナイフを抜き、にじり寄ってくる。
無数に注がれる嫌な視線に足が竦みそうになるが、気を持ち堪え後ずさりをする。

そのとき、背中に何かがあたる。
しまった。後ろにも賊が控えていたのか。
咄嗟に持っていた鞄を掴んで振り上げるが、間髪入れずに強い力で腕を掴み上げられてしまう。

「危ないな」

「え……?」

無我夢中で気づかなかったが、ハイリア人じゃない。
先ほどぶつかったときに見た紺の羽毛。リト族だ。

恐るおそる見上げると、至極不機嫌そうな翡翠色の目と視線が絡んだ。鼓動が跳ねる。

ごめんなさい、と喉から出かかった言葉は、リト族が私に鞄を押し返してきたことにより喉の奥に引っ込んでしまった。
むっとして物申そうとするも、リト族が唐突に宙に舞い上がったことで、今度は驚きのあまり言葉を失う。

盗賊たちも武器を手に身構えてはいるものの、予想だにしなかったであろう展開に皆口をあんぐりと開けて空を見上げるしかないようだ。
たちまち宙で体勢を整えたリト族は、背中の弓を即座にその翼に構え、一点に矢を放った。
彼が放った矢は、盗賊の手にある私のルピー袋をさらい、盗賊の背後の壁に打ちとめた。

盗賊たちの視線が一斉に背後の壁に注がれたかと思うと、誰かが上げた悲鳴に呼応するように皆わめき散らしながら散り散りに去って行った。
私の脇を抜け走り去ってゆく賊たちのあいだを抜け、路地の突き当りに急ぐ。

矢に撃ち抜かれたのだ、穴が開いていてもおかしくない。
また新しい袋を用意しなきゃ、と微かに諦念の思いを浮かべつつも、所持金が無事この手に戻ったことに安堵する。
しかし、壁に刺さった矢に手をかけたとき、はたと気づく。
驚いたことに、矢は袋を射貫いてなどおらず、ルピー袋の紐の輪になったところに通されていたのだ。
言ってみれば、壁に打たれた矢にルピー袋をかけたかのような状態だ。

「す、すご……」

酒場のマスターの情報でリト族の男性は弓に長けると聞いてはいたものの、これほどまでの技術だとは。
感心のあまりまたもやうっかりしすぎて、壁に自分のものとは違う影が差すまで背後の存在に気づかなかった。
慌てて振り返ると、先ほどのリト族が腕組みをしてこちらを見下ろしていた。
その眉間に深くしわが寄っているのに気づき、咄嗟のこととはいえ鞄を振り上げたことを怒っているのかと身が竦む。
しかし、恩を受けたことには変わりない。さっとルピー袋を取り外すと、深く頭を下げる。

「あの……ルピー袋を取り返してくださって、ありがとうございます!これがないと生活に困るところでした」

しかし、リト族からは返事がない。
しん……と沈黙が下りたかと思うと、しばらくして深いため息が落とされた。
気になって顔を上げるが、やはり顔をしかめている。まだ怒ってはいるようだ。
彼は私から視線を逸らすと、くちばしの端を歪め、腕に絡めた指で二の腕をトントンと叩き始めた。

「……2回だ」

唐突に低くつぶやかれた言葉に、思わず「え?」と聞き返すと、今度はずいっとその白い指先を突きつけられる。

「2回だ。君がこの僕にぶつかった回数」

人の指数本分はあるであろう大きな指先に思わずびっくりして仰け反ると、それに気づいてか、コホンと咳ばらいをしてリト族は手を後ろに組み替えた。

「しかも、まともに謝罪さえもらってない。それなのに、こうして窮地から救ってやったんだ。何か詫びをしてもらわないと割に合わないよね」

なんと狭量な。あまりに小物臭い言動に、つい助けてもらった恩を忘れそうになるが、言っていることはもっともなので、素直に受け入れる。

「その、さっきは無我夢中で……。本当にすみませんでした。ですがその……お詫びというよりは、ぜひお礼をさせてほしいです。ルピー袋を取り返してくださったことももちろんなんですが、あなたが助けてくれなかったら、怪我だけでは済まなかったかもしれませんから」

二度もぶつかってしまったうえに誤って攻撃しかけたことについては申し訳なく思うが、助けてもらった以上、この場合はお礼が妥当だと思ってのことだった。
しかし、謝礼を仄めかした途端にリト族の態度は大きく変わった。
驚いたように目を見開いたかと思うと、視線をさ迷わせながらくちばしの先をさすり始め、何だか狼狽えているようにも見える。

「い、いや、やっぱり何もしなくていい」

そう言い捨て、話が終わらないうちにそのままさっさと立ち去ろうとするので、焦って思わず後を追う。

「で、でも」

「今後は盗まれないようにきちんと鞄にしまっておくんだ。うかうかしてると、君が自覚してる通り次はルピーだけじゃ済まないかもよ」

「や、ですから」

なおも食い下がろうとする私にしびれを切らした様子でしたたかに舌打ちをすると、ぴたりと立ち止まり、肩越しにこちらを振り見た。
否が応でも従ってもらうと言わんばかりの圧に、息をのむ。

「いいね」

言い聞かせるような強い物言い。射るような視線に縫い付けられたように動けなくなる。
「はい」と小さくつぶやくと、紺のリト族は言い含めたことに満足したのかせせら笑うように鼻を鳴らした。
そうして、恭しく会釈するなり今度こそ立ち去って行く。
これ以上しつこく追うことは何だかはばかられ、颯爽と去り行く背中を黙って見送るのが精一杯だった。

(2024.4.13)

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