見知らぬ主と書き置きペンパル

プロローグ

ハイラル城での奉公を夢見て、ハテノ村から上京して早2年。
町の掲示板でメイドの欠員募集の広告が貼り出されるのをジャストで見つけられるなんて奇跡だった。
この2年毎日欠かさず掲示板を見てきたが、兵士の増員募集を除いてはハイラル城内の求人を見たのは初めてのことだった。

それだけ人が続いているということなのだろう。あるいは、やめたくてもやめられない労働環境かもしれないが。
この2年のあいだお世話になったアルバイト先の数々を思い出し、げんなりする。
幸い前職の酒場の主人はとても人が良く、ハイラル城での奉公が決まった際も自分のことのように喜んでくれた。
城での仕事に慣れてきたら、今度は客として絶対に来ると約束した。
本人は卑下していたが、マスターの作るごはんは本当においしい。城下町一番だと確信している。

城に召し上げるとはいえ、住み込みで働くわけではない。夕刻には退勤し、城下町の自宅に帰るのだ。
いとまは週に一度だが、ハテノ村から出てきて以来仕事に追われていたため、町に友人がいるわけでもない私にはかえって都合がいい。

そんなことを浮かべながらつづら折りの坂を歩いているうちに、気づけば城門の前に着いていた。
門兵と談笑していたメイド長が、私の到着に気づき柔和な笑みで迎えてくれた。

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城に着くとまず控室に通されメイド服に着替えた。
面接の際にも説明を受けた仕事内容と福利厚生の内容をもう一度簡単に説明され、話の終わりに念のため渡しておくと地図を手渡された。
ここに登ってくる際にも薄々感じていたが、この城はどうやらかなり複雑な造りをしているようで、どこへ行くにも結構な距離がある。
勤めて日が浅い者は皆必ずと言っていいほど道に迷うそうで、それはメイド長も例外ではなかったという。

私のような下々の者が利用できる場所は限られているだろうが、そうはいっても広すぎる。
私も利用することになるであろう食堂から図書室に向かうにも、城下町の入り口から城門までと同じくらいの距離を歩かなければならないのだ。
これは、私も絶対に迷う自信がある。道に迷う自分を想像し苦笑いを浮かべつつ、大事にたたんだ地図を胸のポケットにしまった。

業務上立ち寄るであろう場所を案内されたあと、ついにメインの持ち場となる場所へ案内されることとなった。
どうやら私はリーバルというリト族の身の回りの世話を任されることになるようだ。

「あの……リーバル様はどういったお方なのでしょうか?」

リト族であることや、神獣という古代兵器の繰り手に任命された特別な方であることは事前にうかがっているが、顔合わせのときにはいらっしゃらなかったため、人となりはおろか姿さえわからない。
事前に少しでも情報があるといいと思いそれとなく尋ねたことだったが、メイド長はなぜか渋い顔をした。
失礼があっただろうかと思ったが、どうやらそうではないらしい。ちょいちょいと手招きされ顔を傾けると、こそっと耳打ちされる。

「前任のメイドからは少し気難しそうな方だと伺っていたけれど、滅多に自室に戻られることがなかったそうだから、あまり詳しいことは知らないのよ。私も英傑の皆様とご一緒におられるところを何度か遠巻きにお見かけしたくらいだし……」

「そうなのですね……」

町でもリト族の姿は見かけたことくらいはあるし、酒場の客にもときどき見かけた。
そのときはそこらのハイリア人とそう変わらないように感じたし、むしろリト族のほうが温和で礼儀正しいとさえ感じた。
けれど、リーバル様はリト族の戦士たちをまとめ上げるほどの実力者。これまで出会ったリト族とは毛色が違うのかもしれない。
元来、仕事は真面目にこなすほうだが、念には念を入れて失敗のないようにしよう。

そう誓った初日だったが、奉公をはじめて約1週間。まだ一度たりともリーバル様の姿をお見かけしたことはない。
ほかのメイドたちや兵士たちの話を小耳にはさむ限り、どうやらリーバル様は定期的に各地に遠征に向かわれているようで、遠征のない日もたびたびリトの村に訓練のためお戻りになられているのだとか。
私としては一人で黙々と手入れに勤しむことができるし、むしろ気を遣わなくて良いと前向きに捉えていたが、控室として宛がわれたはずのこの部屋を当の主人が気軽に利用していないこの状況はどうなのだろう。

くもり一つなく磨き上げただけの飾り気のない棚を見つめ、ため息がこぼれる。
こんな淡々と仕事をする日々を望んでいたわけじゃない。せっかく憧れのメイドになれたというのに……。

そのとき、ふいにポケットの中がかさりとなり、休憩のときに食べようといくつか飴を忍ばせていたことを思い出す。
二つ取り出し棚の上に置くと、次いで胸のポケットからメモとペンを取り出した。
姿さえ見知らぬ主人を浮かべ、迷いながらもペンを走らせる。

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夕刻。
任務を終え各々が城の控室へと帰って行くなか、僕は身支度を整えていた。無論、リトの村へ帰るためだ。
城にも自分の部屋が用意されてはいるが、訓練場は利用に許可がいるし、ハイリア人向けの設備しかないため飛行訓練には向かないし、城の設備は僕向けじゃない。訓練ができなきゃ城に滞在していても暇をする。
つまり、ただ休むだけの部屋なんて、僕には何のメリットもないわけだ。
疲れた体で村に帰るのは正直面倒だが、ワープを利用し最寄りの塔経由していけばそう時間はかからないと割り切っている。
けど、それがルーティンになりつつあったタイミングで、ウルボザからお叱りをもらった。

「あんた、せっかく自分の部屋を宛がってもらってるっていうのに、ほとんど帰ってないんじゃないのかい?
リトのあんたにとっちゃ村での訓練のほうが捗るんだろうが、休めるうちにしっかり休んでおかないと、体力を持ってかれちまうよ」

「そんなこと、あんたにいちいち咎められなくてもわかってるさ。けど……言っちゃ悪いけど、体力には結構自信があるほうなんでね」

そう切り捨てさっさと飛び去ろうとしたが、間髪入れずに呼び止められてしまった。

「待ちな」

小さく舌打ちをして肩越しに振り返ると、ウルボザは少し呆れたような顔で腰に手をあてた。

「あんた、新任のメイドにまだ挨拶してないんだろう?あんたがちゃんと休めてないんじゃないかって、心配してたよ」

どうして顔を合わせたこともない他人から心配されないといけないのだろう。しかも、たかだかメイドに。
けれど、そんなことを思いながらも、頭の隅で別の思いが浮かぶ。

前任のメイドは部屋を小綺麗にしてはいたようだが、淡々と業務をこなしている印象だった。
けれど、今回の新人はどこか違う。お節介な奴だ。
そんな奴が僕の部屋をどう扱っているのかがちょっと気になってくる。

一目様子でも見といてやろう。そう思い立つなり、まだ何か言いかけていたウルボザに片手を掲げ、久々に自室へと向かうことにした。

夕刻だからまだいるかと思ったが、どうやら終業時刻はとうに過ぎているらしく、すでにメイドの姿はなかった。
円を描くような掃除のされ方をしていたら困っていたところだが、前任がそうしていたように隅々まで行き届いている。
今しがたまで窓を開けていたかのような清涼感。塵一つないテーブルや棚。まずは及第点、といったところだろう。

ふと、ベッド脇のテーブルに何かが置きっぱなしになっていることに気づく。
メイドの忘れ物だろうか。
……いや、違う。飴とともに置かれた紙に目が留まったところで、そうではないとわかった。


 
“リーバル様

1週間ほど前より召し上げ、リーバル様の身の回りのお世話をさせていただいております、アイと申します。

突然の書き置きで驚かれたことと存じます。どうぞご無礼をお許しください。

日々の任務でさぞお疲れのこととかと存じますが、
どうぞご自宅だと思って、ごゆるりとお寛ぎくださいませ。

また、何か不足がございましたら、何なりとお申し付けください。

末筆ながら、今後ともよろしくお願いいたします。

追伸:
そちらは、城下町で人気のハチミツアメです。
お口汚しではございますが、よろしければお召し上がりください。

アイ


 
緊張して書いたのだろう、少し乱れた字に思わず口角が歪む。
まさか、ここに来てこんな心遣いがもらえるとは考えもしなかった。
ハイリア人は身勝手で傲慢な奴ばかりだと思っていたが、こんな親切な奴もいるんだな。

辺りを見回し、文机の上にきっちりとそろえられたペンと紙の束を見つける。
そこからペンを拝借し、まだ見も知らぬメイドの姿を浮かべ、ニヤけつつペンを走らせる。

(2024.4.7)

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