天翔ける:記憶編

1. 身体検査

「グッモーニン!!」

リーバルと二人応接間で待っていると、ガーディアン研究の第一人者・ロベリーがバン!と派手にドアを開けて入ってきた。
彼は部屋に入るなり腰に手をあて人差し指を突き出すポーズをキメている。
スチームパンクを彷彿とさせるゴーグルをかけ目の色や形こそわからないが、生き生きとした声のトーンや口元から、とても元気そうであることはありありとうかがえる。

プルアといいロベリーといい、シーカー族の研究者たちはなかなかに個性派ぞろいだ。
そのなかでもトップのこの二人はとりわけ奇抜だと言っていい。天才と奇人は紙一重だと言うけれど、二人はまさにそうだと思う。

「朝から騒々しいよ。もうちょっと静かにしてくれ」

ソファに座ってからも不機嫌そうに頬杖をついていたリーバルは彼の登場にげんなりとして眉根を寄せた。
ロベリーはふむ……とあごにペンをあててうなる。

リーバルヒーはどうやらご機嫌ななめのようだね?」

少し困ったようにこそっと耳打ちしてくる彼に、すみません、と苦笑を浮かべる。

「さっき表でひと悶着あったもんで……」

「……アンダースタン。すべて理解した」

ロベリーはリーバルをじっと見据えながら真顔で納得したように頷いた。
その手に携えられていたファイルをテーブルの上に置くと、彼の向かいのソファに姿勢よく座る。

これだけ理解が早いということは、彼もまたプルアに日々手を焼いていることがうかがえる。
お互い苦労しますね……とまではリーバルを前にして言う勇気はさすがにないので、心のなかで同志にエールを送るに留めた。

「おまたせ~!」

プルアが湯気の立つビーカーとマグカップを四つ乗せたトレイを抱えて戻ってきた。
まさかとは思うけど、あの中身は飲み物……?

ユーはまたビーカーで紅茶ティーを入れたのか!ポットを使えといつも言っているだろう」

私の胸中を代弁するように呆れたように声を上げたロベリーに、プルアは頬を膨らませる。

「うるさいなぁ。細かいことはいいでしょぉ?
それに、ビーカーのほうが茶葉の開き具合が見えておいしく作れるの!」

失礼ながらどう見てもロベリーのほうが口調も恰好も変人に見えるというのに、彼が諭す側なのはなかなかおもしろい。
奇人なロベリーでさえ真っ当に見えてしまうということは、それだけプルアが破天荒とも言える。

「飲む気が失せるね……」

となりでぽつりとつぶやかれた言葉に同意しかけたが、リーバル、何か言った?とプルアが満面の笑みで振り返ったため、喉元まで出かかった言葉はすんでのところで引っ込めた。
リーバルは何とか自制を働かせているようで、舌を鳴らしたきり言い返しはしなかったが、目を吊り上げ組んだ腕を指でトントン休みなく叩いているあたり、先ほどの怒りはまだ収まっていないようだ。

トレイをローテーブルに置きビーカーの中身をカップに注ぎ分けたプルアは、ふう~と一息つくと私の向かいに腰を下ろした。

「さっそく本題に入ろっか」

プルアが片手をロベリーに示すと、彼は持参したファイルをその手にポンと渡す。
それをさっと受け取ると、なかの資料を手際よく取り出し、テーブルに広げていく。

英語のアルファベットに似た文字は、やはりほとんど読み取れないが、ひとまず手に取ってみる。
何となくだが、体裁的にカルテのように見える気がする。
リーバルは自分の前に置かれた紙を摘まみ上げてすらすらと目で流し読むと、ぴっと机に放った。
視力がとても良いことは知っているが、まさか速読も可能なんだろうか。

プルアはポケットからメモを取り出すと、ぱらぱらとページをめくり白紙のページを開いた。

「まずは簡単にこの実験の目的を擦り合わせておきたいんだけど、アイは前世の記憶と、ハイラルに転移して以降の空白の期間を取り戻したいってことでオッケーよね?」

「はい、相違ありません」

「で、リーバルの目的はちゃんと聞いてなかったけど、アイの記憶の、空白の期間に関係あると思っていいのよね?」

「ああ」

プルアはメモに手早く何かを書き込むと、ふむ、と頷き、にんまりと笑った。

「オッケー、把握したわ。でも、これだけははっきり言っとく」

そう言うとすくっと立ち上がり、腰に手をあてて前かがみにのぞき込んできた。
目と鼻の先に顔が近づけられ、思わずソファの背もたれに仰け反る。
同性同士だが、こんな至近距離でまじまじと見つめられたらさすがにドキッとしてしまう。

プルアは私の様子に笑みを深めると、きっぱりと言い切った。

「あたしは、あんたたちの話、まだ信じちゃいないから」

かたわらで黙々とやり取りに耳を傾けていたロベリーも、これにはうんうんとうなずいている。
てっきり信じたうえで研究に踏み切ってくれたものだと思っていたが、そうではないとわかり少し驚いた。
あっさり言うものだからさほどショックではないけれど。

リーバルは根拠もないうちから信じてくれたため、プルアもそうなのかと勝手に思い込んでいたが、まあ、普通はこうだろうなと思う。
私たちの話は、それほどに現実離れし過ぎている。

「わかってるさ。二人が共通の記憶について既視感を覚えていると言っても、突飛もない話だ。簡単に信じろなんて言わないよ」

プルアはリーバルの言葉に意外そうに眉を上げると、まあまあ、と両手を挙げた。

「気持ち的には手放しで信じてあげたいんだけどねー。
研究者たるもの、憶測が正しい前提で進めるわけにはいかないのよ。あくまで仮定から入るものなの。
あらゆる可能性を考慮して、きちんと証拠立てしてから真実を見極めないとね。
それに、真実を突き止めることができれば、そのほうが真の意味で信じることにつながる。そう思わない?」

そう言ってウインクした彼女の言葉は、とても説得力があった。
彼女なりにきちんと向き合おうという熱意が伝わってきて、胸が熱くなる。

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研究内容の擦り合わせを終えた後、さっそく第一フェーズとして身体検査を行うことになった。
リーバルはリト族ーーハイラルの一民族ーーのためすでに生態資料はそろっているものの、リト族一の有能な人材ということでサンプルデータを取らされている。

鎧を脱がされ腰に布を巻きつけられたリーバルは、ロベリーにペタペタと触られるのをじっと耐えるように目を閉ざし続けている。
ロベリーは彼の身体に触れては「素晴らしいアメイジング!」「完璧パーフェクト!」と歓喜の声を上げ、何かをノートにひたすら書き取っている。
プルア同様すさまじいスピードで書き綴っているが、はたから見る分には波線を書き殴っているようにしか見えない。

「優れた個体というのは、やはり骨組みや肉付きから根本的に違う!
スピーディーに動けるのは、スレンダーでペティー……すなわち小柄な体型も関係しているはずだ!!」

「誰が小柄だ!」

ロベリーの余計な一言に青筋を立てたリーバルは、薄目を開け鋭い眼光で彼をにらみつけた。
ざわりと逆立った羽毛にロベリーはひいっと顔をかばうように両手をかざしているが、口元は相変わらず笑っている。楽しそうで何よりだ。
しかし、今まで誰も突っ込む人がいなかったせいで知らなかったけれど、やっぱりリト族にしては小柄なことを気にしてはいたのか。地雷を見つけてくれて、ありがとう……!

男性陣のやり取りを遠目に見てこっそり笑っていたところに、ちょっと触るよーと耳に触れられ、目の前のことに集中する。

「丸い形状の耳、ねえ……。初めて見たわ。
それ以外は、シーカー族やハイリア人と変わったところはほぼないと言っていいね……」

クリップボードにはさんだ紙に私の身体的特徴を事細かに書き記していたプルアは、紙をめくると、私の向かいの椅子に腰かけた。
青白い灯りが彼女の頭上から顔をくっきりと照らす。
机のかたわらにこうして向かい合って座っている現状は、研究所というより病院に来ているような感覚になる。

「じゃあ、次にあんたの能力についてだけど。
特定のメロディーを楽器なり声なりで奏でることによって、特殊な能力を行使することができるんだったわよね?」

「はい」

「そういう特殊能力は、元の世界でも使えたかどうか覚えてる?」

「いえ……元の世界には、能力はおろか、魔法のような力は存在しませんでしたから」

「魔法のようなっていうのは、どういったもののことを指すのかな?」

「ゼルダ様の封印の力や、退魔の剣の力、厄災ガノンの魔力、私含め英傑の力もそのように認識しています」

プルアは、こめかみをペンでぐりぐりと押しながら、紙とにらみ合ってうなり始めた。
説明する側の私もかなり悩んでるんだ。される側はもっと理解に苦しむだろう。

「つまりは、この世界で力を得たってわけね。能力が発現したきっかけはわかるかな?」

「いえ……ただ、いつも窮地に陥ったときや、無我夢中になっているときに、ふと曲が降りてきていたことだけはおぼろげに……」

「なるほどねぇ……」

プルアははっと閃いたようにこぶしを打つと、眼前に人差し指を突き立ててきた。

「確かアイが治癒のときに奏でる曲って、テラコがときどき姫様に歌ってあげてた曲とメロディーラインが同じよね!
だったらあんたの能力は、過去の世界ではなくこの世界のことわりと結びつきがある可能性が高いわ」

けど……と言葉を濁す。

「能力についての解明は非常に難しそうね。治癒の曲がテラコの奏でる曲と同じとはいってもほかの旋律については何の手掛かりもないわけだし。やっぱり記憶を覗き見てみないことには……」

プルアはなおも、うーん、と深くうなっていたが、すっと真顔になると、パンパンと手を叩いた。

「情報が不足しているうちからあれこれ考えても仕方ないわね。しらみつぶしに調べていくしかないわ。
まーずーは、手っ取り早く記憶を覗き見ちゃおっか!」

「えっ!?これから、何を……?」

「今後記憶を覗き見るための専用の装置を使うことになるから、手始めに適性検査を行うわね」

がしっと手首を掴まれ、未だ身体検査をしているリーバルたちの元へと連れて行かれる。
リーバルは私と目が合うと気恥ずかしそうに顔を反らした。
そんな顔をされたら私までちょっと恥ずかしくなって、彼の身体から目を背けてしまう。

「ロベリー、あんたいつまでやってんの?もう十分でしょ」

「いやあ、リーバルヒーは最高だ!おかげでいいデータが取れた!くぅ~!!」

「あっそ、おめでと。あ、リーバル。まだ上はそのままでよろしくね」

興奮冷めやらぬロベリーにプルアは苦笑いを浮かべてあしらうと、さっさと鎧をまとおうとし始めたリーバルを制した。

「何だよ、さらに何かあるのかい?」

リーバルは、はあ……とため息をつくと、鎧を置いておいた棚に放り、椅子に座り直した。
私はそのかたわらに座らされる。

わけもわからないままプルアとロベリーは小さめの台を運んでくると、私たちの目の前にそれぞれ置いた。
プルアは奥の棚から木箱を二つ持ってくると、台の向かいに椅子を並べていたロベリーに一箱手渡す。

「じゃあ、二人とも右腕を台に置いてくれる?」

言われるが右腕を台に置くと、袖をまくられ、二の腕をひもで縛られた。
なるほど、これから採血をするつもりのようだ。
注射器の準備をするプルアの真剣な様子に少しだけ緊張感が高まる。

元の世界で採血を受けた記憶はうっすらある。
けれど、この世界に来てからは一度も針を刺したことがなかったせいか、わずかな痛みとわかっていても少し怖い。

となりを見やると、リーバルはまだ何が行われようとしているのかわかっていないようで、左手をあごに添えてロベリーの準備をじっと見つめている。

プルアは私の血管をぐっぐっと押し出すと、針を宛がった。

「じゃあ、採血しまーす」

血を抜かれる感覚に少し気持ち悪さを覚え、針から目を反らす。
痛みは思ったよりもなく、プルアの技術の高さに感心するとともに、少し気持ちにゆとりが生まれる。
針を抜かれるときも抜かれたことに気づかないくらいだった。

押さえといてね~とあて布を渡され、刺し傷を押さえる。

アイって案外度胸があるのね!もしかして元の世界でも採血の経験があるとか?」

「はい、まあ……病院で……」

へらりと笑って答えていた横で、ガタン!と椅子が倒れる音がして、驚いて振り返る。
注射器を構えたままのロベリーは立ち上がったリーバルを呆気に取られて見据え固まっている。

リーバルは焦燥を顔に張り付かせながら後ずさりし、すかさず鎧を身にまとい始めた。

「ちょっとちょっと!採血がまだでしょ!」

「うるさいっ!針を刺すなんて聞いてないぞ!!」

大声を上げたリーバルの言葉に、全員が「えっ」と表情を固くする。
ぷっと噴き出したプルアに、リーバルの肩がわなわなと震え出す。

「まさか、注射が怖いんですか?」

「違う!」

おずおずと尋ねた言葉はすかさず切り伏せられた。

「戦いの傷に比べたら、痛みはほんの一瞬ですよ」

「別に痛いのが嫌なんじゃない、一時でも体内に異物が入ることに抵抗があるんだよ!」

「そんな怖がらなくても」

「この僕がこんなことで臆するわけがないだろ!ほんの少々不快ってだけだ!!」

「はいはい、血圧上がっちゃうから。ちょっと落ち着こうか」

なだめようとすればするほど声を荒げるリーバルに困惑していると、プルアとロベリーが彼の両側をロックして連れ戻し始めた。
もしこの場にリンクがいたなら余裕を崩さずがんばって耐えたんだろうなあと思うと、それはそれで見てみたかった気もする。
なおもわーわー喚くリーバルは、まるで予防接種に連れてこられた子どものようで、ちょっとかわいいと思ってしまったのは本人には内緒だ。

こうして、波乱の第1日目はリーバルの絶叫とともに幕を閉じたのであった。

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<記憶に関する研究:第1回目>

初日は記憶に関するヒアリングと身体検査を行った。

アイの保有する記憶についていくつか質問を投げかけてみたが、矛盾は感じられないことから嘘をついている可能性は少ない。
アイとリーバル双方に共通する記憶についても証言を取ってみたが齟齬はなかった。少なくとも彼女たちのなかでは事実である可能性が高い。

その後、行った身体検査により、彼女の体の部位”耳”の形状がハイラルの人間とはやはり異なることをこの目で明らかにした。
聴覚については私たちと同じ感覚であることが判明したため、異なるのはその形状のみのようだ。

彼女の能力については不可思議なことが多い。
今日のところは、この世界で発現したものであるということ、前世ではそのような能力は一切認められなかったという2点しか判明しなかった。
今後記憶を垣間見たところで詳細がわかるかどうかは皆目見当もつかない。

最後に採血を行った。
その結果、驚くべき事実が判明した。
アイの体内には、魔力が存在しないのだ。

能力を持たない個体でも、通常は微量ながら血中に魔力が含まれているもの。
そして、能力を用いるには体内に蓄えられた魔力を要する。

しかし、彼女はこれまで能力を行使していた際、通常とは異なる方法を用いていた可能性が非常に高い。
能力を行使するごとに生成している可能性も捨てがたいが、魔力をよそから引っ張ってきていた可能性もある。
これについては今後の研究で実験する必要がありそうだ。

次回は、元の世界の言語や文字についてのヒアリングと、記憶の装置の試運転を行う。

アイもリーバルも適性検査で異常は認められなかった。
ひとまず第一関門はクリアと言っていいだろう。

言語について疑問に感じたのは、今朝のすり合わせの際だ。
カルテを見せたが、彼女は動揺した様子で文字を追えていなかった。
そのことから念のため言語や識字力の確認をしておくべきだと判断したのだ。
大厄災のとき、旅の道中つけていたという日記を持参してもらうよう約束した。

日記の文字を目の当たりにすれば、アイが異世界から来た可能性はぐっと高まるだろう。
この研究が最終的にどのような結果をもたらすのか、ますます楽しみだ。

プルア

(2021.5.26)

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