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見知らぬ主と書き置きペンパル

微甘。夢主視点。
ハイラル城に仕える夢主は、あるとき英傑に選ばれたリーバルの部屋の世話を任される。
しかし、自分の就業中にリーバルが戻ってくることはなく、遅くまで責務を全うする彼を労おうと書き置きを残すことに。

※夢主…リーバルがハイラル城に滞在する際部屋が宛てがわれていたとしたら…という想像から生まれたリーバルの部屋の専属メイドという設定です。


 
私がお世話を任せていただいている部屋の主(あるじ)リーバル様は、若きリト族で、弓の名手で、神獣ヴァ・メドーの繰り手に選ばれたハイラル屈指の英傑様であるということしか存じ上げない。

ほかの英傑の方々は任務や訓練のあと、城に滞在中は必ず一度は部屋にお戻りになって休まれるのに、リーバル様は公務のあと自主練習に励まれているとのことで、私が奉公している時間内にお戻りになったことは未だかつてないのだ。

ほかの英傑様のお部屋の担当の侍女たちから、ミファー様はおっとりとしていらして、ときどきお茶をご馳走してくださるだとか、ダルケル様は豪快そうに見えて意外とお優しいのだとか、ウルボザ様の立ち振る舞いが美しいだとか、好感が持てるようなエピソードが語られるなか、リーバル様については何一つとしてわからないまま。

城内で姿を見かけたことがある者もごくわずかで、その者たちの談によると、ほかの英傑様たちとあまり関わり合いになるご様子ではない、少し気難しそうな方であるなどとネガティブな情報が入ってくるのみ。
遅い時間まで部屋へ戻って来られないのも、もしかすると私と鉢合わせになってしまうことを面倒だとお考えになってのことかもしれない。

快適な空間を保つために宛がわれているとはいえ、私のせいでかえってリーバル様がくつろぎにくくなっているのではないか。
そう思い至ってからは、なるべく手早く手入れを終えるように努めた。

いつものように早く清掃を終え、お部屋を立ち去ろうとしたとき、ふと、書き置きをしてみようと思い立った。

内容は至って単純なものだ。
労いの言葉を添え、ゆっくり休んでほしいとの旨を書き残し、ベッド脇のサイドテーブルに置いてきた。
こんなことをすれば余計に迷惑かもしれないが、それならそれで侍女としての仕事と割り切って徹するだけのこと。

翌日、部屋の清掃に向かった私は、てっきりくずかごに捨てられていると思っていた紙がサイドテーブルに置かれたままであることに気づいた。
読んでもらえなかったのだろうか。もしかして、気づいてすらいなかったとか……?

しかし、そうではないことは紙を手に取ってすぐにわかった。
私が書いた文字の下に、バランスよくきりっとした文がしたためられていたのだ。

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驚いたな。

いつも淡々と部屋の手入れをしているかと思えば、まさか書き置きを残されるとはね。

君が毎日この部屋の清潔を保ってくれているおかげで、急遽城に滞在することになったときでも快適に過ごせてる。

滅多なことじゃ礼なんて言わないけど、ありがとう、と言わせてもらうよ。

リーバル

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まさか返信をいただけるとは思わず、歓喜のあまり胸がきゅうと締まる。
その日はいつも以上に念入りに掃除をした。
リーバル様の書いた文の下にスペースがあったため、何か必要なものがあったら申し付けてほしい旨と、疲れたときは甘いものをとるといいそうです、と城下で流行っているチョコレートを添えた。

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君がくれたチョコレート、だっけ?なかなかおいしかったよ。

それで疲れが取れたという実感はないけれど、今朝はまあまあ快適な目覚めだったかな。

寝泊まりするだけだからこれといって必要なものはないが、そうだな……できれば、今後も甘いものを用意してくれると助かる。

ときどきでいい。

リーバル

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リーバル様から甘いものの要望をいただいてから、2、3日に一度甘いものを書き置きに添えるようにした。
使い道がなく溜まっていくばかりのお給金だったが、余暇に町へ繰り出し菓子屋を覗くのがいつしか楽しみになっていた。

豪快な笑い声に、何となく様子が気になって声のした方を振り返る。
向かいの並びに岩ほどの重量がありそうな大剣を抱えたゴロン族ーーダルケル様ーーと、そのかたわらに紺色の羽毛のリト族が何やらやり取りをしているのが目に留まった。

四つの三つ編みがなびく後姿。その背に担がれた身の丈ほどもある大弓。
一目であの方がリーバル様だと確信した。
初めて見るお姿は想像していた通りの凛々しさと、その一方で、文通のなかとは打って変わって少し棘のある印象が感じられた。
気難しそうな方だと侍女仲間が言っていたのも頷ける。

ふとダルケル様と目が合い、何かをリーバル様に耳打ちしたかと思うと、彼がふいに振り向いた。
四本の三つ編みをまとめる翡翠の髪飾りをより磨いたかのような輝きを持つ淡い緑色の眼差しが私を真っすぐに見つめる。

その目が私を射とらえるように細められたとき、視線に耐え切れずその場から逃げ出すように踵を返した。

買ったばかりのあめ玉が籠からいくつかあふれてしまったことに気づいたが、拾いに戻るという頭はなく、ただその場から一刻も早く立ち去りたい一心で。
どうしてかはわからないけれど、ただ、早鐘を打つ心臓が痛かった。

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翌日、部屋の清掃に訪れた私は、ノックのあとに返事が返ってきたことに驚き、エプロンを突き破らんばかりに打ち鳴らされる胸をおさえ、恐るおそる扉を開いた。

そこには、昨日町で見かけた紺色のリト族もといリーバル様の姿があった。
リーバル様はサイドテーブルのかたわらで後ろ手を組み、昨日私が落としたはずの飴玉をその片翼にのせ小首をかしげている。

「これ、君が落としてったやつだよね」

はい、と答えると、指先で摘まむようにして数個のあめ玉を差し出される。それを両手で受け取ると、彼はあごを反らせた。

「部屋の手入れは抜かりがないくせに、案外ドジなところもあるんだな」

含み笑いながらからかい交じりにそう言われ、照れ隠しに笑みを浮かべる。

「すみません、リーバル様。拾っていただいてありがとうございます」

「……礼を言うべきは僕のほうだよ」

あたまにふわりと羽毛に覆われた手のひらがのせられ、切れ長の目が細められる。
横切った背中を追うように振り返れば、片手をひらりと掲げ、彼は部屋をあとにした。
ぬくもりの残るあたまに手を置いてしばらく扉を見つめていたが、そういえばと日課となりつつあるサイドテーブルの書き置きに目を落とした。

そこには、日頃の感謝とともに、彼の眼差しを思い起こすほどの美しいグリーンのリボンが添えられていた。

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僕のために尽くしてくれる君へ

ひたむきで懸命な君に、ささやかな贈り物だ。
髪留めに使うといい。

君が日々心配りを欠かさないおかげで、今日も僕は最高のコンディションで、自分の使命と真っ向から向き合うことができる。

いつもありがとう。

リーバル

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終わり

(2021.9.5)

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