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千夜一夜のかがり火

微甘。夢主視点。ヒーラー設定夢主。
ゲルド砂漠にてモルドラジークの出現によりリーバルたちは不慮の災難に巻き込まれたとの連絡を受けた夢主。
しかし、当のリーバルは負傷を隠し、頑なに治療を拒む。


 
ゲルド砂漠でイーガ団と交戦中、突如地中より出でたモルドラジークの猛攻により、多くのハイラル兵たちが負傷した。
それにより緊急でヒーラー数名に収集の命が下され、非番だった私も駆り出されることとなった。

……というのは、建前だ。強制されたわけではない。
負傷者の名簿のなかに英傑も含まれているのを見つけ、居ても立っても居られず願い出たのだ。

昼前に馬を駆ったもののゲルド砂漠までの道のりは長く、道中気が気ではなかった。

ゲルドキャニオンの入り口に構えられたキャンプに駆け付けるころには、すでに陽が傾きかけ、ほとんどのけが人の治療を終えるころにはとっぷり日が暮れていた。
先に治療を終えた兵は早々にハイラル城へ撤退したが、英傑含め残り十数名の兵の帰還は明日に持ち越され、このままこのキャンプで野宿をすることで話がまとまっている。

英傑は軽傷とのことで、先に兵士たちの治療を済ませ、現場が落ち着いたころにようやく治癒し始めた。

「非番だったのに呼び出しちまって悪かったね。重症を負っていた兵士たちも皆大事に至らずに済んだようだし、大助かりだ」

かがり火の灯りで負傷した右手を照らしながら治療薬を塗り込む私に、ウルボザは申し訳なさそうに苦笑した。
一日中熱砂のなか戦い通していたためか、顔に疲労が浮かんでいるせいでよりしおらしく見える。
日頃きりりとしている彼女でもこんな表情になることがあるのだな、と物めずらしく思いつつ、気遣いの念を込め笑みを浮かべる。

「いいんですよ、ウルボザ様。少しでも皆さんのお役に立ちたいですし。それに、ちゃーんと代休はいただいてますから」

冗談めかして言えば、ちゃっかりしてるね、とウルボザは手の甲で口元を隠しながらクスクスとおかしそうに笑った。
公的な場での彼女からは女王たるたたずまいや気品が感じられるが、日頃の彼女は仕草や表情こそ淑やかさはあれど、言動にはやや茶目っ気がにじみ出ている。
年の功だけの落ち着きはあるもののどこか少女然としているようにも感じられ、それこそが彼女の魅力だと言えるだろう。

そんなだからだろうか。
時折、私には及びもつかないところまで見越した言動に驚かされるのは。

きれいに治った腕を見て感心したように、ありがとう、と微笑んだウルボザは、ふと私の背後に目をやった。

「おや、どこかで見たことある顔だと思って来てみれば」

背後からかかった声にどきりとして振り返ると、暗がりのなかでも光を損なうことのない鋭い双眼を見つけた。
夜光石のように淡く光るそれは、炎の明るみに照らし出されたことで翡翠ひすい黄金こがねが差し、怪しげな輝きをまとう。

「リーバル様、おつかれさまです」

私の労いに閉目で応じる澄まし顔に、心底ほっとした。見たところ普段通りでけがした様子はない。
今回の任務にあたっている英傑はリーバルとウルボザだけのようだが、報告に挙がっていた負傷者はウルボザのことだろうか。
残念ながらその見立ては、ウルボザの言葉により早計であることに気づかされることとなる。

「リーバル。今日の任務で負傷していただろう。あんたも診てもらいなよ」

ウルボザの言葉にリーバルの顔が一瞬引きつったように見えた。
しかし、当の本人は何食わぬ顔で両手をかかげると片眉を上げてへらりと笑う。

「伝達ミスなんじゃないの?見ての通り僕は無傷だよ」

ウルボザは呆れたようにため息をつくと、腕を組み眉をひそめた。

「誤魔化しても無駄だ。今後の任務に響いたらどうするんだい?
率先する奴が深手を負ったままだと知れて士気が下がりでもしたら、それこそ困るってもんだ。
あんたも人の上に立つ者ならとっくに心得ているはずだろう」

リーバルはくちばしの端を歪めると、小さく嘆声をこぼし顔を背けた。

「……そんなこと、わざわざ言われなくたってわかってるさ」

「虚勢を張ったって、損するばかりで何もいいことはないんだ。早いところ治しちまいな」

「はいはい、ご忠告どうも」

ほかの人が同じことを言っても簡単に引き下がりはしないだろう。
相変わらず素直ではないが、ウルボザの説教をこうも穏便に聞き入れるということは、それだけ一目置いている証拠だ。

後ろ手を組みながらゆったりと去り行く後ろ姿をぼうっと見つめているところに二の腕をくいっと引き寄せられる。
ウルボザは声を潜めながら耳元でこうささやいた。

「あいつの右足、ちゃんと診てやっておくれ。
軽傷と申告していたようだが、新兵を無理にかばって作った傷だ。かなり痛みはあるはずだよ」

その言葉にはっとリーバルを注視する。
注意深く観察してみて、ようやく気づいた。彼の振る舞いはいつも通りといえばいつも通りだが、時折跛行(はこう)しているように見える。
どうやら本人が意識的に悟られまいと装っているらしく、危うく見落とすところだった。

「これだから強がりなヴォーイは……深刻なときほど気丈に振る舞いたがる性格ってのも困りもんだね」

まったくですね、と頷くと、彼女に背を押されるまま彼の後を追った。ウルボザの観察眼に感謝だ。

かがり火の微かな灯りを頼りに周囲を探し、キャンプから少し離れたところにある夜光石の岩場にリーバルを見つけた。
木箱に腰かけて足を組み、すね当てを外した右足首を押さえながら顔をしかめている。
小刻みに痙攣(けいれん)する足に痛みの程度が見て取れ、急いで駆け寄る。

リーバルは私が現れたことに気づくと、観念したように深く息を吐き出した。

「ウルボザに言われてきたのか。つくづくお節介だよね、彼女も君も」

「何とでもどうぞ。お節介を焼くのが私の仕事ですから」

バッグから回復薬を取り出しながら彼のそばに寄ると、リーバルはあからさまに身を引いた。

「足、診せてください」

「このくらい平気だよ。ほっといてくれ」

「だめです!」

焦るあまり、大きな声を出してしまった。
目を見開いて私を食い入るように見つめるリーバルの瞳に戸惑いの色が浮かんでいるのに気づき、気を落ち着かせながら言葉を選ぶ。

「……リーバル様がすごくお強いことはみんな知っています。でも、どんなに強くてもミスやけがをしないとは一概には言い切れないでしょう。
同じく英傑のウルボザ様だって、今回ばかりはお怪我をされたんです。
ご自分から治療を申し出にくいとのことでしたら、せめて私にだけでもわかるように何かしらの合図を送ってはもらえませんか」

慎重に伝えたつもりだったが、彼のこめかみがピクリと引きつった。
ねめつけるような冷たい眼差しに見下ろされ、薬を持つ手に力が入る。

「何でわざわざ君にそんなことしなくちゃいけないんだい」

「そ、それは……」

「言っとくけど、今回は兵が大勢やられたときに、たまたま僕まで巻き添えを食ってしまったってだけだからね。
とはいえ、君の手を借りるほどのけがでもないし、普段から負傷するほどヤワじゃない。
一体僕の何を気取ってるのか知らないけど、余計なお世話だよ」

心ない発言の節々に人の心中を勘ぐるような言葉まで含まれていることにカチンときた私は、思わずリーバルの右足首を強く握った。

「……っ、いきなり何するんだい!」

「治療します。じっとしててください」

「おい、よせ!何もしなくていい!」

彼の制止を振り払い、小瓶のふたを開けると自分の手に液を数滴のせ、足首に触れた。

「ぐ……っ」

よほど痛むのか、目をきつく閉じる彼のくちばしからくぐもったようなうめきが漏れる。

「強引にしてごめんなさい。痛みはすぐに引きますから……」

「平気だって、言ってるだろ……!」

なおも強がってみせるリーバルにふっと笑みがこぼれる。じろりとにらみ下ろされたが、ついと目を反らし、薬を再び手のひらに垂らす。
今度はなるべく刺激を与えないように慎重に擦り込んでいく。

しばらくそうしていると、我慢するように歪められていた彼の顔が少しずつ緩んでいった。
ふと見上げると、切れ長の瞳孔とばっちりと視線がかみ合ってしまった。
薬を塗り込んでいる様子をまじまじと見つめられていたことに気づき、慌てて視線を手元に戻す。

もう一度ちらりとうかがったリーバルはすでにこちらを見てはいなかった。
かがり火の灯りのせいだろうか、紺の頬は、その差し色とは少し異なる赤を帯びて見える。

「礼は言わないよ。君が勝手にやったことだからね」

「構いませんよ。私がどうしてもこうしたかっただけですし」

リーバルは木箱からストンと降り立つと、傷みが引いたことを確認するように幾度か足首を捻った。
すっかりもとの調子に戻ったようで、密かに安堵した。

肩越しにこちらを振り返った彼と目が合い食い入るようにじっと見つめられ、何か言いたいことでもあるのかと高鳴る胸を押さえながら心待ちにする。
しかし、結局プイッと顔を反らされてしまい、淡い期待に膨らんだ心は急速にしぼんでいった。

後ろ手を組みながらキャンプに戻っていく背中を、落胆しながら見送っていた耳に、ぽつりとつぶやいた言葉が届く。

「これがただのお節介じゃなければね……」

リーバルの真意は、この状況に気が張り詰めたままの私にはよくわからなかった。
確かなことは、その何気ないつぶやきが、未だ思考を置き去りにしたままの私の鼓動をどんどん速めているということだけだ。

さっさと戻らないとオオカミに食われるよ、と振り返った彼の目を真っすぐ見つめ返すことができず、即座に顔をうつむかせると、小さく、はい、とだけ答えて後に続いた。

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翌朝。キャンプの後片付けをする兵士を残し、一足先に数名の兵士を引き連れて出立した。

ウルボザ、リーバルとともに最後尾を歩いていると、かたわらを歩いていたリーバルがおもむろにこちらをのぞき込んできて、驚きのあまり目を見張った。
いたずらに細められた翡翠の輝きに昨晩のやり取りが鮮明に浮かび、緊張で唇が震えそうになるのを奥歯をかみしめて耐える。

「ヒーラー様がけがしたとあっちゃ、せっかく治癒した兵士たちの足をかえって引っ張ることになるだろうからね。
帰路のあいだもし敵襲にでも遭ったら、君は適当な岩の陰にでも隠れてればいいよ」

傲慢な物言いに裏切られたような気持ちになり、その気もないのに口からは、ありがとうございます、がこぼれる。
リーバルはなおも何か言いたげにこちらをうかがっていたが、後ろで様子を見守っていたウルボザが私の肩を掴み、私たちを交互に見た。

「おやおや、リトの英傑様はあんたの身の安全が心配だとさ。こりゃ、いつも以上に気を張ってもらわないとだね」

「は、はあ?何言ってんの、ウルボザ!僕がいつこの子の心配をしたっていうんだい!」

両翼を広げあからさまにうろたえるリーバルに、ウルボザは人差し指を口元に添え、妖艶な笑みを浮かべる。

「そうやって誤魔化してばかりいると、ほかのヴォーイに先を越されちまうかもしれないよ?」

退魔の騎士様とかね、と言い放ったウルボザに、リーバルはさらに勢いづいて啖呵を切り始めた。
兵士たちがちらちらと二人の口論を気にするなか、私はというと、まだ陽も高くないのに火照る顔を陽炎(かげろう)のせいだと決め込んで、砂を踏みしめる音に意識を反らした。

終わり

(2021.6.2)

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