天翔ける:バイト編

4. 峠の分岐点

ヘブラ山入山前に、今一度リトの村でも時を止める旋律を奏でた。
入山時にヘブラ山に向けて時を止めれば、必然的にリトの村に吹き下ろしている風も食い止められるはずだが、昨日旋律を奏でてからすでに一晩経ってしまっている。万が一、入山前に旋律効果が切れてしまえばかなり危険だからだ。

この笛ーートラヴェルソーーは、カースガノンとの戦いの最中に紛失したものの代わりにとリーバルが贈ってくれたものだ。
ガノンとの戦いが終息して以降町の噴水広場での路上演奏を再開したため、演奏頻度は以前とあまり変わりはないが、こうして能力を行使するのは彼に会いに行くと決めてからだ。
久々に時を止める旋律を奏でたとき、もう効果は発動しないのではと不安もあったが、杞憂だった。
突風の吹き抜けるマリッタの丘にゼルダと赴き、休みなく木の葉を揺らす大木に向け奏でた笛の音は、私の期待に応えるようにぴたりと静止したのだ。

彼女と二人で何度も実験を重ねた甲斐あって、効果の持続時間を確実に増やすことには成功したが、ヘブラ山ほど広範囲に果たして効果が表れるかどうかは賭けだった。

旋律の効果が無事発動されたことを見届け、腰に携えているケースにトラヴェルソをしまっていると、少し離れたところで効果が如何なるものか観察していたリーバルが、ふん、と一笑しつつ側に寄ってきた。
ザクザクと踏みしめる雪に私たちとは形状の異なる鉤爪の跡がつくのが物珍しくてつい見入ってしまい、つい顔を上げるのが遅れてしまう。
呆れたように腕組みをした彼はどこか神妙な面持ちだ。昨日のあの穏やかな眼差しはどこへやら、リンクに向けられるそれと差異がないほど鋭利な視線に身構えていると、彼はややあって大げさにため息をこぼした。

「あまり慎重になり過ぎて、いざってときに限って効果を発揮できないなんてことにだけはならないようにしてくれよ。いつかみたいに手が震えて思うように奏でられないなんて言い訳は、今のヘブラ山じゃ命取りにしかならないって刻みつけておいたほうが身のためだね」

「わ、……わかった、気をつけるね」

二人の手前、二人きりのときよりもつっけんどんな態度なのは仕方ないとしても、わざわざ険悪だったころのエピソードまで持ち出すことについては多少気に障った。だが、彼の忠告はもっともだ。
素直に受け止めた私に気を良くしたらしいリーバルは、ふん、と一笑したが、やりとりを見守っていたゼルダが深々と息をついたことにより、その後の展開を先読みしてかくしゃりと眉間に皺が寄せられる。

「リーバル、あなたって人は……。アイのことがそんなに心配ならば、そこは”無理しないで”と優しく声をかけてあげるべきところではありませんか」

「は……?」

ゼルダの言葉に面食らったリーバルは、即座に表情を整えると、芝居がかった笑みを浮かべて両翼を掲げた。

「誤解してもらっちゃ困るな。前例があるから同じ過ちを繰り返さないように釘を刺したまでじゃないか。僕がいつこの子の心配をしたっていうんだい」

「またまた。愛する恋人と半年ぶりの再会でついついちょっかいを出したくなるのもわからなくはないですが、女心というものをもう少し学んでみてはいかがですか?」

「……」

あなたもそう思いませんか、リンク?と同意を求めるゼルダに対し、かたわらで終始無言のままやり取りを見守っていたリンクがこくりと頷いたことで、リーバルはついにこめかみに青筋を立てた。
なおもにこにこと満面の笑みを崩さないゼルダに気押されまごついていた彼の視線が、とうとう私に向けられる。
“君のせいで恥をかいたじゃないか”と言わんばかりにつり上がった目に辛うじて笑みを返したが、火に油を注いだに過ぎなかった。余計に深まった眉間の皺に耐え兼ね、グッと親指を立てて私にウィンクを送ってくるゼルダに向けぶんぶん首を振り訴える。

ゼルダ様、それ以上彼を煽れば巡り巡って私に報いが返ってくると察してください……!

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馬を駆ってリリトト湖を周回し兄弟岩の先の峠を越えたころ、敵の気配がないことを確認した私たちは、足場の悪いなかここまでがんばってくれた馬を休めるために先の小屋まで徒歩で向かうことにした。
リリトト湖を突っ切って先回りできたはずのリーバルは、ただ待つのは性に合わないからと彼らしい理由を述べ、わざわざ私たちに付き合って遠回りを選んでくれた。
ガノンの影響で頭数を増やしていた魔物は数を減らしたとはいえ、人里離れた場所では出没の可能性が高いため安全とは言い切れない。それに、万一敵襲を受けたとして、戦闘に不慣れなゼルダや私をリンク一人で守るには限度があるだろう。リーバルにとってはほんの気まぐれだろうが、側にいてくれるだけで心強い。
私たちの歩みに合わせてゆったりと上空を飛んでいたリーバルが降下してきた。彼はこうして時折私たちに合わせるように歩んでくれる。彼にしてみれば飛んだ方がきっと楽だろうが、彼なりの優しさの表れなのか、それともやはり単なる気まぐれなのか。本人に尋ねたところできっとはぐらかされるだけだろうけれど。

街道をひた歩き続けているうちに、リノス峠へ折れる道とヘブラ山の登山道へと続く道の分岐に差し掛かる。
そこに立てられた道しるべが気になった私は、馬を引いて側に寄ってみた。
張り付いた雪を拭うと、そこに記された”飛行訓練場”の文字が現れ、何だか無性に懐かしくなる。
看板が指し示すリノス峠の先を見つめていると、いつからそこにいたのかリーバルが肩口から顔を覗かせてきた。

「飛行訓練場もしばらく利用できてないな……。この豪雪で大変なことになってるのは想像がつくけど」

うんざりしたように顔をしかめながら、リーバルが何か言いたげに目配せしてくることに気づき、思い切って浮かべたことを口にしてみた。

「……この件が無事に解決したら、またあそこへ連れて行ってくれる?」

期待通りの言葉だったのか、リーバルの表情がぱっと明るくなった。
しかしそれもつかの間、彼は腕組みをしてつんと視線を逸らせた。

「君がどうしてもっていうならついてくればいいんじゃない?その代わり、大掃除を手伝ってもらうことになるけど」

それでもいいのかい?と言いたげにちらりと横目に見下ろされ、嬉々として頷いた。
私の返答にほんの少し目元を緩めたリーバルに、やっと笑ってくれたと嬉しくなっているところ、すでに小さくなってしまっているゼルダとリンクが遠くから私たちを呼んでいることに気づいた。
いつもなら注意深く周囲に気を配っているリーバルにしてはめずらしく、取り残されていることに今気づいたようで、慌てふためいた様子で乗馬を促してくる。

「君がモタモタしてるせいで遅れを取ったじゃないか!ほら、さっさと乗らないなら置いて行くからね」

言い終える前に飛び立ったリーバルの背に「薄情者!」と投げつけながら急いで後を追う。時折こちらを振り返りながら、一応は気にしてくれている様子の彼に、不器用なところも変わらないな……と思わず笑みを浮かべながら、手綱を握る手に力を込める。

(2022.06.14)

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