門兵に帰還の報告をし久方ぶりのハイラル城へ入城する。
厄災との戦いで魔物たちの手によって砕かれた城壁は塞がれ、引き裂かれ土ぼこりにまみれていた垂れ幕も新しいものに取り換えられている。
私たちが不在のあいだにここまで修復が進んでいるなんて。
「何だかんだで半月はかかっちゃったね」
垂れ幕をしげしげと眺めていたところにため息交じりの言葉が届き、はっと見やる。
お決まりの皮肉かと思いかけたが、きっと逆なんだろう。
生まれ変わった城の外観を見つめるリーバルの眼差しはどこか感慨深げで、珍しく浮かべている穏やかな笑みは、それが彼の素直な心情であることを表していた。
「そうだね……。でも、思いがけずリーバルとまた各地を巡ることになって、私はずっと楽しかったよ」
これまでの旅を振り返りつつそう伝えてみると、リーバルはうっすらとくちばしを開いた。
何か言いかけていたような気がしたが、はっとして半目になると、あざけるような笑みを浮かべる。
「あれ?外泊続きでクタクタだって言ってたのはどこの誰だっけ?」
「やっぱりそういう答えなんだね、あなたは」
ゼルダの部屋へと向かうと、城の警備兵から中庭へ向かうよう案内された。
どうやら私たちの帰還と入れ違いになってしまったらしい。
「姫の部屋に一瞬通してくれさえすればバルコニーから直接迎えるのに。城の規則ってやつは厄介だね」
リーバルの言い分には一国の兵とはいえさすがに動揺しており、周囲に聞かれていないか辺りを見回していた。
やはり普段関わりがないとこういう反応になるのか。彼の不遜な態度にはすっかり慣れてしまっているが、こういうところで堂々と不敬な発言をされてはちょっとヒヤヒヤしてしまう。
「そうは言っても規則は規則だし、仕方ないよ。手近なところから外に出て飛んでいこう」
しぶしぶとだが両翼を掲げる彼に了承と捉え、先を急ぐ。
外に出ると、リーバルが発生させた上昇気流に乗り、私も天高く舞い上がる。
眼下には、空を突き上げる屋根と蛇形に張られた無骨な城郭。
こうして上空から見下ろす城は、何だか無性に懐かしい感じがする。
あのとき……過去の世界線で初めて空を飛べたときは、敵襲の真っただ中でこんな悠長に眺めるなんてことはできなかった。
こうして改めてじっくり見ると本当に見事な城だ。
城下町の住居がまるまる収まってしまいそうなほど立派な城に住みながら、民衆に対し分け隔てなく接するゼルダの生真面目ながら温かい人柄を思い出す。
「いつまで眺めてる気だい?ほら、あっちは待ちきれない様子だよ」
リーバルがくちばしでクイッと差し示す方向を注視すると、ガゼボの側で大きく手を振るゼルダと、じっとこちらを見上げるリンクの姿を見つけた。
遠く離れていてもゼルダが満面の笑みなのがわかり、私もつられて顔がほころぶ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まさかアイが自力で飛んで現れるとは驚きました。あなたにはまた聞かねばならないことが増えましたね」
自分のことでも驚かされることばかりだが、この世界はただでさえ不思議なことが多い。
私が宙に浮けるようになったことでさぞかし驚かせてしまっただろうが、彼女の口振りからはその驚きにさえとうに慣れてしまっていることがうかがえ、何とも返せず苦笑が浮かぶ。
リーバルは、久方ぶりに再会するリンクにどう声をかけようか悩む様子だったが、ゼルダが近づいてきたことでさっと視線を逸らした。
リンクは相変わらずの鉄仮面だが、彼の表情がほんの少しだけ緩んでいることにリーバルは気づいただろうか。
「お二人とも、長きにわたる任務ご苦労様でした。リーバルも、最後までアイのために尽力してくださったこと本当に感謝しています」
「ふん、尽力も何も強制だったからね。ま、何はともあれ……結果としてはそこまで悪い旅でもなかったさ。各地のその後の様子はちょっと気になってたとこだったしね」
ここまでの道中遠回りさせられたことについて一言物申す気でいたリーバルだが、深々と頭を下げるゼルダを前に、そんな気は失せてしまったようだ。
どことなく上機嫌な彼に、ゼルダもほっと笑みを浮かべている。
「城の者からお二人がそろそろ戻るようだと聞いて、待ちきれず支度を整えていたところです」
「わあ……」
ガゼボには、城を発つ前に時折お邪魔させていただいていたお茶会の準備が整えられていた。
洗い立ての真っ白なクロスが敷かれた円卓。色とりどりの菓子が乗ったケーキスタンド。ポーセラーツで線の細かな花が描かれたティーカップ。細く湯気の立つポット。
朝早くに発ったため胃には軽めの朝食しか入れてこなかった。香ばしいにおいに腹の虫が鳴る。
「しっ……失礼しました!」
即座に詫びる私に皆一様に吹き出す。
「さあ、かけてください」
クスクスと笑いながら着席を促すゼルダにはにかみつつ、お言葉に甘えて椅子にかける。
ガゼボの端で控えていたリンクだが、ゼルダに着席を促され珍しく躊躇しながらも、一礼し彼女とリーバルのあいだに座った。
「へえ。君でもそんな顔するんだ」
「……お仕えする方への礼節を重んじるのは、騎士たる身としてとして然るべき振る舞いだ」
きっぱりと言い切るリンクにとっては常日頃から当然のことであり、皮肉や嫌味は一切含まれていないだろう。
しかし、それを当てこすりだと捉えたリーバルは、チッと舌打ちをしておもしろくなさそうに顔をしかめた。
人の言動をいちいち歪曲してしまいがちなのは、普段から皮肉ばかり垂れているせいなんじゃないのか。そう浮かべたことは胸のうちに留めておくことにした。
「このお二人はどうしてこうも反りが合わないのでしょうか」
「まったくです……」
頬に手をあてながら嘆息するゼルダに同意しつつ、取り分けていただいたマドレーヌを口に運んだ。
(2024.1.31)