翌朝ミナッカレ馬宿を発ち、ゾーラの里が見えるころには陽が高くなっていた。
里が近づくと磨かれた夜光石の建築が水面のように照り返し、その散りばめられたきらめきは、まるで私たちの来訪を祝してくれているようだ。
空高く飛ぶリーバルの背から見下ろして初めて、里の全景が円形の造りであることに気付く。
地上から拝しても息を呑むほどの造形だが、上空からの眺めはまた壮観だ。完璧なまでのシンメトリーの美しさに、高所の恐怖も忘れ釘付けになる。
「すごい、上から見るとまた違って綺麗……!こういう素晴らしい景色をみるたびに、リト族がすごくうらやましく思えてくる」
リーバルは当然だ、とでも言いたげに低く笑った。
「ま、高所からの景色に感慨を感じられるのは、知性と飛行能力を兼ね備えたリトの特権だからね。翼も持たずかつて女神の恩恵で得た飛行能力さえも失った君がそう感じるのも無理はないさ」
「なんでだろう、なんかモヤッとする。一緒に感動を分かち合いたかっただけなのに。私がおかしいのかな……」
わざと拗ねたように顔をしかめてみせると、リーバルはおかしそうに吹き出し、改めて景色を焼き付けるように眼下に視線を落とした。
ゼルダからこの任を預かることになったときは猛烈に承諾を渋っていたけれど、何だかんだで楽しんでくれてはいるようだ。
リーバルはクールなようでいてどこか子どもじみたところもあって、案外表情豊かだ。いつもむすっとしている彼がこうしてときどき笑顔を見せてくれるたびに、何だか得したような気になる。
「さて、ゾーラの里に到着だ。目標は……あそこだな」
里の真上とはいえこれだけ距離があれば、せいぜい鱗の色くらいしか判別できないが、さすがはリト族。目のフォーカスは鳥のそれに通ずるものがあるのだろう。
地上へ身を傾けたリーバルが降下し始め、その行く先にようやくミファーらしき姿を見つける。
私たちの到着にゾーラ族たちが上空を指差したり手を振るなか、ミファーの側近らしきゾーラ族がまだ気づいていない彼女にジェスチャーで示しているのが見え、つい笑みがこぼれる。
「ミファー、ここだよ!……わあっ」
大きく手を振ろうと手を掲げた途端に上体のバランスを崩しかけ、慌ててリーバルにしがみつく。
「おいおい、地上に足をつけるまで気を抜くなよ。いくら僕の飛行が安定しているとはいえ、上空は気流の乱れがあるんだ。落ちたくなかったら僕から手を離さないことだね」
「し、死ぬかと思った……」
「やれやれ」
里に降り立つと、おっとりしているミファーにしては珍しく興奮を隠し切れない様子で駆けつけてきた。
「アイさん、リーバルさん!」
リーバルの背から降りたばかりの私にミファーは両手を広げて近づいてきたが、我に返るように目を見開き、私に回しかけた腕を気恥ずかしそうに引っ込めてしまった。
ハグしようとしてくれたのだろう。口元にこぶしを添えてそわそわする彼女が何とも愛くるしくて、再会の喜びに任せ抱き寄せた。
「久しぶり、ミファー」
彼女は微かに驚きを見せたが、ほっと息をつくと私の背中にそっと手を添えた。
彼女の手がしっとりと冷たいことがは服越しにも伝わってくるが、柔らかな手のひらからは彼女の変わりない優しさが温もりとなって伝わってきた。
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ミファーに連れられ玉座の間に通されると、そびえるように鎮座するドレファン王に出迎えられた。
あらかじめミファーの側近に預けておいた書状が玉座に届けられていたため、かたわらに控えるムズリの手には読み上げられたあとであろう書状が握られている。
「リトの英傑リーバル、そして楽士アイ。久しくまみえて幸いゾヨ」
「皆様もお変わりないようで何よりです」
ハイラル王とは違いミファーの父というだけあり温和な雰囲気をまとってはいるが、やはり王としての気高さはにじみ出るものだ。
緊張が伝わらないように気を張ってはいたものの、現実世界じゃこんな気軽にお目にかかる機会のない王族を前にして固くなるのは致し方ないもの。
そんな私の緊張を汲み取ってか、ドレファンは穏やかな笑みを浮かべた。やはり隠し切れていないのだと少し恥ずかしくなるが、初めてハイラル王に謁見したときのように試されるような視線を送られるよりはずっといい。
ドレファンは鷹揚に首を傾けるとムズリが手にする書状にちらりと目をやり、改めてこちらに視線を落とした。
「書状を拝読したゾヨ。半年後の宴に我らゾーラ一族を招待するとな。まこと平和になったものだ」
古風な口調だが、物言いが幾分和らいだことで私も胸をなで下ろした。
「……遠方からご足労おかけいたしますが、陛下もゼルダ様もお喜びになられることと存じます。ゾーラ族の皆様は水場のない土地では乾燥しやすいと伺っておりますが、ハイラル城は水場がふんだんにございますのでご安心ください」
「なんと。それは非常にありがたいゾヨ」
後ろ手を組みながらやりとりを見守っていたリーバルが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、当日はウオトリー村の料理人を招くって話だ。その際ゾーラ川で獲れた魚も使えないか検討しているそうだけど?」
他国の王とはいえ物腰の揺るがないリーバルにひやひやするが、思えば彼はハイラル王やハイリアの女神の前でもこうだった。
おもねることのない彼の堂々たる振る舞いに幾たびも助けられてきたことを思い出す。
「そういうことなら、お安い御用だゾヨ。使いの者にハイラル城まで一報を届けさせるとしよう」
気に留める様子もなくラフに接するドレファンの寛大さに、私も少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます!」
付き添ってくれていたミファーに視線を送ると、ミファーは至極嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ソナタらの来訪を耳にしたときはてっきり新婚旅行かと思っておったが、どうやらワシの見当違いであったようだの」
「ド、ドレファン様!」
「冗談ゾヨ」
玉座の間にゾーラたちの笑い声が響くなか、私とリーバルは互いにちらりと合った目を逸らせた。
こうしてリーバルとのことに触れられることは嬉しいけれど、彼がいつまでも照れるせいで私にもたびたびそれが伝わってくるのだ。
「思えばソナタらはミファーとも久方ぶりの再会ゾヨな。娘と積もる話もあるじゃろうし、堅い話はこれまでとして、ゆるりとくつろぐがよい」
(2023.11.13)