天翔ける:バイト編

プロローグ

「……ずっと繋いでてあげる。君が二度と迷わないようにね」

そう言ってちょっと意地悪に、しかし優しく笑みを浮かべたリーバルに、「今度こそずっと一緒にいられる」と、心からそう思えた。
彼も私もそのはずだった。なのに、どうしてだろう。

ある日、彼は一度村に顔を出すと書き置きを残して家を出たきりだ。以来、半年ものあいだ一切音沙汰がない。

何かあったのではと思い、リトの村まで状況を確かめに行くことも考えたが、一人で向かうには危険が伴う。
先の戦いでトラヴェルソの演奏による攻撃で何度か戦果を上げることはできたが、力を発揮できたのは、ほかならぬリーバルをはじめとする英傑のみんなやハイラル城の兵士たちの守りや援護があってこそ。戦いのなかで私自身に戦闘技術が備わったわけでも、立ち回りが上手くなったわけでもないのだ。

プルアとロベリーの記憶の研究により失われた記憶の復元に成功したことで、かつての自分が空を舞い弓を扱っていたことを思い出しはしたが、どのようにして宙に浮いていたのかも、弓を握っていたことも、そうしていたことが嘘であるかのように感覚だけ取り戻せなかった。
恐らくあれはハイリアの女神の加護によるものだったのだろうと思うが、世界全体の記憶がリセットされて以来女神像を訪れていないため、事実を確かめることも、能力が取り戻せなかった理由もわからないまま。
何にせよ、英傑の名を冠しておきながら私はほかの皆と違い一人で立ち回ることができないのだ。
もし一人で出歩いているところをオオカミやボコブリンに狙われでもしたら、ひとたまりもないだろう。

それに、これだけ待ってもリーバルが帰ってこないということは、もしかすると……。

こうなってしまったのは私に何か原因があるのではないかと思い思い返してみたが、決定的な事件は思い当たらない。彼との衝突はあれどどこかで必ず落としどころは見つけられたし、長く尾を引いたこともない。何だかんだでうまくやれていた。そのはずだ。
けれど、私はそう思っているだけで、彼にとっては苦痛だったのでは……。

そう思い至ってしまってから、事実を確かめることがどうしても怖くなってしまって、ポストハウスのバイトが忙しいことを言い訳に会いに行く日をどんどん遅らせていくうちに気づけば半年が経ってしまっていた。

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ハイラル城の庭園にて。リーバルが不在となって以降、バイトがない日はお茶会と称して城にお呼ばれすることが多くなった。
私が不安にならないようにと気遣ってくれているのだろう。ゼルダが直々に淹れてくれる紅茶は、初めは飲めたものではなかったが、日に日においしくなっていく。

「あれ以来、リーバルからは何の便りもないのですか?」

ゼルダに勧められ、皿に綺麗に並べられた焼き立てのクッキーを摘まみ取っていた私は、彼女の率直な物言いに苦笑を浮かべた。

「ええ、まあ……。きっと忙しくしてるんじゃないでしょうか。私にとっては恋人ですが、村での彼は”リト族一番の戦士”、ですから」

冗談めかしてそう返してはみたものの、私の胸中などお見通しだろう。
その証拠に、彼女の眉は困惑に歪み、深い森を思わす緑の瞳は木陰のように色濃い翳りを落としている。
しかし、その表情は突如として引き締まった。何かを決心したような面構えは、ハテノ砦での演説を想起させる。

アイ、あなたに折り入って頼みがあります」

そう言ってゼルダは巻物を取り出した。結び目を解き、紙を伸ばし広げながら続ける。

「半年後、厄災討伐から一年の節目に、ハイラル城でパーティーを開催します。その知らせを各地に頒布していただきたいのです」

「なるほど、ポストハウスへのご依頼ですね。かしこまりました。ですが、各地に頒布ということは町外への配達ということですよね。であればご存じの通り、私に一人旅は難しいです。チラシを携えてとなれば、なおのこと……」

「リトの村までは私とリンクが同行し、あとのことはリーバルに委託します」

「なるほど、承知いたし……ええっ!?」

さらりと述べられた内容を危うく流してしまうところだった。
彼女は、今、何と言った……?

「ここに”ハイラル城からの勅命である”と記しておきました。”リト族一番の戦士”とはいえど、国からのお達しともなれば逆らう術はないでしょう」

「ゼルダ様、さすがにそれは権限の濫用では……」

かつての憂いはどこへやら、頬を引きつらせる私に、ゼルダは満面の笑みで応えた。

「冗談はさておき……実は元より、依頼の件とは別件でリトの村へは向かう手筈でした。
ヘブラ・タバンタ周辺の品を仕入れている商人から、このところハイラルとヘブラ間の物流が滞っているとの相談が相次いでいるのです。
現地へ赴き、リーバルや村の人々に事情をうかがうつもりですが、公用ですので……あなたを自然な流れで同行させられる口実があればと思い、知らせの配布をお願いできないかと……」

ゼルダの意図を理解し、じん、と胸が熱くなる。
私が一人ではヘブラへ赴く手段がないだけでなく、きっかけがないと彼に会いに行きにくいのではと考えてのことだろう。
かといって、ガノンとの戦いが終わった今、ハイラル城からすれば部外者も同然だ。
こうしてお茶会に招待こそしていただけるが、公用にまで気軽に参加できるわけではい。
そこにうまく私の仕事を組み込もうとは、やはり一国の姫。ただ心優しいだけではない、聡明なお人だ。

「ありがとうございます、ゼルダ様……。ぜひ、お願いします」

涙ながらに深々と頭を下げると、ゼルダは少し拗ねたように眉根を寄せ視線を逸らせた。

「……二人きりのときはゼルダと呼んでくださいと申しましたよね?」

「そうでしたね……ゼルダ」

長い旅のあいだに友情を交え、冗談を言い合えるほどに仲が深まったと思うが、呼び方だけはなかなか慣れない。友人とはいえ少なからず彼女がやんごとなきお人であることを意識してしまうのとは別に、単純な照れが生じてしまう。
そんな私にゼルダは満足そうに、柔和な笑みを浮かべた。

(2022.1.16)
(2022.6.21 加筆修正)

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