天翔ける:バイト編

1. 思いがけぬ別れと

ガノン討伐後、僕の凱還を心待ちにする村人たちの羨望の眼差しを想像し、村へ顔を見せに帰ってやらないとと思いながらも、すぐには帰らずしばらくアイの家で厄介になっていた。
彼女を連れて村へ帰ることも考えはしたが、僕らの関係ことについては今のところ旅の仲間のあいだだけの秘密ということになっている。
僕が勝利を収めて帰るだけでも大賑わいになるに違いないのに、さらに婚約の相手ができたなんて伝えようものならパニックになりかねない。
……まあ、いずれ折を見て打ち明けるつもりではいるが。

ガノン戦のときも”記憶の研究”のあいだも彼女と長い時間ともに過ごしてきたが、お互い無事に記憶を取り戻してまだ間もない。ようやく真の意味で側に感じられるようになったばかりなのだ。
それに、村に一度帰還すればすぐには帰れないかもしれない。そう考えた僕は、彼女が名残惜しくならないよう・・・・・・・・・・・・・・、二人で過ごす時間を作っておこうと思った。

平和を迎えた世界で彼女と二人で過ごす時間は穏やかで、少し刺激に欠けるものだった。けれど、いつもそばに誰かがいるというのも案外悪くないものだなどと、柄にもなく思う自分がいたのも確かだ。
彼女と出会う前、僕の思考は戦術を高めることや称賛を得ることばかりに向かい、良くも悪くも村一番の戦士としての体裁を保つことに夢中だった。
己の記録さえも塗り替え、頂点に君臨し続け数多の名声を浴びることこそが何よりの生き甲斐だと信じて疑わなかったはずなのに、彼女の存在がいつしか僕の価値観を変えてしまったようだ。

そして”あの日”。流れで僕らは将来を約束し合うまでの関係になった。勢いで胸中を明かした僕に彼女は驚きを見せはしたものの、はにかみながらも嬉しそうに了承してくれた。
散々境遇に振り回されてきた僕らが、ようやく迎える新境地。その事実を目前に、つい浮かれ過ぎていたんだろう。

村から緊急の知らせを受けたのは、彼女がハイラル城に呼ばれた日だった。どうやら姫からさっそくお茶会へのお誘いがあったのだとか。
城の兵が届けてきた招待状には「リーバルもぜひ一緒に」とあったようだが、気乗りせず断った。
あまり長居しないと言っていたが女同士のことだ、当然積もる話でもあったのだろう。事前に聞いていた帰宅予定時刻はとっくに過ぎていた。
一度村に帰れば最低でも数日は戻れない。ここを発つのはせめて彼女の満足そうな顔を拝んでからとも考えたが、今は村の一大事だ。さすがにいち早く駆けつけないわけにはいかない。
それに、どうせカースガノンほど手こずるような問題でもないだろう。

さっさと用事を済ませてとんぼ返りするはずだった僕は、村から招集がかかったこと、用事が済んだら戻ることなど簡単な書き置きを残して発った。
長くてもせいぜい数日だなどと、そのときの僕は軽率にも事態を甘く見ていた。まさか、こんなに長引くほど厄介な事態になろうとは。

ヘブラ山から原因不明の暴風雪が休みなく吹き下ろしているせいで、リトの村の物流は滞っている。元々近隣以外との交流がほとんどなかったため、生活に支障が出るほどではないのが不幸中の幸いだ。
それよりも懸念すべきは悪天候が続いていることだ。巻き上げるような風は不規則にうねり、刺すような雪は谷底へ叩き落さんばかりに翼を打つ。暴風はリリトト湖周辺の風にも影響を及ぼし、村の住人たちは安全に飛べなくなっていた。
リトの村に架かるつり橋は、僕が村に戻ったころより更に煽りを増した風により、ハイリア人の子どもが遊ぶ縄跳びのように左右にしなり、しばらく人や動物が渡るのを見ていない。

暴風がヘブラ山からのものであるという事実を除いては、魔物の仕業なのか、それとも自然の驚異なのか、原因の特定ができない以上対処にもあたれない。
打つ手がないまま時が過ぎれば、この村はどうなってしまうのだろう。もしこのまま、アイに会えないのだとしたら、僕は……。

固唾を飲んだそのときだった。これまで休みなく吹き荒んでいた風が、たちどころに止んだのだ。

耳を塞がれたのかと疑うほどの静寂。
頬を打ち続けていた風はひんやりとした冷気を羽毛にじんわりと吸わせるだけで、目を刺すことも、視界をくらますほど巻き上がることもない。

暴風の正体こそわからないが、それを食い止めたのが誰の仕業かは手に取るようにわかる。
突如として風が止んだことを不思議に思う村人たちが崖下を見下ろすのに混ざり、ごとりごとりと鈍い音を立てて揺れるつり橋に目を凝らす。
白馬にまたがり黄金色の長髪をきらめかせる少女。その前方を護る鎧姿の騎士のかたわらに、やはり、見つけた。

アイ……」

僕のつぶやきが聞こえるはずもない。そのはずなのに、彼女はまるで声が届いたかのように、ふいに僕を見上げ、安堵したような笑みを浮かべた。

(2022.06.07)

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