天翔ける:本編

27. 城への進攻

ハイラル全土の兵力がハイラル平原に集結し、ついに厄災と対峙するときが来た。
城の周辺にはこれまで以上の強敵が待ち構えていたが、一人ひとりの力を合わせることで突破口が見えてきた。

しかし、気を緩めるのはまだ早かった。
四神獣の繰り手たちが神獣から照射した光線はガノンに多大なるダメージを負わせたかに思えたが、時悪しく、赤き月の刻を迎えてしまい、ガノンの魔力により打ち倒したばかりの魔物が怨念として地から這い出てきたのだ。
神獣はガノンへの猛攻撃で全力を尽くしてしまったため、力の回復にしばらく時間がかかる……。

「敵もなかなかしぶといね……。けど、最後に勝つのは僕たちだよ」

苦境に立たされてもなお大様な姿勢を崩さない彼に感化され、私も心を強く保っていられる。

「リーバル、行きましょう!」

「ああ!」

かがんだリーバルの背にしがみつき、互いに目配せをする。
メドーから飛び立った彼の首に片腕を回し振り落とされないように気をつけながら、胸元の女神像をぎゅっと握り締める。

女神様。
どうか、ハイラルが平和を取り戻せるように、私たちを見守っていてください。
どうか、彼やみんなが無事でありますように。

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「ここまで来たか……忌々しい奴らめ!!」

城門をくぐり開けた場所へ向かうと、すでに占い師アストルが上空で待ち構えていた。
アストルはまがまがしい光を放つ天球儀を左手に携え、激しい憎悪をその目に称えている。
その鋭い眼光を放つ目には、すでに正気は残されていない。

「その姿……!」

その背後に控えるようにたゆたうものに、ゼルダは驚愕の表情を浮かべ、足元の白いガーディアンを見比べる。

「なるほど……道理でそいつと見誤るわけだ。
まさか同じ型のガーディアンがもう一体いたとはねえ」

苦々しく笑みを浮かべるリーバルの言葉に、そうか、と合点がいった。
リトの村を魔物の軍勢が襲った際、白いガーディアンと酷似したガーディアンを見たと彼は言っていた。あれがそのときのガーディアンだろう。

ガーディアンはまがまがしいもやをまといながら、何の感情も持たない赤い目を光らせこちらを注視している。
突如、その頭部が開かれ、その小さな体は四肢を持ついびつな姿へと変貌した。

「私が貴様らを消す!……それが運命さだめだ!!」

そう言い残し、アストルは姿を消した。おそらく、城内に向かったはずだ。

「すぐに追いましょう!」

一斉に掛け声を上げ、駆け出す。

城の廊下を駆け抜け、本丸へと急ぐ。
城内はすでに魔物が蹂躙し、壁や床の至るところが崩れ、剥がれ落ちてしまっている。

きっと、私が過ごした部屋や、リーバルやみんなとの思い出の場所も……。
ふと、城の窓からガゼボの屋根が垣間見えた。

いや……大丈夫。きっと取り戻せる……!

本丸の入り口にたどり着くと、すでに臨戦態勢に入ったアストルが立ちふさがる。
一斉に武器を手に構え、アストルを囲む。

アストルはすかさず左手の天球儀をかかげ、右手を振りかざした。

「厄災ガノンよ!今すぐにこやつらを食らい尽……」

しかし、その言葉は最後までつむがれることはなかった。
彼の視線がゆっくりと右手に注がれる。

振りかざした右手は、すでに黒いもやに飲み込まれつつあった。
どろどろと粘度の高いもやが彼の腕を伝い、顔を覆い、呪いのように伝染していく。

このままではまずい……!

「おい、アイ!何して……」

リーバルが引き留めようと肩にかけた手を振り払い、前に走り出る。

両手を胸の前で組み深く息を吸い込む。
固く目を閉じ、音色をつむぐ。

私の両手が、リーバルを救ったときのように淡い光を放つ。
その光は、ゆっくりとねじれながらアストルの元へと向かっていく。

お願い。どうか、間に合って……!

彼の体が今にも飲まれ、その目から光が失われようとしたとき、光は到達した。
光はアストルの体を巻き取り、黒いもやから引きはがそうとする。

彼の体から洗い流した絵の具のように徐々にもやがはがれ、光の渦がその身を私の足元まで舞い下ろした。

息を吹き返したアストルは地面に伏したまま荒々しく呼吸を繰り返していたが、現状を受け入れるのが困難なのか、懐疑と困惑に満ちた眼差しで私を見上げている。

「お前が……私を……?」

私は何と言葉をかけて良いかわからず、ただただその視線を受け入れることしかできない。

「捕らえよ!!」

ハイラル王の命により進み出た兵がアストルの両脇を抱える。

「待ってください!」

アストルの前に立ったハイラル王は、肩越しに私を振り返る。

「この人を、どうなさるおつもりですか」

ハイラル王は目を閉じると、その眉間に深くしわを寄せ、重々しくつぶやいた。

「……審問ののち、刑に処することになるだろう」

「その人がガノンに心を取り込まれているのだとしてもですか!?」

その場がざわつくのを、ゼルダが無言で制する。

「どういう意味だい?」

厳しい眼差しを向けてくるリーバルの心に訴えかけるように、しっかりと目を合わせる。

「私の推測が誤りでなければ、額に埋め込まれた赤い眼球……これこそが、この人の心を支配している元凶なのでは、と」

「根拠がないだろう」

こんな一刻を争うときに、何を言うのだとみんなが思っているだろう。
けれど、私はここでくじけるわけにはいかない。
アストルのためでも、みんなのためでもない。自分が後悔しないために。

「私の故郷の言葉に、”敵に塩を送る”という言葉があります。敵の窮地につけ込むのではなく、敵を窮地から救うという先人の粋な計らいです。
ゼルダ様は、それを自らの意思で行い、歴史上長らく仇敵であったはずのイーガ団の悪行をお赦しになられました。
ならば同様に、この男にも慈悲を与えるのが筋ではないのですか」

アイ……」

見開かれたゼルダの目が、私の言葉を真摯に受け止めてくれたように感じ、一つうなずく。
しかし、背後からは喉に含むような嘲笑が聞こえてくる。
足元を振り返ると、アストルが小ばかにするような目で私をにらみ据えていた。

「ククク……この私が、ガノンに操られているだと?ばかばかしい。
そのように安易な希望を含んだ考えしかできぬゆえに、その身を汚される羽目になったのではないか」

憤りをあらわにしたリーバルが一歩進み出ようとしたのを手で制し、息を吐き出す。

「私の推論が正しいかどうかなんて、確かめればすぐにわかること。
あなたの運命さだめ……ここで断ち切ってみせます」

目を見開いたアストルを尻目に、かたわらで業を煮やすリーバルに声をかける。

「リーバル。お願いがあります」

「……何だい」

彼に向き直ると、なおもアストルに向けていた怒りを少し収め、ようやく私に見向いてくれた。
私はおもむろにアストルの額を指さす。

「あの目を、狙えますか」

リーバルはふん、と呆れたように鼻を鳴らしたが、私の言葉を聞き入れ弓を手にした。
彼に場所を譲るように、ハイラル王やアストルを取り囲んでいた兵が後ろに下がる。

アストルの正面に立ったリーバルは、彼から視線を外すことなく、矢筒から一本矢を取り出すと弓を構えた。
にらみを利かせ、矢をつがえる。

「言っておくけど、僕はこいつに恨みはあっても同情心は欠片もない。
額の目を貫くことで奴の脳天に達しても知らないよ」

「リーバルは、そんな無慈悲なことしません。あなたが戦場で、倒した方一人ひとりに黙祷を捧げているのをこの目で見てきましたから」

「おい!余計なこと言うんじゃないよ」

そうだ。彼は、口は悪いけれど、それは心根の優しさを隠すためでもある。
この場においても、彼ならきっと私を信じてくれているはずだ。だったら……

「私も信じています、あなたのこと」

リーバルは、目を見開くと、呆れたようにため息をつき、笑った。

「おいおい……ここでそのセリフはさすがにずるいんじゃないの?」

しかし、その翡翠はすぐに眼孔を尖らせた。

「ま、いろいろ思うことはあるけど、どの道あいつの額にはいつか矢を打ちこみたいと思ってたんだ。このときをどれだけ待ちわびたことか」

オオワシの弓を握る彼の手に、力が込められる。
一本の弓が、ゆっくりと引き絞られ、弦が張り詰める。

「動くなよ!」

放たれた矢は、真っすぐにアストルの額の眼球を貫いた。

けたたましい叫びとともにアストルの口が大きく開かれ、体内からおびただしいほどのもやが噴出する。
そのもやは上空で渦を巻きながら一つの大きなかたまりとなり、本丸の正面にそびえるガノンに憑依されたガーディアンと融合した。
それにより気を失ったアストルの体は支えを失って崩れ、両脇に抱えられながら兵士たちに連れて行かれた。

「どうやら君の推測は正しい可能性があるね、アイ
まったく、どこまでお人好しなんだか」

「ええ。けど、一つ問題が……」

私の懸念は的中した。
アストルの力を取り込んだガーディアンは、おどろおどろしい光を発し始め、立ち昇らせた光は増大し天を貫いた。
その光が収束したとき、赤黒い炎に巻かれるようにしてそいつは姿を現した。

「厄災ガノン……!」

厄災ガノンの身から出でる怨念の炎は、火の粉を散らすように宙を舞い、白いガーディアンに直撃した。
その途端、白のガーディアンは痙攣するようにカタカタと震えながらその目を点滅させ始めた。

「ゼルダ様、危ない!!」

私の声が届く間もなく、ゼルダに向けて光線が放れる。
間一髪だった。いち早く察知したリンクが、瞬時に盾となり何とか防ぐ。

アイ、離れろ!!」

リーバルに腕を掴まれ、後ろに後退させられる。
何が起こったかわからない。

いつもゼルダに付き従い、彼女がひどく落ち込んでいるときには子守唄を歌って励まし、彼女を守ろうと身を盾にし、何だかんだでみんなに可愛がられて。
優しい澄んだ青色を湛えていたその目は、すでに赤く濁っていた。

小さな頭部がカシャンと機械的な音を立てて開かれる。
その両手に、それまで一度も手にしたことのなかった小刀と大剣が握られたとき、リンクは覚悟を決めたように剣を抜いた。

「リンク、待って!!」

私はふたたび両手を組んでアストルを助けたときと同じように歌を歌った。
もう現れた光が渦を巻いてガーディアンに向かっていく。

その間にも、リンクとガーディアンは互いの剣を交え続けている。

アイ!!」

ガーディアンが放つビームがこちらに向けて放たれた瞬間、私の肩が強い力で掴まれ、体が宙に浮いた。
肩に食い込む鉤爪に顔が痛みに歪む。

見上げると、足の隙間からリーバルが羽ばたくのが見えた。
彼の顔に焦燥と諦めが滲むのを目の当たりにし、私は首を振って目下の光景に目を落とす。

リンクが跳ね返したビームが、ガーディアンの体に直撃した。
ガーディアンは自身が放ったビームの灼熱に巻かれ、身を焦がしながら地面を転がり、やがて静止した。

それを見届けたリーバルは、そっと地面に降り立ち、リンクたちに歩み寄ろうとした私を後ろから抱き締めた。

「どうして……どうして止めたの!?」

彼の腕からもがいて逃れようとするが、リーバルは腕の力を緩めない。

「ごめん……!」

低くささやいた彼の声が震えているのに気づき、私はそれ以上咎めることができなかった。

ゼルダは、火の粉から顔を背けつつそっとそばに寄る。
岩場から滑り落ちたガーディアンの朽ち果てた姿に、その眉が嘆きに歪められる。
悲哀に満ちたその顔に胸をかきむしられ、思わず顔を背けた。

ゼルダはガーディアンの前に膝をついた。
彼女の目からこぼれた雫が、ガーディアンの単眼に落ち、その目が淡い青を取り戻す。
微かに光るその目に、彼女は止めどなく涙をあふれさせ、見るに堪えずリーバルにしがみつく。
彼は何も言わず強く肩を抱き、痛みを堪えるように固く目を閉じた。

途切れとぎれに紡がれるメロディーに耳を傾けていたゼルダは、はっと目を見開くと、思い出したようにその名をつむいだ。

「テラコ……」

しかし、単眼の淡い輝きはすでに失われている。

眠るように光を失ったその目を見つめながら、細い指が煤けた体をそっとなぜる。
その手が怒りに打ち震え、こぶしが固められたとき、彼女はおもむろに立ち上がった。

「厄災ガノン……
このハイラルのため。傷つきたおれた者のため。
そして未来のため!ここで必ず打ち倒します!!」

ゼルダが掲げた手の甲に三つの三角が浮かび上がった。
手のひらからまばゆい光が噴出し、厄災ガノンの怨念の炎を包み込む。

しかし、ガノンの猛威はその光をも退けんとし、踏みしめたゼルダの足が地面を擦る。

「私が……みんなを……!」

その瞳から涙がこぼれたとき。彼女のかたわらを、白い体が過ぎた。

テラコは、最後の力を振り絞ってその身を投げうち、ガノンに飛び込んだ。

激しい爆発の衝撃から庇うように、リーバルに抱きすくめられる。
私も彼の身をかばい、その背をきつく抱きしめた。

爆発が収まり、リーバルから身を離して顔を上げると、ゼルダが地面に這いつくばっていた。

「ゼルダ!!」

どうにか爆発に巻き込まれずに済んだようだ。
彼女は身を起こし、こちらを振り返ると微かに微笑んだ。

地面に這いつくばるゼルダの手元に、一本のねじが転がる。
それを拾い上げ、強く握りしめると、よろめきながら立ち上がった。

テラコの一撃により深手を負ったガノンは、身動きが取れないのかうつむいたまま荒々しく息を吐いている。

「……行きましょう。この戦いに、終止符を!」

リンクが高く飛び上がり、厄災ガノンの体を両断した。

地に降り立ち跪くと、ゼルダに目配せをする。

ゼルダはそれに応えるように力強くうなずくと、リンクが切り開いた裂け目に、黄金に輝く右手をかざした。

(2021.5.6)

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