天翔ける:本編

1. 豪雪に閉ざされた地

ゼルダに旅への同行を求められたいきさつをポストハウスの主人に説明したところ、私の身の安全を酷く心配されたが、行きたいのなら行きなさいと優しくそう言われた。

そして、驚いたことに、私の力のことを知っていたと告げられた。
ご主人がポストハウス内の倉庫を整理していたとき、長年使っていた脚立が壊れ、血が出るほどのけがをしたことがあったらしく。
そのときにたまたま休憩に入っていた私が、上階でアコーディオンを弾いており、身動きが取れないままその音色に耳を傾けているうちに、気づいたらけがが治っていたのだという。

「その力は間違いない、自信を持ちなさい」

部屋は誰にも貸さずそのままにしておくから城下町に帰ってきたときはいつでも使いなさいとまで言われた私は、兵士が来たことで人だかりができていたポストハウスのなかでしゃくりあげて泣いた。
たった数か月、されど数か月。
こんなに良くしてもらったことは、覚えている限り前世の記憶にはなかった。

今度は、私が誰かを助ける番だ。

覚悟を決め、使いの兵士に返事を言づけたのは一週間前のことだ。

今日向かう予定のヘブラはこのところ天候が不安定らしく、降雪が続いているとのこと。
ネックウォーマーで口元を覆い、いつものようにフードをかぶると、厚手のコートを羽織り、そのフードをさらにフードの上からかぶる。
どのくらいの寒さかはわからないが、ここまで着込んでいれば大丈夫だろう。

替えの服や衛生用品など生活に必要なものとトラヴェルソを詰め終えたショルダーバッグを肩にかけると、アコーディオンの入ったリュックを背負う。
旅の道中持ち運びしやすいようにとポストハウスのご主人が持て余していたものをくれたのだ。
彼には感謝してもしきれないほどの恩がある。
それに報いるためにも、私はこの旅で役に立たなくては。

もう一度決心を固め、集合場所の正門へ急ぐ。

正門には、すでに王家の一行が待っていた。

ゼルダ、リンク、白いロボット、側付きの兵が二人。
そしてもう一人、白く長い髪の和装のような恰好をした女性がゼルダの側に控えている。

ゼルダは私の姿を見つけると、顔をほころばせた。
フードだけでなく今回はネックウォーマーまでして顔はほとんど見えないはずなのに、よく私だとわかったものだ。
白いロボットがゼルダの足元でこちらに向かって何か高い音を発している。

「……アイ!来てくれてありがとう。よく引き受けてくれましたね」

「ゼルダ様、皆さん、おはようございます。
申し訳ありません。待ち合わせに間に合うように早めに出たつもりでしたが、遅かったでしょうか……?」

「いいえ、我々も今来たところですから。……防寒はばっちりですね」

見れば、ゼルダたちはまだ防寒着を着込んでいない。まだ早すぎたか。
クスクスと笑うゼルダに少し気恥ずかしくなるが、すぐに寒くなるから今のうちに着込んでおくのは得策だとフォローされる。

ゼルダの側に控えていた和装の女性が進み出る。

「姫様、その方がアイ様ですか?」

「ええ。アイ、彼女はインパ。ハイラル城の執政補佐官です」

「初めまして、インパ様。
この度、ヒーラーとして同行させていただくことになったアイです」

「これはご丁寧に!ですが、私のことはインパ、とお呼びください。
よろしくお願いします、アイ様!」

インパは私やゼルダよりも上背があるが、まだ幼さの残る印象だ。
はきはきと挨拶を返され、笑みがこぼれる。

アイには本日の目的をお話していませんでしたね。
……これから、リトの村のリーバルという戦士に会いに行きます。
来たる厄災の復活に備え、彼には古代の遺物……神獣の繰り手になっていただきたいのです」

ハイラル城が厄災復活に備えているといううわさは城下でもまことしやかにささやかれていたが、まさか本当だったとは。
今更ながら自分の置かれている立場が想像以上に重要なものであることに気づき、責任の重大さを感じるとともに、自分にこの役目が務まるか不安になる。

アイは、実践の経験がないのですよね。
道中敵襲に遭うことが予想されます。兵のそばを絶対に離れないでください」

「……はい!」

ヘブラまでの道のりは長く、普段歩き慣れていない私やゼルダは雪道に差し掛かるころには疲れが出始めていた。
それに加え天候が傾き、あたりはたちまち猛吹雪に見舞われ、やむなく進行を一度止めることになった。
幸いにも近くに馬宿があったため、そこで一時休憩がてら吹雪をしのぐことにした。

「周囲を確認してきます。……姫様はこちらでお待ちください」

リンクは淡々とそう告げゼルダをほかの兵に任せると、白いロボットを引き連れて吹雪のなかに消えていった。

「彼、一人で大丈夫でしょうか……」

鞄から取り出したトラヴェルソを手入れしながら、そうつぶやくと、ゼルダとインパは顔を見合わせて微笑んだ。

「彼はとても優秀な騎士なので、大丈夫ですよ!
それに、彼にはガーディアンがついていきましたから」

自信満々なインパにゼルダはクスクスとおかしそうに笑う。
あの白いロボットは、ガーディアンというのか。

「私、ロボットなんて初めて見ました」

「ロボット……?」

ゼルダの頭に疑問符が浮かんでいるのを見て、しまった!と思い、慌てて言葉を添える。

「ポ、ポストハウスでは、ガーディアンのことを隠語でロボットと呼ぶんです!」

「そうなのですか。業界用語というものかしら」

何とか誤魔化せたらしい。
ほっと一息ついたとき、馬宿の外から突如大きな破裂音が聞こえ、皆一様に顔を上げる。

あちらはリンクとガーディアンが向かった方向ではなかったか?
なぜか、胸騒ぎがする。

「今の音は……?」

「……私、見てきます!」

ゼルダの止める声も聞かず、私はトラヴェルソを握ったまま馬宿を飛び出していた。

吹雪のなか目を凝らしながら進んでいくと、木の板を打ち付けたようなアーチのようなものとつり橋が微かに見えた。
つり橋の先に、塔のようにそびえる奇岩。岩に巻き付くようにしてらせん状の階段ややぐらが複数見える。
あれがリトの村だろうか。

つり橋の手前に雪が煙のように巻き上がっているところがあり、そのなかにリンクとガーディアンを見つける。

彼らはあたりをキョロキョロとせわしなく見まわし、剣を振るっている。
もうもうと立ち込める雪のなかに、時折一瞬だけ黒い影が見え、どうやらその影と戦っているようだ。

私が手出しをしても邪魔にしかならないかもしれない。
けれど、何としてでも止めなくてはならないような気がした。

できる限りそばまで近づくと、咄嗟にトラヴェルソを構え、頭に浮かんだメロディーを奏でた。

どうやら、曲に込めた私の想念が届いたようだ。

徐々に雪煙が晴れ、彼らの様子があらわになる。
リンクとガーディアンが一点を見つめたまま静止しており、その視線の先に、鳥のような外見の人外の何者かが宙に浮いたまま静止しているのが見えた。

その鳥人が手にしているものが弓だとわかり、彼らを遮るように両手を広げて立った。

「だめ!!!」

私の大声を機に、時間が再び進み始めた。
静止していた彼らも息を吹き返したように動き始める。

「チッ……!!」

弓を構えていた鳥人はどこからともなく現れた私にひどく驚いた様子を見せ、低くうめくと弓の軌道をずらした。
しかし咄嗟のことに歯止めがきかなかったらしく、放たれた矢は私の顔の真横を掠めて背後の雪に刺さった。
九死に一生を得て、ぞわりと鳥肌が立つ。

リンクは振るいかけていた剣をすんでのところで止め、鞘に納めた。

鳥人は空中で器用に体勢を立て直すと、ドサッと地面に降り立つなりこちらにずかずかと歩み寄ってきた。

「君は正気か!?
急に戦闘に割り込んでくるなんてどうかしてるんじゃないの!!」

男の人、だろうか。リンクよりも低く澄んだ声に驚く。
というか鳥なのに人語を話せるのか。……いやいや、感心している場合ではない。
その鋭いくちばしで突き刺されるのかと思うほどの勢いで詰め寄られ、そのあまりに迫力のある剣幕にたじろぐ。

「争っているようだったので、つい……」

「つい、じゃないだろ!死にたいのかい!?」

「すみません……」

冷静に返したつもりがなおも畳みかけられ、小さく謝った。

尻込みしてうつむいていると、ぐいっと後ろに押しやられる。
見上げると、リンクが再び鳥人と対峙していた。
冷静に彼を見据えるリンクに対し、鳥人はリンクを忌々しげににらみ返している。

これはまずい。二回戦が勃発するのでは……。
寒いはずなのに、嫌な汗が背中を伝う。

どうにか場を収めなきゃ。
トラヴェルソを握る手に力を込めたときだった。

「待ってください!」

振り返ると、私を追ってきたゼルダたちが息を切らして立っていた。

「ゼルダ様!」

ゼルダは足早に私のそばにやってくると、私の肩を掴んで体を確認した。
張り詰めさせていた表情に安堵の色が浮かぶ。

「良かった……。いきなり飛び出していくので驚きました。
けがはないようですね」

私の肩越しにリンクらを見やると、今度はそちらに歩み寄る。

「二人とも、どうか武器を収めてください。いったい何があったというのですか」

「その姿……君はハイラルの姫だね。うわさには聞いていたよ。
じゃあ、こいつは君のお付きの騎士ってわけ」

「はい、ゼルダと申します。
こちらはリンク、執政補佐官のインパ、ヒーラーのアイです」

リンクは鞘に剣を収めると、ゼルダに一礼し、すっと彼女のかたわらに控えた。

「先ほどの弓使い……あなたがリト族一の弓の使い手と名高いリーバルですね」

リーバルと呼ばれた鳥人は、ようやくこちらの話に耳を傾ける気になったらしく、つがえるつもりで手にしていたであろう矢束を矢筒にしまうと、弓を背負い直した。
気取った様子で後ろ手を組み、小首をかしげながらうやうやしく胸元に翼ーーもとい、手を宛がった。

「いかにも、この僕がリーバルだ」

いちいち所作が澄まし込んでるな……と思わず食い入るように見つめていたせいか、じろりとにらみ下ろされる。
翡翠ひすいの瞳がより切れ長に細められ、その鋭い瞳孔とばっちり目が合う前に顔をうつむかせた。

「我々はあなたに用向きでうかがったのです。
どうか一度、話し合いの場を設けていただけませんか」

リーバルと呼ばれた鳥人は、こちらに背を向け後ろ手を組むと、肩越しに姫を見向きながらこう言った。

「……いいだろう。
ただし、今リトの村は魔物の襲来に備えて封鎖中だ。
猛吹雪のなか立ち話もなんだし、ヘブラ山脈登山口手前の突き当たりにある飛行訓練場まで来なよ」

ここから道なりに行けばすぐだ。リーバルはそう言い残し、翼を広げて飛び立っていった。
先に向かっている、ということだろう。

大翼を広げて雪のなかに溶け込む姿に見とれていると、後ろから肩を叩かれた。
驚きつつ振り返ると、リンクが私に何かを差し出していた。彼が手にしているものに、思わずぎょっとする。

「げっ!!」

先ほどリーバルが放った矢は私の顔には辛うじて当たらなかった。
しかし、残念ながら髪は打ち抜いてしまったらしい。

「うそでしょ……」

リンクにしては珍しく同情の眼差しで髪の束を見つめている。
片方だけ不ぞろいな横髪を指先でつまみ、その情けない見栄えに思わず大きなため息を漏らし肩を落とした。

(2021.3.7)

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