夕刻。先に女性陣が風呂に向かい、僕やリンク、ダルケルは数名の兵士とともに周囲を見張った。
ミファーは熱い湯に浸かることができないとのことで、女兵士の付き添いで近くの水場に行っていたそうだ。
高台から周囲を見渡していると、秘湯の奥の滝のあたりから談笑の声が聞こえてきた。
聞き耳をそばだててみると、どうやら恋愛話のようだった。
“リーバルに恋してるんだろう?”
ウルボザが僕のことをあの子に問い詰めているのがはっきりと聞こえ、ひどく動揺した。
“……私の、一方的な片想いです”
とあの子の気弱な返しが聞こえ、気落ちさせている原因が僕にあることに胸がちくりと痛んだ。
……きっぱりと断ったわけでもないのに。
彼女から好意を向けられることに関しては……嫌じゃない。
互いの立場や状況を取り除けば、女性として十分魅力的だと思う。
ただ、本人も懸念する通り、僕はリトで彼女は人間だ。
種族の壁を越えて恋愛するのは難しいだろう。
本来なら恋愛感情が芽生えるのはおかしいのかもしれない。けど……
先に温泉から上がったあの子が脱衣所の付近で何やら探し物をしていた。
さては湯のなかに何か落としたなと思い、仕方なく手伝ってやろうとしたが、すんでのところで思いとどまった。
布一枚を巻いただけのところに僕が行けば、いらぬ恥をかかせることになるだろう。誤解を与えたくもない。
だというのにだ。目を反らそうとした矢先に彼女が湯に足を取られて転びそうになり、思わず助けに飛び出してしまった。
最悪なことに、僕も足を滑らせ一緒に転ぶ羽目になった。
あと少し受け身を取るのが遅れていれば、彼女の唇に、僕のくちばしが触れるところだった。
彼女の吐く白い息が僕のくちばしにふわりと吹きかかるたびに、鼓動が早くなっていくのを感じた。
だが、キスしてしまいたい、などとあってはならないことが浮かんだのは、あの状況や彼女のはだけた姿のせいだ。単なる気の迷いだと思いたい。
ウルボザや姫には変な誤解を持たれそうになってしまったが、あのまま二人が来なければ、僕は……。
頭を冷やすためにしばらくキャンプを離れてみたが、どれだけ思考を振り払ってもあの子のことを意識してしまって、結局食事はほとんど喉を通らなかった。
(2021.7.13)