リーバルに飛行訓練場に連れられた私は、雪がしんしんと降りしきるなか、弓の特訓を始めた。
彼は私に構え方の基本を教えると、やぐらの外の岩壁に立てかけるようにして数枚の的を並べた。
「しばらくその的で練習するといいよ。
僕はあっちで練習してるから、何かあったら呼ぶんだ」
そう言い残すと、さっさと上昇気流に乗って練習を始めてしまった。
下から吹き上げる気流にうまく乗りながら、次々にバクダン矢を放っていく。
バクダンの破裂する音が聞こえてくる場所から、彼の位置が次々に移動していることだけはわかり、そのスピードに圧倒される。
雪で彼の姿がぼんやりとしか見られないのが残念だ。
大迫力の光景にすっかり気を取られて見入っていたが、かぶりを振ると、私も目の前の的に一点集中する。
「こ、こう、かな……?」
背中に背負った矢筒から矢を一本取り出し、弓につがえると、弦を引き、的に向かって矢を放つ。
初心者がそう簡単に飛ばせるわけがないと思っていた。
しかし、的にこそ当たりはしなかったものの、矢は予想外にもそのとなりの岩壁まで飛び、カン!と子気味の良い音を立てて雪の上に落ちた。
「うそ……飛んだ!」
「へえ、やるじゃないか」
いつの間にか私の背後で羽ばたいていたリーバルが、感心したようにそう言いながら降りて来た。
まさか見られているとは思わず、恥ずかしくなって的に向き直る。
すると、背後から彼が私の両腕を支えるように掴んで、腕の位置を調整しはじめた。
冷たい空気に、彼の白い吐息が吐き出され、私の頬にかかる。
的に集中していた意識が、すぐ隣にある彼の顔に取られてしまいそうになるが、慌てて的に視線を戻す。
「もっとこう……そう、この位置から放ってみなよ」
リーバルは私から手を離すと、私が弓を引きやすいように数歩後ろにはなれた。
先ほどの彼の温かい吐息がまだ頬に生々しく残っていて、そればかりが脳内を侵食している。
せっかく彼が腕の位置を調整してくれたが、私はまともに弓を引けず、矢は的と私のあいだの地面に落下してしまった。
「はあ……しっかりしなよ」
そう言って再び彼が私の腕を掴もうとしてくるので、とっさに身を離す。
私の行動に彼は何かを悟ったらしく、「ふうん」とほほ笑むと、顔をずいっと近づけてきた。
「何照れてるのさ?」
「て、照れてないってば!」
そう言って顔を反らしてから、あからさま照れていますと言わんばかりの言動だと自分でも気づいたが、リーバルがなおも顔をのぞき込もうとしてくるので、思わず手近な雪を掴んで彼に放り投げてしまった。
「うおっ……!
ちょっと、いきなり何するんだい!」
リーバルは怒りながら、胸に当たった雪を手で払っている。
急に驚かされたことがよほど気に食わなかったらしく、彼は地面の雪をかきあつめると、その雪のかたまりをこちらに放り投げてきた。
「わっ!」
彼の投げた雪は、避ける間もなく私の顔面にぶち当たった。
彼は雪にまみれた私の顔を見て豪快に笑いながら、再び羽ばたいた。
「この僕に不意打ちで雪を当てられたご褒美だよ。
ま、せいぜい的にも当てられるよう練習することだね!」
そして、声高に笑いながら弓の鍛錬に舞い戻っていった。
優しいのか、意地悪なのか……。
悔しさを滲ませ顔についた雪を手で払いながらも、彼との距離が少し縮まったような気がして、私の胸はほっこりと温まっているのを感じていた。
終わり
(2021.3.7)