アイを背負って飛行訓練場にやってきた。
昨日背負ったときはあんなに暴れていたが、今回はあらかじめ縄を用意して僕とアイの体を縛ったおかげか、飛んでいるあいだ大人しく僕の肩にしがみついていた。
それとも、よほど怖いのだろうか…?
彼女があまりに静かなもんだから、しきりに背後を気にした。
無事訓練場につき、縄をほどいてからも、彼女は虚ろな顔をして、僕の呼びかけに応じようともしない。
「ーーおい!聞いてるのか!?」
内心舌打ちをし、少し語気を荒げてしまった。
アイはようやく僕の声が届いたというように視線を合わせ、うろたえた。
「ご、ごめん!ぼーっとしてた。何?」
「やれやれ……」
肩をすくめると、飛行場に常備してある弓と矢を一具差し出す。
「僕の練習を見てるだけと言うのも退屈だろ。
せっかくここまで来たんだし、君も試しに引いてみなよ」
「えっ、でも、弓なんてどうやって…」
「なんだ、君、弓も使ったことがないのかい?」
「弓も剣も握ったことがないよ」
驚いた。農家でさえ狩りのために弓を握るというのに、彼女はそれを一度も手にしたことがないというのか。
僕は嘴を指で挟みながらうなった。
「言われてみれば、君はひと月前のあのときも武器を持ってなかった。
じゃあ、どうやってヘブラまで…」
僕はそこまで言いかけて、思い立ったようにアイを見た。
そうだ、昨晩気になっていたことを尋ねるいい機会だ。
「……アイ、耳を見せてくれるかい?」
「えっ!な、何、急に」
「いいから。見せなよ」
アイが僕から距離を取ろうとしたため、すかさずアイの髪に手を伸ばした。
……さらりとして手触りが良いと思ったことは胸中に秘めておこう。
「君の耳、尖ってないよね」
アイは僕の言葉に、目を見開いた。
「……『ハイリア人の耳が尖っているのは、神の声を聞くため』っていう伝承を耳にしたことがある。
だが、君の耳は角がなく、丸い形状だ。
君は、本当にハイラルの人間なのか……?」
僕の問いかけに、アイの瞳が揺らぐ。
だが、核心に迫っても彼女に思い当たることはどうやらないようで、困惑した表情を浮かべるだけだった。
僕はアイの髪から手をどけると、背を向け、天に手をかざす。
「ま、君がどこの誰だろうと、僕には関係のないことだ。
どうせ、思い出したらすぐにでも帰るんだろう?」
我ながら、記憶を失っている者にかけるには辛辣な物言いだと思う。
だが、”いつか”を考えると、自分でもなぜかはわからないが無性に苛立たしく、ああいった言葉しか出てこなかった。
肩越しにちらりと見た彼女の顔はうつむきがちで表情が読み取れないが、声が震えていて、涙をこらえているのに気づいてしまった。
「……帰る場所もわからないのに、帰るかどうかなんて、そんな簡単に決められないよ。
記憶を思い出したとして、帰れるのかどうかもわからないし……」
「もし記憶を思い出しても、帰りたくないと思ったなら」
僕はアイが言い終える前に食い気味にかぶせ、振り返った。
「そのときは、僕の家にいさせてやってもいいよ」
自分で言っておきながらだんだん気恥ずかしくなって、即座に顔を反らせる。
アイの様子が気にかかり、横目で様子をうかがう。
彼女の目には涙が浮かんでいる。
励ましのつもりで言ったのに、どうして泣くんだよ。
「さて、この話はいったんここまでだ。
まずは君に弓の持ち方を教えるところからだね」
僕は強引に話を打ち切ると、アイが抱えている弓を手からうばった。
彼女の素性はわからない。
最悪の場合、ハイラルに敵対する人物かもしれないし、脱獄囚の可能性だってある。
単に一般人を装っているだけという可能性も……。
大げさなようだが、今は全面的に信用すべきではないと思う。
それなのに。
なぜか、彼女の目からあふれる涙に、目が離せない。
(2021.2.17)