リーバルの背に乗せられ、私は飛行訓練場なるところに連れてこられた。
昨日は心の準備ができる前に飛ばれて発狂しそうになったが、その件の反省を踏まえてか、今日の彼は背中に私がおぶさると、縄で自身と私の胴体をきつく縛り、「今から飛ぶよ?いいね?」と念を押すように確認してきた。
恐怖の割合が多くを占めていたが、胸の高鳴りはそれだけではなかった。
起きてすぐ、リーバルに破廉恥な言動で散々からかわれたせいか、おぶさることに少し抵抗があった。
おぶさるということは、彼と密着しなければならないというわけで、否が応でもあごに添えられた手の温度がありありと思いだされた。
おかげで叫ぶのも忘れていたため、彼からはかえって度々心配の眼差しを向けられた。
「ーーおい!聞いてるのか!?」
リーバルの少し苛立ったような声に思考を引き戻される。
そうだ、飛行訓練場にはとっくに着いていたのだった。
私を下ろし弓と矢の準備に入っていたリーバルが、豪風に負けじと大きな声で何かを言っていたが、妄想にふけっていた私は無意識に空返事で応えていたため内容をさっぱり思い出せない。
「ご、ごめん!ぼーっとしてた。何?」
リーバルは「やれやれ……」と肩をすくめ、弓と矢を一具渡してきた。
「僕の練習を見てるだけと言うのも退屈だろ。
せっかくここまで来たんだし、君も試しに引いてみなよ」
「えっ、でも、弓なんてどうやって…」
「なんだ、君、弓も使ったことがないのかい?」
弓はおろか剣すら握ったことがないというと、彼は考え込むように嘴を指で挟んだ。
「言われてみれば、君はひと月前のあのときも武器を持ってなかった。
じゃあ、どうやってヘブラまで…」
リーバルはそこまで言いかけて、思い立ったように私を見た。
「……アイ、耳を見せてくれるかい?」
「えっ!な、何、急に」
「いいから。見せなよ」
言い終える前にリーバルの手がすかさず私の髪に伸ばされる。
彼は私の髪をすくいあげると、神妙な面持ちで耳を見据えた。
「君の耳、尖ってないよね」
言われて、はっと気づく。
「……『ハイリア人の耳が尖っているのは、神の声を聞くため』っていう伝承を耳にしたことがある。
だが、君の耳は角がなく、丸い形状だ。
君は、本当にハイラルの人間なのか……?」
リーバルの本質をとらえた疑問は、これまで思い至らなかったものだった。
思い返せば、馬宿でときどき私の顔を不思議そうに見てくる人はいたが、耳のことを指摘されたことがなかったため、彼らと私の耳の形状が違うことについて疑問に感じたことなど一度もなかったのだ。
耳のことだけでなく、私が目覚める前の状況を思い返してみても、おかしな点が多い。
人気のない森のなか、武器も持たずに傷だらけで倒れていた私。
……私は一体、何者で、どこから来たんだろう。
彼は私の髪から手をどけると、背を向けた。
陽に手を透かすようにかざしながら、もう片方の手は腰に添えている。
「ま、君がどこの誰だろうと、僕には関係のないことだ。
どうせ、思い出したらすぐにでも帰るんだろう?」
彼がそう思うのは当然だ。
そのはずなのに、その突き放すような物言いに胸が詰まる。
君のいるべき場所はここではない、と言われているようで。
私は目を伏せながら、返答に迷いつつ、ぽつりぽつりとつぶやく。
「……帰る場所もわからないのに、帰るかどうかなんて、そんな簡単に決められないよ。
記憶を思い出したとして、帰れるのかどうかもわからないし……」
「もし記憶を思い出しても、帰りたくないと思ったなら」
リーバルは私の言葉の途中で食い気味にかぶせ、こちらを振り返った。
「そのときは、僕の家にいさせてやってもいいよ」
その言葉に私ははっと彼を見る。
彼は即座に顔を反らせたが、ちらちらとこちらをうかがう目はどこか優し気で。
だんだんと目頭が熱くなってくるのを感じる。
やばい、泣きそう…。
「さて、この話はいったんここまでだ。
まずは君に弓の持ち方を教えるところからだね」
リーバルは一息つくと、私が抱えている弓を手に取った。
辛辣かと思えば、ときどき急にほしい言葉をかけてくれる。
出会って間もないし、彼は人間でもない。それなのに。
私は、彼に惹かれ始めている。
(2021.2.16)