アイは料理の手際がなかなか良かった。
マックスサーモンこそさばけはしなかったが、僕がマックスサーモンの下ごしらえを終えた途端、手慣れた様子で鍋の準備をし始めた。
時折道具の場所に悩む様子を見せてはしていたが、始めて使う調理場にしては、てきぱきしていたと思う。
高いところが苦手であったり、自信なさげな様子を見せたりするもんだから、正直なよなよした性格なのかと思っていた。
せっせと料理に集中する様子や、時折垣間見せる笑顔などを見ても、どうやらそうではなさそうだ。
シチューを冷ましつつ口に含みながら考え込んでいると、僕の斜め隣りに座ってきた彼女が突然両手を合わせた。
「いただきます」
聞きなれない言葉に、眉をひそめる。
「何だい、その……”イタダキマス”？って」
「えっ」
アイははっとしたように顔を上げて僕を見ると、あごに手を当ててうつむいた。
「記憶を失う以前の習慣だったのかな……」
本人も心当たりがないようで、想像通りの返答が返ってきた。
「……なんだか、神聖な儀式のようだね」
アイは驚いた顔をした。
自分でも何気なく浮かんだことを口にしただけだが、気恥ずかしさをかき消すように、浮かんだ言葉を続ける。
「食事ってさ、生きてくうえでは必要なことだし、当たり前のことのようだけど、命をいただくってことでもある。
そういう根本を忘れないっていうの？心構えのようなものが感じられて、僕は嫌いじゃない」
「……ありがとう」
アイは僕の言葉に、本当に嬉しそうに目尻を下げた。
柔和な笑みを向けられ、心臓が跳ねる。
それを悟られまいと「ふん」とそっぽを向き、シチューを食べることに専念することにした。
「あつっ！」
シチューがまだ熱いことを忘れてうっかりそのままかきこんでしまった。
アイに失敗を笑われ、羞恥心に火が付いた僕は思わずじろりと睨んだ。
「何じろじろ見てるの。さっさと食べなよ」
「ご、ごめんなさい」
怒気を含んでそういうと、アイはばっと顔を顔をうつむかせてシチューを口に運んだ。
「あ」と言いかけたが、遅かった。
「あつっ！」
アイも匙を冷ますのを忘れたようで、熱さをこらえるように手で口元を覆ってゆっくり咀嚼している。
目尻に浮かんだ涙がかわいい。
「ほうら、ね」
目を細めて口角を上げると、アイは照れるように頬を染めた。
その様子にまたドキリと心臓が跳ねる。
「……おいしい」
「だろ？
ここらでとれるマックスサーモンは格別なんだ」
マックスサーモンはもちろんおいしいが、アイの料理のセンスによるものが大きいと思う。食材の食感だけでなく、味の加減もいい。
自分で作ったシチューはこんなにおいしかっただろうか。
二杯目をつぎながら、そんなことを思っていると、ひんやりとした風が吹き、アイが身震いをした。
リト族は防寒着を着込むことがないため盲点だったが、アイの服装は人間がヘブラで過ごすにはあまりに薄着だ。
上着を持ってこなかったのか……？
「そうか、ハイリア人の体は保温性低いんだっけ」
僕は迷うことなく首に巻いていたベージュのスカーフを外すと、アイに渡した。
「さっさと巻きなよ。まったく……」
アイが受け取った後もなかなか巻こうとしないのでそう急かすと、おずおずとこんなことを言った。
「でも、あなたが寒そうよ」
「リト族の羽毛は保温効果が高いんだ。そうそう風邪なんて引かないよ」
「……ありがとう」
アイはスカーフをぎゅっと握りしめると、首に巻いた。
なかなか似合うじゃないか。なんて心の中で思っていたとき、突然、大粒の涙を流し始めた。
「おいおい、僕の厚意が泣くほどうれしかったのか？」
冗談めかしながらそう言ってはみたものの、内心気が気じゃない。
どうして泣いているんだ。
「ううん、大丈夫！
ほっとしたら、なんだか……涙が……」
僕の動揺が伝わってしまったのか、アイはあわてて涙をぬぐい、笑顔を浮かべる。
何か声をかけるべきだったのかもしれない。
けれど、先ほどから彼女が表情を一つ変えるごとに胸がざわついて、もう限界だった。
「……食べ終わったら、もう寝なよ。
僕は先に自宅に戻って寝床を用意しておく」
顔を背けながら、そう言い捨てると、食べ終えた器を流しで軽くすすぎ、調理場を後にした。
……やってしまった。
器の小さいやつだと思わせてしまったかもしれない。
散々あざける言葉を投げつけておいて今更かもしれないが、今のはやりすぎた。
だが、ああでもしなければ僕の心臓が持たなかった。
出会ったばかりの、しかもハイリア人の女に、どうしてこうも気持ちを揺さぶられる……？
（2021.2.11）