「いただきます」
ほかほかのシチューの前に手を合わせた私を、さっさとシチューを食べ始めていたリーバルは訝し気な顔で見る。
「何だい、その……”イタダキマス”?って」
「えっ」
言われてはっとする。
自分でも無意識に取った行動だったが、よくよく考えてみればなぜそんなことをしたのかわからない。
「記憶を失う以前の習慣だったのかな……」
「……なんだか、神聖な儀式のようだね」
またからかわれると思っていただけに、リーバルがそのような感想を持ったことに正直驚いた。
「食事ってさ、生きてくうえでは必要なことだし、当たり前のことのようだけど、命をいただくってことでもある。
そういう根本を忘れないっていうの?心構えのようなものが感じられて、僕は嫌いじゃない」
「……ありがとう」
自覚のないことではあったが、褒められたことがとても嬉しかった。
リーバルは「ふん」とそっぽを向いてしまったが、その仕草もなんだかかわいらしく見えた。
「あつっ!」
スプーンでかきこんだシチューがまだ熱かったらしく、リーバルが顔をしかめる。
思わずくすっと笑うと、じろりと睨まれる。
「何じろじろ見てるの。さっさと食べなよ」
「ご、ごめんなさい」
スプーンを手に取り、シチューを口に運ぶ。
「あつっ!」
口に入れたサーモンが想像以上に熱すぎて、手で口を覆いながらはふはふと冷ます。
そんな様子に、今度はリーバルも不敵な笑みをこぼす。
「ほうら、ね」
細められた目が艶美で、だんだん顔が熱くなっていくのを感じたが、温かいものを食べているせいだと自分に言い聞かせる。
「……おいしい」
「だろ?
ここらでとれるマックスサーモンは格別なんだ」
いつの間に食べ終えたのか、二杯目をおかわりしながらリーバルが言った。
そのとき、ひんやりとした風が肩をかすめ、ぶるっと身震いがした。
いくら長袖とはいえ、今の私の格好は寒冷地で過ごすにはあまりに不適切だ。
馬宿が温かかったせいか、ろくな上着も持っていない。
「そうか、ハイリア人の体は保温性低いんだっけ」
そういうと、リーバルは首に巻いていたベージュのスカーフをこちらに投げてよこした。
「さっさと巻きなよ。まったく……」
「でも、あなたが寒そうよ」
「リト族の羽毛は保温効果が高いんだ。そうそう風邪なんて引かないよ」
「……ありがとう」
どこまで親切なんだ。
ありがたみを噛みしめながらスカーフをぎゅっと握りしめ、首に巻く。
リーバルの温もりが残るスカーフは、シチューなんかよりもとても温かく、気づいたら涙があふれていた。
「おいおい、僕の厚意が泣くほどうれしかったのか?」
冗談めかしながらそういうリーバルだが、こちらを見る瞳が揺らいでいる。
「ううん、大丈夫!
ほっとしたら、なんだか……涙が……」
リーバルがあまりに困った顔をするもんだから、あわてて涙をぬぐい、笑顔を浮かべる。
「……食べ終わったら、もう寝なよ。
僕は先に自宅に戻って寝床を用意しておく」
言うが早いか、リーバルは食べ終えた器を流しで軽く洗うと、調理場を後にした。
そそくさと去って行く様子をあっけらかんと見届け、私は苦悶の表情を浮かべて頭を抱えた。
……やってしまった。
あれは絶対、すぐ泣く面倒な女だと思っただろうな……。
一つため息をこぼすと、すっかりぬるくなってしまったシチューを口に運んだ。
(2021.2.11)