来たる11時開催の祝賀パーティーを目前にして、ドレスコードに悩んでいた。
「ゼルダ様主催で祝杯をあげるってことは、やっぱりフォーマルだよね……」
元々自分が着用していたーーおそらく元いた世界から着てきたーーボロボロの服と、リトの村でリーバルがそろえてくれた服とを見比べ、血の気が引く。
これじゃ、ぽっと出の女がいきなり都会の交流会に私服で参加するようなものじゃ……。
それに、ゼルダ様や英傑の皆さんは長いお付き合いだとしても、私はほんの数日前に顔を合わせたばかりの初対面同然のよそ者。
絶対顰蹙を買うに決まってる……!
今からでもお断り申し上げようとゼルダの部屋に向かうべくドアノブに手をかけたのと同じくして、向こう側から扉が押し開かれた。
避ける間もなく、扉が私の額に激突した。
「痛……っ!!」
「ああっ、ごめんなさい!」
慌てふためきながら入ってきたのは、ちょうど訪ねようと思っていたゼルダ本人だった。
「ノックしたのですが、返答がなかったので……大丈夫ですか?」
じんじんと痛む額を抑えて俯いているとゼルダが酷く心配した様子で覗き込んできたので、大丈夫だと手で示す。
ゼルダの服装をちらりと見やると、青を基調としたドレスを身にまとっており、ああ、やっぱりフォーマルだと困惑する。
「ゼルダ様、その……実は、パーティーに着ていくようなドレスを持っていなくて……。
リーバルの知人とはいえほかの英傑の皆さんには先日初めてお目にかかったばかりでほとんど面識がないようなものですし、今回は辞退させていただけないかとお願いにあがろうと……」
なるべく失礼にならないよう言葉を選びながら丁重に断ると、ゼルダは困ったように笑み、手のなかの布を差し出してきた。
「そんなことを言わないで。
皆、あなたとの交流を望んでいます。
それに、衣装ならこちらで用意しましたから」
「え……?」
目を見張る私の目の前に、手に持っていた布が広げられる。
ゼルダが身にまとっているドレスと同じ真っ青な布で織られた、ロングワンピースだ。
胸元や袖、裾に細かな刺繍が施されているが、決して豪奢ではなく、洗練されたシンプルなデザインだ。
「アイを想って、心を込めて仕立てました。気に入っていただけたかしら……?」
差し出した手に、そっとかけられたワンピースに、胸がじんわりと熱くなっていく。
私は感激で声も出せず、こくこくと頷く。
ゼルダは目尻を下げ「良かった!」と顔をほころばせる。
「アイは背格好が私と同じくらいなので、寸法は私に合わせて作りました。
当日サプライズでお渡ししたくて密かに用意したのですが、もう少し早めにお見せしておくべきでしたね」
「いいえ!私、とっても嬉しいです……!大切にします」
「ふふ、ありがとう。……さ、皆待ちかねています。着替えたら、急いで髪を結わえましょう。リーバルを驚かせなければ」
私の胸元にワンピースを合わせながら何気なく言うゼルダに、危うく聞き流しかけたがぎょっとする。
「えっ!なんでそこでリーバルが出てくるのですか!?」
「あら、あなたたちは、恋人同士なのでしょう?」
「隠さずともわかります」とほほ笑むゼルダに、きっとほかのみんなにもお見通しなんだろうな……とこの後顔を合わせるときのことを思い、また別の意味で緊張する。
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ゼルダについて中庭に向かうと、すでにほかのメンバーがそろっていた。
ガゼボの中央に円形のテーブルが置かれ、皆その周りを囲むように立ち談笑している。
リーバルはその輪には入らず、階段のそばで遠方を眺めている。
みんな普段通りの装いに近いが、普段身に着けている武具を脱ぎ、それぞれ青の衣に合わせた正装をしている。
リーバルに至っては、いつものスカーフには変わりないが、貴族が身に着けるジャボのような巻き方に変わっている。
それにより、普段通り後ろ手を組む姿に一層気品が加わって見え、彼が端正な容姿であることを思い出させられた。
彼だけではない、みんな……みんな、様になりすぎでは……!
「皆、そろいましたね」
ゼルダの一声で、全員の視線がこちらに集まる。
みんなの視線がゼルダから一斉に私に注がれ、恥ずかしすぎて彼女の背に隠れてしまう。
それに気づいて振り返ったゼルダが私の両肩を掴んで前に押し出したため、再び視線を浴びることになってしまった。
「わあ、アイさん、綺麗……!」
「その髪、御ひい様に結ってもらったのかい?見違えたね!」
「よく似合ってるぜ!なあ、相棒!!」
口をそろえて褒め立てられ、愉悦と当惑がない交ぜになり、両手を頬にあてて気を鎮めようとするが、こんなにはやし立てられることがないため、なかなか収まらない。
「リーバル!そんなところに突っ立ってないで、あんたもこっちに来て見てやんなよ!」
ウルボザが変わらずこちらに背を向けたままのリーバルに声をかける。
そういえば、ここに来てから彼からはまだ何も反応がないままだ。
淡い期待に胸を躍らせながらリーバルを見つめる。
彼は肩越しにこちらを見ていたらしく、一瞬視線が交わるが、瞬間ばっと顔を背けたのを見逃さなかった。
ゼルダとミファーはリーバルの素っ気ない態度に顔を見合わせてクスクスと笑っている。
ウルボザも「まったく、近頃のヴォーイは……」と肩をすくめながらも苦笑を浮かべている。
「つれねえなあ。
相棒!おめえ、普段言われっぱなしだろうよ。
この際だ、あのスカした野郎をちょいと懲らしめてやろうぜ」
ダルケルが日頃は声高な声をめずらしく潜め、リンクに耳打ちした。
リンクもリンクで能面のような顔をめずらしく崩し目を見開いている。
そして、何かを決心したように「うん」と頷くと、二人して未だ背を向けたままのリーバルに向き直った。
ダルケルがリンクに再び何か耳打ちすると、リンクは再度頷き、二人はそろりそろり……とリーバルに近づいていく。
女性三人は私を囲んできゃっきゃ騒いでいたが、ミファーが二人に人差し指を立てて静止を促し、目で合図をする。
ウルボザが「ああ……」と何かを悟ったように頷くと、一つ咳ばらいをした。
急に静まっては不自然なので、当たり障りのない会話をしながら、みんなでダルケルとリンクがリーバルににじり寄っていくのを見守る。
私は、これからリーバルの身に何が起こるか察し、同情の気持ちを半分残しつつ、普段取り澄ましている彼がどんな反応を示すのか大いに気になった。
ついに、リンクがリーバルの肩を叩いた。
振り返ったリーバルは少し驚いたように目を見開いたあと、「な、なんだよ?」と怪訝そうに眉間を寄せた瞬間、事は起こった。
リンクを睨み付けようとして、ふとかたわらのダルケルに気づき、振り返ろうと身を翻した瞬間。
リーバルの胴体をダルケルが片腕で軽々と持ち上げた。
リーバルは予想外のことに驚きを隠さず、大きく目を見開いている。
「うおっ!?」
「よくやった、相棒!リトの大将、捕獲成功だ!!」
もう片方の手でリンクとハイタッチを交わすダルケル。
リンクはノリ良くそれに応じるが、ダルケルの加減知らずな腕力で腕を痛めたらしく、ハイタッチを交わした手を押さえながら悶えている。
「おい、よせ!!放せよ!!!」
ダルケルに担がれたままのリーバルは手足をバタバタさせながら必死に抵抗している。
抜け落ちた羽が無数に舞い、少し痛ましい。
しかしその抵抗もむなしく、彼はダルケルの肩から抜け出ること敵わず、そのまま私の前まで連れてこられた。
目の前に荒々しく降ろされ、ダルケルにめちゃくちゃ罵倒を浴びせるが、私が声をかけると、肩をぴくりと揺らし、毛羽立った羽を整えながらこちらを振り返った。
今朝まで一緒にいたはずなのに、久しく翡翠の目に見つめられたような気になる。
しかし、リーバルは私の姿を頭からつま先までなめるように見ると、やはり何も言わずふいっと顔を反らしてしまった。
「リーバル、どうですか?
アイにも皆さんとおそろいの青い衣で服を仕立てたんです」
「……見ればわかるさ」
「リーバル、その素っ気ない態度はなんだい?
アイだってあんたに喜んでもらおうとおめかししたっていうのに」
「ウ、ウルボザさん……!」
不愛想に吐き捨てるリーバルに、しびれを切らしたウルボザがたしなめるようにそう言うが、その気遣いは私の恥ずかしさを倍増させるだけだ。
そのせいでリーバルは余計頑なになるのではと心配したが、意外にもウルボザの言葉にため息をつきながらも「はいはい」と腰に手を当てつつ私に向き直った。
「……案外似合ってるんじゃないの?」
間延びした口調ではあったが、私を見つめるその目はどことなく優しく、私は「素直じゃないなあ」と返しながらも思わず笑みをこぼしていた。
ダルケルの冷やかすような声援に皆が笑い、リーバルはそれにまた腹を立てる様子を見せるも、少し口角が上がっているところを見ると、さほど嫌がっているわけではないようだ。
こんな素敵な彼らとこれからもずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだろう。
彼らとこうして笑って過ごす未来に想いを馳せられるのは今だけだということを。
このかけがえのない日々に間もなく刻限が迫ってきていることを。
今宵夢のなかで思い知らされることになろうとは、このときの私は少しも思ってもみなかった。
(2021.3.16)