宙にたゆたう

17. その鷲、目覚めに口づける(主人公視点)

瞼の裏にまばゆい光が当たっているのを感じ目を開ける。
いつのまに眠ってしまったのだろう……。

ぼんやりとした思考のままむくりと起き上がろうとするが、体が縛られたように動けない。

布団を退けようとして手をかけたとき、生暖かいく手触りの良い感触に、朦朧としていた意識が一気に現実に引き戻される。

ざっと枕で髪が擦れるほど勢いよく振り向いた私は、となりで規則正しい寝息を立てているリーバルに思わず上げそうになった悲鳴をすんでのところで引っ込めた。

射るような翡翠の眼差しは、今は深紅に抱かれ、その切っ先の鋭さを収めている。

リーバルの寝姿を見るのはこれで二度目だ。
けれど、前回と今回とではだいぶ状況が違う。

数日前まで赤の他人だった彼と私は、昨夜、キスをした。

一晩にして”そのあと”まで至るのかと思いきや、意外にもそうはならなかった。
リーバルの自制心はかなりのものだと思う。
お互いにそういう雰囲気になっていたため、いっそそのまま身を委ねても良いとさえ考えていたが、対してリーバルは私の服に手をかけようとしていたのを途中でやめ、額を抑えながら窓辺に寄りかかった。

そんなリーバルの危うげな様子に、私も自分の心臓がバクバク鳴っていることにようやく気付き、冷静になってきてようやく自分たちが何をしようとしていたのかを思い知らされる。
そのまま彼の顔をまともに見れないまま枕に顔を埋め、気づいたら朝になっていた。

昨晩の一部始終を思い出して一人で舞い上がっていると、うっすらとリーバルが瞼を持ち上げた。

至近距離で向かい合っている私とばっちり目が合うと、小さく「うおっ!?」と声を上げるが、思い出したように肩の力を抜き、どこか気恥ずかしそうに眉根を寄せ、目元を手で覆った。
体に乗っていた重みと温もりが一緒に消えて少し寂しくなる。

「……起きてたんなら声をかけなよ。
寝顔を見られるのには慣れてないんだ」

「ふふ。おはよう、リーバル」

もっとギクシャクするかと思いきや普段通りの彼の様子にほっとすると同時に、普段の覇気が感じられない無防備な姿に笑みがこぼれる。

リーバルが指の隙間から目を覗かせたかと思うと、むくりと起き上がって私の上に覆いかぶさり、両脇に腕をついた。

昨晩の光景が再び目の前に広がる。
夜の室内は薄明かりの逆光で彼の顔がぼんやり見える程度だったが、今度は朝日で部屋中が明るいため、彼の姿が鮮明に見える。

彼の瞳に映る自分の姿が、まるで彼に取りこまれてしまったようで、これから起こることに胸中期待でいっぱいになる。

「リーバル……」

名前を口にすると、それに応えるように彼の目が細められ、くちばしの先で優しく口づけられた。
すっと離れ今度は頬にくちばしを擦りつけられ、そのまま首筋に移動してゆく。

彼のくちばしが開かれたと思うと、首に生暖かい吐息がふわりとかかり、舌が這わされる。

「んんっ」

私の首筋を堪能するように何往復もなめられ、ぞくぞくと背筋にむずかゆい感覚が走る。
堪らずリーバルの肩を掴んで引き離そうとするが、手首を絡めとられて片手で頭上に固定され、成す術がなくなる。

昨日の自制心はどこへやら、彼の舌はそのまま私の鎖骨を辿りはじめ、羞恥と恍惚の入り交った妙な感情に支配される。

私の反応を楽しむようにくつくつと喉を震わせて笑い、リーバルは私の耳元で艶美にささやいた。

「……このまま抱けば、君はどんな声でさえずってくれるんだろうね」

そう言いながら彼の手が私の片胸に触れようとしたときだった。

部屋の外からやけに騒がしい声が近づいてくるので、気になって扉のほうを向いた瞬間。
扉がガンガン!!と壊れんばかりに打ち鳴らされ、その反動でガタガタ揺れる。
蝶番が外れて扉が倒れてくるのではと一瞬よぎったが、昨日リーバルが部屋の鍵をかけていたなと思い出す。
一瞬安心しかかるが、昨晩や今の状況と照らし合わせ、リーバルは策士なのではと彼を盗み見る。

「……チッ。
ずいぶんいいタイミングで邪魔をしてくれるね」

彼はリンクに向けるにらみ以上に忌々しげな表情を浮かべ、すっと私の上から退くと、軽やかな身のこなしでベッドからふわりと飛び降りた。
そして、足音を荒立てながら扉に近づきシリンダーを回すと、強めにノブを捻った。

開いた扉の先には部屋をのぞき込むように上体を曲げたダルケルが満面の笑みを浮かべて立っていた。

「おう、リーバル!おめえさん、ここにいたのか!!
……って、ここ、アイの部屋だよな?」

まだベッドの上で固まったままの私をちら、と見るダルケルに先ほどまでの密な時間を悟られまいと慌てて顔を反らす。
リーバルは自分の上体ぶん高い位置にあるダルケルの顔を睨みつけながら腰に手を当てた。

「妙な勘繰りはいいから。で?朝っぱらから何か用?」

ぞんざいな物言いのリーバルに気を悪くした様子もなく、むしろ笑みを一層深めたダルケルが大きな声で高らかに叫んだ。

「今日は祝杯だ!場所はいつもの中庭で11時から始めるんだとよ!!
今日は天気も快晴で縁起がいい!!お前さんらも飲み倒そうぜ!!!」

「はいはい連絡ご苦労様。お帰りはあちらからどーぞ」

ダルケルの声量に頭を抱えながら、片翼を恭しくダルケルがやってきた廊下の先に向ける。

ダルケルは笑顔を崩すことなく「おう!また後でな!!」とご機嫌な様子で去って行った。
朝っぱらから豪快な人だ。

「やれやれ……あのがさつな声は寝起きの頭によく響くねえ」

軽口をたたきながら扉を閉めると、両手をかかげて首を振り、私に目を配った。

「すっかり興が覚めてしまったし、僕は一度部屋に戻る。
君も身だしなみくらい整えなよ」

彼は私の服を示しながらくちばしの端を上げると、緩慢な動作で出て行った。

「まったくもう……」

まるで嵐が二つ同時に去って行ったようだ。
彼の舌の感触がまだ残る首をさすりながら、私はベッドからようやく立ち上がった。

(2021.3.10)

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