「こちらがあなたの部屋です」
姫に連れられ通されたのは、小さな部屋だった。
小さな暖炉に、机、ベッド、クローゼット、そして、半円の張り出し窓のみの簡素な造りのその部屋は、私が過ごせるようにと事前にあつらえてくれたものだろう。
修復中で使用可能な部屋も少ないなか、いくらリーバルの願いとはいえ身元不明の人物にここまでして本当に良かったのだろうか。申し訳ない気持ちになる。
リトの村は肌寒いを通り越す極寒の地だった。そんな場所にいながら薄着に毛布一枚でよく耐えられたものだと思う。
そんな状況だったこともあり、暖炉付きの部屋というのはこの上なくありがたい。
私が部屋を見回していると、窓辺に立った姫がおずおずと声をかけてきた。
「……アイとおっしゃいましたね。
先ほどはきちんと挨拶もせずごめんなさい。
私はゼルダ。ハイラル王国の王女です」
柔らかな笑顔に胸がきゅっと締まる。
「は、初めましてゼルダ様。
お目にかかれて光栄に存じます」
「ふふ、そんなにかしこまらないでください。
歳も近いようですし、もっと気楽に」
身分が高いのに、奢ることなく、気遣いもできるなんて、なんて立派な方なんだろう。
私より少し幼く見える少女がこんなにしっかりしているんだ。
私ももっとしゃきっとしなくちゃ。
「ところでアイ、リーバルとはどういった関係なのですか?
彼が協力する条件としてあなたの同行を強く求めていたので。……もしや、恋人!?」
早合点しはじめたゼルダに私は慌てふためいて首をぶんぶん振り、いきさつを説明する。
「いえいえ、そんな!
彼とはまだ出会ったばかりで、そのような関係では……!
私が倒れていたところをリーバルが助けてくれたんです。
その恩返しのために彼に会いに行ったつもりが、逆にお世話になることに……」
そう弁明したものの、ゼルダはますます興味深げに目を見開く。
「まあ!リーバルが誰かに親切にするなんて。
よほどあなたのことを気に入っているのですね」
姫は「あのリーバルが」と言わんばかりに驚きを見せて口元に手を宛がっている。
これはまずいぞ。絶対何か勘違いしている。
「いやいやいやいや!ほんとに何もないですよ!
彼が私を気に入ってるだなんて、そんな恐れ多いことあるわけないです」
確かに、私はリーバルのことが気になり始めている。
しかし、彼からはからかわれたことはあっても、あれを好意だと受け取るには早計だと思う。
ただ、彼については私よりも彼と付き合いの長いこの姫のほうが、おそらくずっと詳しい。
私には思い至らないだけで、ゼルダやほかの人に対する態度はもっと違うのだろうか。
「しかし、彼はなぜ私をここへ連れてきたのでしょうか。
城までの道中は幸い敵襲もありませんでしたが、兵が常駐しているとはいえ、決して安全とは言い難いのですよね」
「ええ。私もそのようにお伝えしたのですが……。
彼の考えることはわかりやすいようでいて、突飛なこともあるので」
「さっきから何をこそこそ話してるんだい?」
突然声をかけられ、ふたりでびくりと肩をすくめる。
驚いて扉のほうを見ると、部屋の外の壁にもたれているリーバルが怪訝な顔でこちらを見ていた。
「リーバル!いつからそこにいたのですか」
「今来たところだよ。
僕の話をしているように聞こえたけど、何の話だ?」
「ううん、何でもないの!
ごめんなさい、待たせちゃったよね」
リーバルは私のとなりの部屋を宛がわれたようで、自分の荷物を置くとさっさとこちらにやってきたようだ。
「まあ、いいさ。
ところで、城の訓練所は使える?
この子に弓を教えたいんだけど」
「ええ。階段の修復は終えているので構いません。
今のところは作業も滞りなく進んでいるようですし、連れて行ってあげてください。
何かあればお声がけします」
「……わかった。アイ、ついてきなよ」
ゼルダに礼を言うと、彼女はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、手をひらひらと振った。
絶対おもしろがってるなあの子……!
ゼルダとのやり取りで私がどぎまぎしていることなどつゆ知らず、早足に歩いていくリーバル。
その私より頭二つ分背の高い彼を追いかけながら、このあと二人きりになる状況を思い、早鐘を打ち続ける心臓をなんとか収めようと目を伏せた。
(2021.2.20)