短編

ルミナスに照らされて

微甘。夢主視点。
ゾーラの里にて休息を取ることになった一行。
夢主がミファーの幼き弟シドに懐かれてしまったことをおもしろく思わないリーバルは、一人食卓をあとにする。
途中で席を離れてしまったリーバルを心配した夢主は、彼の食事を持って探しに行くことに。


 
ラネールの塔復旧ののち、一時休養を取ることにした私たちは、ミファーの案内でゾーラの里に滞在することとなった。
大滝の音に耳を傾けながら、青白の淡い光が足元を照らす長い通路を抜ける。過ぎ行く柱の一つに、とん、と手を添えたリーバルがぽつりと呟いた。

「へえ……夜光石ね。なかなか幻想的じゃないか」

涼やかな声色に反し、めずらしく関心を示すように目を輝かせているからだろうか。そのライトグリーンの双眼は、清水を思わす里の意匠にも負けず美しく、思わず見入ってしまう。
あんまり食い入るように見つめてしまったせいか、私の視線に気づいたリーバルがふいにこちらを見向いた。
視線が交わる前にすかさず目線を前に向ける。

「わ……すごい!」

サーキュラー階段の緩やかな曲線を辿り、見上げた先では、大魚の尾ひれが鉾の如く天を衝く。
圧巻の光景に歓喜するとなりで何か言葉を紡ぎかけたリーバルもまた、目の前の光景に大きく目を見開いている。

にこやかに手を振るミファーに里の住民は「ミファー様」「おかえりなさいませ」と誰もが朗らかな笑みで出迎える。
うっとりするような見事な意匠でありながら決して厳かになり過ぎず、落ち着いた色味の淡い輝きは清廉として柔らかな印象を感じさせる。
まるでこの里の雰囲気はミファーそのもののようだ。感じたままに伝えると、ミファーは気恥ずかしそうに慌てふためいたあと、嬉しそうにはにかんだ。

先ほどから辺りを気にしていたミファーがある一点を捉え、顔を綻ばせた。
柱の裾からはみ出した赤いひれ。頬を朱に染める小さな少年のゾーラが、尾の先を地べたに垂らしながら、くりっとした眼でこちらの様子をうかがっている。
ミファーはくすりと微笑むと、少年にそっと近づいてゆき、そばに跪いた。

「シド、そんなところにいたんだ。おいで、シドもみんなにごあいさつしよう?」

シドと呼ばれたゾーラの少年は、私たちをぐるりと見渡すと、ニカッと爽やかな笑みを浮かべ彼女の手を取った。

「ミファーに似て芯が強そうな坊やじゃないか。この子はきっと良い王子になるよ」

「ありがとう、ウルボザさん」

「良かったね、シド」とミファーが腰を屈めてあたまをなでる様子をどこか眩しそうに見つめるゼルダ。ミファーの言葉に目を輝かせたシドは、任せて!というようにトン、とこぶしで胸を打った。
女子三人がきゃっきゃと話し込む様子にこちらも微笑ましくなりながら、ふと景色に視線を向けたとき。
くいくい、と服の裾を引っ張られた。いつの間にそばまで来ていたのか、シドがじっと私の目を見据えていた。

「どうしたの?」

目線を合わせるようにしゃがみこむと、ダルケルが横からおもしろそうに覗き込んできた。

「お!坊主、この姉ちゃんのことが気になるのか?」

「ダ、ダルケル!?こんな小さい子に何を……」

目の前に何かが差し出され、言いかけた言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
小さな両手に二枚貝の貝殻がのせられている。
いくつもの色を取り込んで煌めくその不思議な煌めきに目を見張っていると、ふたたびずいっと差し出される。

「これを、私にくれるの?」

シドは真剣な顔つきでこくこくと頷く。

「ありがとう、大事にするね」

そっと受け取り、シドの頭をなでると、その頬の赤みがより濃くなった。

小さく聞こえた舌打ちに振り返ると、粘つくような視線でこちらを睨んでいたリーバルは、その眉間のしわをより深めそっぽを向いた。
何か気を悪くさせるようなことをしてしまっただろうか。何かあったのか尋ねようと口を開きかけたが、避けるように返された踵に、それ以上言葉を紡ぐ勇気が出せなかった。

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「リーバルの姿が見当たりませんが、彼はどちらに?」

宿で食事中、はたとゼルダが声を上げた。
すっかりなつかれたことに気を良くしながらシドを膝に乗せ一緒に食事をとっていたが、彼女の一声に先ほどの苛立った様子が思い出される。

「私、ちょっと探してきます」

少し寂しげに口角を下げたシドに「また後でね」と告げ、魚の刺身と木の実をいくつか乗せた皿を手に宿をあとにした。

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水を弾きながら曲がりくねる回廊を巡り、時折すれ違う人に尋ねたが、誰もリーバルの姿を見かけていないという。
行動範囲の広い彼のことだ。もしかしたら里の外れにいるのかもしれない。
念のため滝の下も確認しつつ、人気ひとけの少ない山道のほうへと向かう。

ダムの堤体が近づいてきたころ。階段付近の岩に片膝を立てて腰かけるリーバルの後姿を見つけた。
三つ編みを風になびかせながら、薄紫色のサンゴのような小枝を指先でくるくると弄んでいる。
ぼんやりと虚空を見つめていた彼は、私が草を踏みしめる音に気づいてか、すっとこちらを見向くなり顔をしかめ、顔を背けた。

「こんなところにいたんですね。ずいぶん探しましたよ」

覗き込もうと顔を傾けた私を避けるように、リーバルは視線を下に逃すと、ふん、と鼻を鳴らした。

「……わざわざお迎えどうも」

少し不貞腐れたような物言い。戦闘中のような凄みこそ感じられないが、小枝に留めた目が据わっている。
リンクをけしかけているときとはまた違った、怒りとも落胆ともいえないこの様子は、日頃見る得意満面な面立ちの彼からは想像もつかなかった。

「私、気に障るようなことしましたか?」

彼の鋭い目つきが再び私を射抜いたことで、核心を突いたのだとわかった。
彼は手にしていた小枝を地面に刺すようにして投げ捨てた。

「子ども相手に浮かれちゃって。……気に入らないね」

皮肉を投げつけられたことよりも、その内容に驚かされた。
本心ほど口にしたがらない彼がまさかそんなことを言うとは思わず、動揺のあまり言葉がつかえてしまう。
しまった、と片翼でくちばしを覆い勢いよく顔を逸らせたリーバルに、一つの可能性に行き当たる。

「えっと、その……私の勘違いだったらすみません。もしかしてリーバル、嫉妬してるんですか?」

少しの間の後、彼がおもむろにこちらを振り向いた。

「……何だって?」

目の色が淀んで見えるのは、陽が陰ってきたせいだけではない。
ゆらりと岩の上に立ち上がったリーバルは、ストンと身軽に草地に降り立ち、後ろ手を組みながら蔑むような視線を落としてきた。

「この僕が、たかが子ども相手に嫉妬なんてするはずがないだろ」

「だったらどうしてそんなに怒ってるんですか?」

そう尋ねると、何か言いかけた彼は、ばつが悪そうに顔をしかめた。その頬がわずかに色づいて見える。

「……別に。少し疲れてるだけだよ」

「疲れ知らずのあなたが?」

「その口ぶり。まるで僕を見てきたかのようだね」

畳みかけるように返された言葉に切り返そうと開いた口は、餌を待つ魚のようにパクパクと開閉するのみ。
声を奪われたように何も紡げなくなった私は、彼から受けた言葉を頭で反芻するうちに、自分の顔がだんだん熱くなっていくことに気づいた。

「何だい、顔なんか赤くしてーー」

小首をかしげ顔を覗き込んできたリーバルは、言いかけた言葉とともに息を飲んだ。
食い入るように見つめる彼の視線が痛い。どくどくと高鳴る胸の音に、なぜだか目尻に涙までたまってきた。

「ふうん、そういうことか」

妙に上機嫌な声につられ視線を上げると同時、手にしていた皿を奪われる。
私の脇を過ぎるリーバルの口角は、確かに上がって見えた。さっさと里に向けて歩き始めた彼は、今しがたのやり取りなどなかったかのように皿の木の実を放り投げてはくちばしで器用に受け止めている。
悠然と去り行く背中にしばし呆気に取られていたが、すっかり日が落ちて夜光石の明かりが煌々と照り始めたことでようやく我に返り、歩みに合わせてゆったりと揺れる尾羽を追いかけた。

終わり

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★あとがき&アイデアをくださった方へ

アンケートのご要望欄にて「シド(幼児ver)に求愛される夢主にやきもきするリーバル」というお題をいただきました(*’▽’)
タイトルの「ルミナス」とは夜光石(=ルミナスストーン)のことです。ゾーラの里は昼夜夜光石の淡い光に包まれててとても幻想的で、タイトルに入れるならこれしかないと思いました(ほかに浮かばなかったとも言う)
言葉を発しないシド王子ならぬシド幼児(!)は果たしてどうやって求愛するのだろうといろいろ考えを巡らせまして、何かを贈ることで「求愛」の意を示したらかわいくなるんじゃなかろうかと貝殻をプレゼントさせてみました。ちょっと安易すぎましたかね…!
リーバル様とのやり取りでは、なるべく直接的な言葉を控えるように意識してみました。それにより本家のツンツン感が出せてたらいいな…!
最後に、アイデアをくださった方へ。
顔文字でどなたかわかりました!(笑)この場ではお名前はあえて伏せさせていただきますね。いつもいつもありがとうございます!(*^^*)

夜風より

(2021.10.6)

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