微甘。夢主視点。
叙任式の日にリーバルに介抱されたことがきっかけで彼に想いを寄せるようになった夢主。
回想に耽る夢主の恋心に気づいたミファーに、胸の内を打ち明ける。
叙任式の日から、私は彼……リーバルのことを意識するようになった。
リーバルは、すかした振る舞いでしばしば皮肉な物言いをしがちだが、その一方で周囲に目を配り、他人の機微を見抜くなど、切れ味の鋭い言動とは裏腹に聡く繊細な側面をちらつかせることがある。
叙任式で6人目の英傑に任命された日。
式を終えたあと極度の緊張から解放された反動か、体調を崩してしまった。
こんな日に不調なんて、最悪だ。
今後の信頼に響くし、英傑に選ばれた者として面目が立たない。
そんな小さな自尊心から誰にも言い出せぬまま、苦痛を顔に出さないよう意識しながら、まだ城内に留まっていたほかの英傑たちと談笑をしていた。
これまでも緊張するとすぐに変調をきたしていたため、鞄の中に常備薬を忍ばせる癖がついている。
今日のような重大な席では絶対にこうなると思っていたため、忘れずに持ってきていた。
解散したら、すぐにでも薬を飲もう。
頭の隅でこのあとのことをイメージして気を落ち着かせながら、リンクが幼少のころの話をミファーが嬉々として話しているのを聞いていたとき。
「……ちょっと話がある。悪いけど、彼女を借りるよ」
大きな翼に突然ぐいっと腕を引かれ見上げると、眉間にしわを寄せたままこちらを見下ろすリーバルと目が合った。
呆気に取られ小首を傾げるミファーと、何かを見透かすように目を細めて微笑むウルボザを置いて、強引に腕を引っ張られながら城内に連れて行かれる。
黙ったままずんずんと城内を闊歩する彼とは、顔合わせは済んでいたが、それ以来まともに言葉を交わしたことがない。
知らず知らずのうちに怒らせてしまったのだろうかと、自分の失態について心当たりを探っているうちに、医務室の前に連れてこられていた。
「君、具合が悪いんだろ?
適当に話を切り上げればいいものを」
「えっ……」
私の腕から手を離した彼は、肩越しにそう言い捨てると、何も言わず医務室の扉を開け、中に入っていった。
ついて行くべきか迷ったが「チッ……誰もいないのか」「くちばしが曲がりそうだよ」と一人ぼやいた彼が、至極面倒くさそうにため息を落とすとこちらに目配せをしたので「入れ」と言外に示しているのが伝わってきて、仕方なくそれに従うことにした。
「薬は?何か持ってるのかい?」
「あっ、はい。常備しているものがーー」
そこまで言って、うかつに口を滑らせてしまったことを後悔し口元を手で押さえる。
これではまるで具合が悪いことを認めたようなものだ。
「やれやれ……体調管理もまともにできないようなやつに英傑としての役目が果たせるとは到底思えないね」
棚をゴソゴソ漁りながらこちらを見向きもせずそう言うリーバルにずきりと胸が痛む。
私だって好きで体調を崩しているわけではないのに。
もっと彼のように完璧なまでに気丈に振る舞えたのなら、緊張で体調を崩すことも、こうして迷惑をかけることにもならなかったはずだ。
泣いてはだめだと自分に言い聞かせるが、律するほどじわりと目に涙が溜まってゆく。
タオルと水の入った桶を手にこちらを振り返った彼は、私の顔を見ると微かに目を見開いた。
一式をベッドの脇に置くと、何も言わず私の額にその大きな手のひらを宛がう。
「……熱が高い。
とりあえず横になりなよ」
「はい……」
彼の語気が少し和らいだのにほっとし、大人しくベッドにもぐる。
指先で器用に水を含んだタオルを絞る様子を横目にうかがっていると、ちら、とこちらを見た彼と目が合う。
それも一瞬のことで、すぐに視線を反らされてしまったが。
「で、いつから具合が悪かったんだい?」
「叙任式までは大丈夫でした。
式が終わってほっとして、みんなと話しているうちにだんだん……」
「……僕らはこれから、お互い背中を預け合う身だろ。不服だけど。
少しは信頼してもらわないと、いざってときに倒れられでもしたら困るよ」
「はい……すみません」
「そうやって気を遣いすぎるところもだ。
少しは甘えたらどうなんだい」
「はい……すみません」
はじめは情けない気持ちでリーバルの言葉に耳を傾けていたが、こんこんと説教を受けているうちに冷静になってきて、あれ、何だかものすごく心配されている?と気づく。
いつの間にか私へのお説教から自分の体調管理の仕方について自慢げに解説し始めていることに気づかない彼に、だんだんおかしくなってくる。
私がくすりと笑んだのを見逃さず、リーバルはその赤に縁どられた明るいグリーンの目を細めた。
「ーーって、何笑ってんの」
「……ありがとうございます、リーバル」
心から礼を言ったつもりだったが、彼はなぜかよりむすっとした顔になり、「少しは反省しなよ」「まったく、多忙だというのに、なんで僕がここまでしてあげなきゃならないのさ」と再びぼやき始める。
自分が勝手に私を連れてきたのではないかと喉まで出かかったが、連れて来てくれたことには本当に感謝しているので、軽く聞き流した。
だが、もうどんな辛辣な言葉でさえ、彼の非常にわかりづらい優しさとしか思えず。
そうなると流暢にさえずるテノールボイスはもはや私にとっては子守唄でしかなく、熱で朦朧としていた私は、すっかり安心しきって眠りに落ちた。
数時間後、戻った御典医にゆすり起こされて目を覚ますと、リーバルはすでにおらず、頭には取り替えたばかりらしい冷たいタオルが乗せられていた。
医者が戻るまで付きっきりで診ていてくれたのだと思うと、意外と実直な方なのかな、とまた嬉しくなってしまう。
あれからひと月、リーバルには看病の礼を伝えることはできたものの、特に親交が深まるわけでもなく、任務に関する事務的なことしか話せていない。
お互いに特別人見知りというわけでもないし、リーバルに至っては私以外と話すときは結構おしゃべりな印象なので、なおのことどう話しかければ良いのかがわからない。
そんなもどかしさから余計に引き付けられるのか、気づけば彼の姿を見かけるたび目で追ってしまうようになっていた。
ミファーと城の中庭を歩いているとき、上空を駆け抜けていくリーバルに気づき、はっと見上げる。
横からクスクスと笑い声が聞こえ振り返ると、ミファーが目尻を下げながらこそっと耳打ちしてきた。
「アイさんって、リーバルさんのことが好きなんでしょ?」
「ええっ!!」
「ふふっ、見てたらわかるよ。
いつも彼のこと目で追ってるから」
周囲に気づかれるほどあからさまだったのかと自分の無意識に取っていた行動に気恥ずかしくなる。
「そんな……私ってわかりやすいのかな」
「うん、すごくわかりやすい。
それにね、私が見る分にはなんだけど……彼もまんざらでもないと思うな」
ミファーの何気ない発言にどきりとして耳を疑う。
「ええっ!
でも、リーバルとはほとんど話したことないし、気のせいじゃないかな……」
リーバルとやり取りしたときのことを思い返してみるが、素っ気ない態度しか浮かばず、どう考えても脈がないとしか思えない。
それを自覚すると、急に自信がなくなっていくのを感じた。
「うーん。あれは多分、かなり気にかけてると思うけどなあ……。
アイさんのこと、高いところからいつもじっと見つめてるから」
「リーバルが、私を……?」
「それにね、私たちとは対等に話すのに、あなたの話題になると何だか妙に歯切れが悪くなるの。
さも興味がありませんっていう態度を取るんだけど、それが逆に怪しく見えるというか……二人とも、わかりやすい」
「えっ、いつも息をするようによどみなく毒を吐いてるのに?
歯切れが悪いリーバルなんて見たことないかも……」
「あ、あとね、叙任式でアイが体調を崩したとき、リーバルさんったらーー」
「僕が、なんだって?」
めずらしく饒舌に話すミファーが、続けて何かを言いかけたときだった。
服や髪をさらってしまいそうなほどの旋風が巻き起こったかと思うと、目の前にリーバルがふわりと降り立った。
思わず口をついて出た失言を聞かれたかも……と後悔するも、時すでに遅し。
彼の鷹の目を思わす鋭い視線はまっすぐに私を射抜いている。
「君はこの僕が直々に世話を焼いてあげたことをもう忘れてしまったようだねえ、アイ?」
「リーバル……ごめんなさい。
さっきのは冗談のつもりで」
慌てて弁明するが、リーバルは眉を寄せたまませせら笑う。
「ふん。まあ、いいさ。
でも、いくら僕が気になるからって、あんまりじろじろ見るのはよしてくれ。
おちおち気ままに空も飛べやしないじゃないか」
歯に衣着せぬ物言いに加え、本人にも気取られていたことに羞恥心がむくむくと頭をもたげる。
「はあ!?
勝手に変な誤解しないでください!」
「あれだけすれ違うたびにこっちを見られていて気づかないとでも思ってたのかい?
リトの視力をなめないでほしいね」
「……っ」
そうか、そうだった。
リト族はこのハイラルの種族のなかでも傑出した身体能力を有しているのだ。
彼に目を奪われるあまり、その特性をすっかり失念してしまっていた。
しかも、種族内でも随一の手腕と謳われるだけあって、索敵能力も極めて優れている。
誰にも話すことなく心に秘めていたこととはいえ、ミファーが気づくのに当のリーバルが気づかないはずがなかった。
そう考え至り、観念した私は、吹っ切れてやけくそにこう答えていた。
「ああ、そうですよ!
私はあなたのことが好きです。もっとみんなと同じように話がしたいとも思ってます。
それの何がいけないっていうんですか!」
早口に捲し立ててから、二人の唖然とした顔に、息をのむ。
だんだん肝が冷えていくのを感じながら、どちらかが沈黙を破ってくれるのを待つ。
リーバルは何を考えているのかわからないが、ただ大きく目を見開いたまま固まっている。
ミファーはというと、どうにかこの場を収めようとしてくれているらしいが、おろおろと私たちを交互に見たあと、うつむいてしまった。
何でもいい。頼むから早く何か言ってくれ。
「……僕もだ」
しばしの沈黙のあと、最初に言葉を発したのはリーバルだった。
「僕も、君がーー」
リーバルの言葉にはっと顔を上げると、彼は言いかけた言葉を飲み目を閉じた。
一つ咳ばらいをすると、顔を横に向け、流し目を寄越しながらこう言い換えた。
「……君ともたまになら話してあげてもいいよ」
相変わらず素直じゃないが、彼の言葉から拒絶は感じられず、淡い期待に心が浮き立つ。
「チッ……こんな小恥ずかしいこと言わせるなよ!
恰好がつかないじゃないか」
腕組みをしてつっけんどんにそう言い捨てながら背を向ける彼に、私とミファーは顔を見合わせると、クスクスと笑った。
「なっ、……笑うな!」
「ね、私の言った通りだったでしょ?」
ミファーが茶目っ気たっぷりに上目遣いで見てきたので、私は余計に顔がほころぶ。
リーバルは居心地悪そうにうろたえていたが、顔を思いきりしかめて舌打ちをすると、急いで飛び立ってどこかへ行ってしまった。
「あれは照れ隠し、だね」
「あんな顔もするんだ……」
リーバルが去ったあとに残され宙を舞っていた羽を一つ手に取り、胸に抱きしめる。
彼との今後に期待するように、心臓はまだドキドキと高鳴りを続け、おさまる気配がない。
↓後日談
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ハイラル城の食堂にて
(ミファー&ウルボザ ※会話文のみ)
ウ「まさか、あのどこ吹く風なリーバルがあんな行動に出るとはねえ。
人は恋をすると変わるっていうけど、それはリトもまた同じ……か」
ミ「ここのところアイさんのことをよく見てるなーとは思ってたんだけど、私たちでも気づけなかったのに、離れたところにいて具合が悪いことに気づけるなんて……」
ウ「最近はアイをメドーに連れてってるらしいじゃないか。
これはいい報告が聞けるのも秒読みかもしれないね」
ミ「うふふ。そうだといいなあ」
終わり
(2021.3.9)