微甘。夢主視点。※一部、アジトの場所などシチュエーションなどティアキンの設定を参考。
イーガ団のアジトの近くに見られるカエルの置物がアルダー台地にあるという目撃情報を元に、アジトを捜索するリーバルと夢主。
しかし、イーガ団の術中にまんまとはまり落とし穴に転落してしまう。
リカバリーしようとして一歩遅れたリーバルも一緒に落ちてしまい、二人して罠にかかる羽目に。
※短編「ほんの少しだけ」の続き
「いたた……」
急に落とし穴が現れるなんて、誰が想像するだろう。
雑草しか生えていないような草地にツルギバナナだけが落ちている状況なんて誰だって怪しむ。
けれど、バナナを拾う行動こそがトラップ発動の引き金になるなんて。
こういう脇の甘いところが敵の術中にはまる要因なんだろう。
そういえば、咄嗟のことで何が何だかよくわからなかったが、リーバルはどうしただろう?
起き上がろうとしたところで、腰に何かが引っかかる。
それが見慣れた紺と白の羽毛だと認識したところで、どっと汗が噴き出した。
その腕の先を辿ると、はっと見開かれた翡翠の目とばっちりと視線が合い、即座に距離を取る。
リーバルはよろつく体を起こしながら苛立たし気に舌打ちをすると、こちらを睨んできた。
「君、僕がいなかったら死んでたんじゃない?」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
何度も頭を下げると、リーバルは頭を抱えながら、やれやれ、と深くため息をついた。
ちら、ちら、とこちらに寄越される視線に、また咎められてしまうのかと身構える。
けれど、何だか様子が違う。むしろ私の外傷を確認しているような視線の動きだ。
思えばさっきもリーバルは上空にいて、穴に落ちるようなシチュエーションではなかった。
もしかして、私が穴に落ちそうなところを見て咄嗟にかばってくれたんじゃ……。
普段ぞんざいな彼が私を気にかけてくれているかと思うと何とも言い知れない嬉しさが込み上げてくるが、反面、思いきり迷惑をかけてしまったことへの罪悪感も同時に押し寄せ、胸が締まる。
「あのっ、リーバル、助けてくれてありがとうございます」
腕に着いた砂埃を手で払っていたリーバルは、ぎょっとこちらを見つめてきた。
お礼を言われることに慣れていないのだろうか。以前助けてもらったときも、冷静な彼にしてはやけに動揺していたように思う。
どこか戸惑うように目をしばたかせたが、ふと何かに思い至ったように、ふん、と肩をすくめる。
「感謝するのはまだ早いんじゃない?ほら、あれを見なよ」
上向いたリーバルの視線を追い、頭上を見上げる。
複雑な文様が描かれたバリアのようなものが穴を塞ぐように張り巡らされている。
「あの紋様が見えるかい?恐らく戦場でも見たことがあるはずだよ」
「あっ!確かに」
「あれは、イーガ団の結界だ。触れたら電撃のようなしびれが走り身動きが取れなくなるだけでなく、少しずつ体力が削られると報告が挙がってた」
そんなに恐ろしい罠なのか。ごくりと固唾を飲んで相槌を打つ私に、リーバルは続ける。
「ま、触れなければどうってことはないさ。けど、厄介な状況には変わりないね。あれがフタの役目を果たしてるせいで飛んで脱出する手段が断たれてしまったわけなんだから」
「ごめんなさい……私のせいで」
「……」
リーバルは物言いこそ悪いけれど、きっと私のことを本気で責めてなんていない。
それは、リンクと3人で野宿をしたあの日から、リーバルの言動が以前より少しだけ柔らかくなったからこそわかる。
もちろん、相変わらず露骨に機嫌が悪いときもあるし、怒られてしまうこともあるけれど。
今だって、いつもよりも口数が多くなっているのは、リーバルなりに気遣ってくれている証だ。
だけど、その優しさが余計に苦しい。ほんとに、不甲斐ない。
うつむいている私の視界に、かぎ爪の先が映る。
はっとして見上げると、少し離れたところにいたはずのリーバルが目の前に立っていた。
リーバルはさ迷わせていた片翼を素早く引っ込めると、気まずそうに視線を逸らし、後ろ手を組んだ。
そっと伏せられたまぶたが緩慢に開かれ、澄んだ眼差しが寄越される。
こんな状況にもかかわらずどきっとしてしまい、羞恥を悟られないようにこぶしを固めて心を押し殺す。
「……気持ちを切り替えた方がいいんじゃない?」
ぽつりと呟かれた言葉に、はっとする。
「クヨクヨしたって状況は変わらないんだ。そうでなくても、悩んでいる暇は案外ないかもしれない」
そうだ。今はまだ任務中。ミスを引きずっている場合じゃない。
姫様やウルボザのように心情に配慮した励ましなんてリーバルにはない。けど、彼のその怜悧さが、私の心に少なからず余裕をもたらす。
「周到な連中の考えることだ、この罠も必ず確認しに来るはずだよ。……って、言ってる側からお出ましだ」
思考を巡らせるようにうつむきながらくちばしの先を擦っていたリーバルは、間もなく頭上に差した影にうんざりしたようにため息をこぼした。
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手足の痛みに、まどろみに沈んでいた意識が浮かび上がる。
ぼんやりとした視界が鮮明になると、固く縛られた足首が目に入り、状況を察する。
確か、イーガ団が穴を覗き込んできたときに何かが投げ込まれた。恐らく催眠効果のある薬でも投入されたんだろう。
罠を解除した途端に僕が飛び出すとでも考えたのか。
ツルギバナナを罠に利用するような脳の足りない連中だと見くびっていたが、案外手抜かりない。
けど、アジトの場所を嗅ぎつかせないための策だとしたら詰めが甘い。
敵の姿を確認した時点で、腰に下げていたルピーの袋に念のため穴を空けておいた。
連中に気取られていなければ、アジトの付近まで続いているはずだ。
あとは………まあ、不本意だけど、マリッタの馬宿で待機している退魔の騎士と姫が僕らの帰りが遅いことに気づいて、ここまで続いているルピーの回収がてら見つけてくれることに賭けるしかない。
「う……ん」
背後から微かに漏れた声に、鼓動が跳ねる。
そうだ。僕は今、アイと後ろ手でまとめて縛られているんだった。
縛られるような状況なんてこれが初めてだけど、仮に僕一人だとしたらハイリア人の縛った縄くらいすぐにでもほどけただろう。
けど、今は彼女と一緒に縛られている。無理に力を入れたら彼女の腕に縄が食い込むようになっているようだ。……本当、嫌なことをする。
「まさかお高い英傑様も捕らえられるとはなァ」
「もう一人は女だったな。情報を引き出したらたっぷり可愛がってやろうぜ!」
小汚い笑い声に、くちばしを噛みしめる。……そんなこと、絶対にさせない。
突然、ぐっと縄が引かれ、肩越しに背後を見やる。
「わっ!あれ、ここは……!?」
驚く彼女につい笑みがこぼれそうになるが、奴らに気取られるわけにはいかない。ここは取り澄まし、小声で状況を伝える。
「イーガ団のアジトのようだね」
「ここが奴らのアジト……!でも、この状況じゃ脱出はおろか、結局場所の特定もできないんじゃ……」
「さあね。自力での脱出はともかく、場所の特定ならまだ可能性は残ってるかもよ」
「え?それってどういう……」
不安そうな彼女の声。いちいち感情に振り回されてばかりで、面倒じゃないのだろうか。
こういうとき、どんな言葉をかけるのが相応しいのか、僕にはわからない。
けど、なぜかはわからないが、どうにかしてやらないとって気にさせられる。
僕の手のひらのなかにある小さな手の感触。
そっと包み込むと、アイの肩が少しだけ跳ねた気がした。
しまった。つい行動が先走ってしまった。すぐさま手の力を緩め、何事もなかったかのように装う。
「あの……」
か細い声がかかるが、聞こえないふりをする。
今、彼女に僕の顔が見えなくて良かったと、このときほど思ったことはない。
顔が、熱くて仕方がない。
そのときだった。
イーガ団員が高ぶった声で恨み言を叫んだかと思えば、鈍器のぶつかり合うような音が響き始めた。
激しい乱闘の音に、身体にこもった熱が一気に冷め、平静さを取り戻す。
団員たちの切羽詰まった言動にわざわざ見なくても状況がわかり、つい口角が上がる。
「やれやれ、やっとお迎えが来たようだよ」
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一難あったものの目的のイーガ団のアジトの特定に至り、無事ハイラル城に帰還した。
僕の思惑通り、ルピーはきっちり回収されて帰ってきた。
このときばかりはリンクにお礼の一つでも言ってやろうかと浮かんだが、悠々と立ち去る小生意気な後姿に、今度何か一つ奢ってやればいいかと思い直す。
ルピーの袋を手近なテーブルに放り、ソファに深くもたれかかったとき。控え目なノックが鳴らされた。
「……開いてるよ」
少しの間のあと、少し緊張したような断りの言葉とともに扉が開かれた。
予想していなかった訪問に、思わずソファから身を起こし、立ち上がる。
「……君か。何か用?」
アイは少しためらいながらゆっくりと歩を進め、僕の前に立った。
そして、一呼吸ついてどこか意を決したような表情を浮かべると、真っすぐに僕の目を見つめてくる。
たまたま目が合ったとき以外で、この子からこんなに真っすぐに見つめられたことはあっただろうか。
だんだんと心拍が上がってゆくのを感じ、耐え切れず視線を外そうとしたタイミングで、彼女が口を開いた。
「たくさん助けてもらったから、ちゃんとお礼が言いたくて」
「別に。僕はただ任務を遂行しようとしただけだよ」
「リーバル一人だったら、あんなハプニングになんて巻き込まれなかったはずです。私をかばってああしてくれたんだって、わかってます。それに……」
彼女の震える手がためらいがちに伸ばされ、僕の指先をそっと掴む。
「あのとき、アジトで手を握ってくれて、心強かった。本当は、ずっと怖かったから……」
彼女の目にうっすらと浮かぶ涙に、胸がざわつく。
「リーバルが一緒にいてくれて、良かっ……」
気づけば、彼女の言葉を遮って抱きしめていた。
ほんのりと香る甘い香り。彼女の無事に酷く安堵している自分に、思わず苦笑が浮かぶ。
「もうあんなヘマはよしてくれよ。イーガ団に見下ろされるのは御免だからね」
「……はい」
僕の冗談にふふ、と笑う彼女の振動に、ますます強く抱きしめたくなる。
「ま、けど、そうだな……。今後も君が僕の助けを必要とするなら、また助けてあげないこともないけど」
「なるべくそうならないように気をつけたいです。でも、ピンチのときに助けてくれるのは、リーバルだったらいいなって……そう、思ってます」
彼女の率直な言葉に、胸が熱くなってくる。
人から助けを求められることはままあることだし、まんざらでもない。けれど、彼女から僕自身を求められることに対して、言いようのない喜びを感じている自分がいる。
「ふーん。じゃ、取引といこうか」
彼女の小さな頬に指先を這わせると、潤んだ瞳が驚きに見開かれる。
期待を裏切らない純朴な反応にほくそ笑み、薄く開かれた唇にくちばしを落とす。
唇を押し、割り開くように促すと、頬が色づき、微かに唇が開かれた。
僕の舌先ほどもない小さな舌が迎えるように差し出され、嬉々として絡める。
柔らかい唇を僕のくちばしで傷つけてしまわないように、丁寧についばむと、アイは眉間に皺を寄せ僕を見つめた。
とろんとした瞳にどす黒い感情が渦巻いてゆくのを押し込め、彼女の唇を解放してやった。
僕の腕のなかで気恥ずかしそうに口元を覆いながら呼吸を整えるアイを待つが、じれったい。さっさともう一度キスがしたい。
「と、取引って……?」
上目遣いに尋ねてくる彼女の頬を掴み、唇に視線を落としながら応える。
「これからも助けてほしかったら、常に僕の側にいることだね」
それが条件だ。そう切り捨てると、彼女の返答を待たずにもう一度口付けを落とした。
身をこわばらせながらも口付けを拒もうとしないところからすると、彼女としても本意だろうと確信する。
「……嬉しいです」
口付けの合間に囁かれた言葉に、今度は僕の方が面食らった。
驚きに思考を止められている隙に、くちばしの先にそっと触れるような口付けが与えられ、押し込めていた衝動が一気に膨らむ。
できればここからも彼女のペースに合わせてやりたいところだったけど、どうやらもう歯止めがききそうにない。
何せ、ここまで散々待たされたんだから。
(2024.03.31)